餞別
神殿を出ると月あかりが妙に明るく感じられた。
大きな包みが母の足元にあり、父の手には短弓が握られていた。
その後ろで兄が、真新しい旅装束と胸当てを持っていた。
まるで、私が旅立たなければならないことを知っていたかのように。
「神様の言の葉、しかと受け止めたか?」
「はい」
「実は、こうなることはお前がこの家に来た時からわかっていた。それが私に与えられた最初の言の葉だったのだ。お前の旅立つわけは知らんが、これはお前の生まれたわけを探す旅でもある。心して行くがよい」
「……はい」
「餞別だ。今宵は、よく体を休め、心を整え、明日の朝早くに旅立つがいい。我らは見送らぬ」
「わかりました」
あまりに突然のことが多く過ぎて、心の整理などできない。
部屋に戻ると見慣れた家具が並んでいて、自分の描いた絵や好きな本が並んでいる。この部屋に、明日にはもう自分はいないなんて、夢にも思わなった。
それを父たちは知っていた。
十八年もの間、そのことを私には明かさず、血のつながらぬ子供を育て続け、何も知らないままの私を異国へ送り出すのだ。
母から渡された包みの中には、肌着の替えと使い勝手のよさそうな布、火をつけるために必要なものと調味料、干し肉や硬く焼いた菓子などの日持ちする食べ物が入っていた。
兄がつくったらしい旅装束は、ぴったりと私の体に合った。臙脂色の生地の裏には、細かく編まれた金属の網が縫い込まれていた。兄は、金属を加工する技術にもたけている。そのせいか、これだけの金属が使われているのにそれほど重くはない。これを羽織っていれば、よほど強く切り込まれたり、近くで矢を打ち込まれたりしない限りは、大けがをする心配はない。
神がこの国に授けたという弓。父の手の中では軽そうに見えていたが、私には少し重かった。その重みは、弓そのものの重さだけではないのかもしれない。
綺麗な装飾の施された弓だ。実際に使えるのかどうか、疑問に思うくらいだ。
試しに壁に向けて弓を引いてみた。
矢を放つのにちょうどいいところまで弓を引いた時、どこからともなく矢が現れ、私が手を離せばいつでも射ることのできる状態になった。
これには驚いた。
普通の弓とは違うのだということはわかっているつもりだったが、矢を番える必要さえないとは……。
力を抜いて弓を下すと矢は消えてしまった。
荷物を再び包みの中にしまい、服を枕元に置いて、弓を近くの壁に立てかけて布団に入る。
誰かひとりには話をしてともに旅立つことが許されてはいるが、私が声をかけるとしたら、それは季彦しかいない。
しかし、この旅はいつ終わるかもわからず、何があるのか全く見当もつかない。
そんな旅に、季彦を巻き込んでしまってよいのだろうか。
私には、自分で決める勇気がない。
明日の朝、季彦が掟を破り私を見送りに来たのなら、事情を話して共に旅立ってもらうことにしよう。
ふと思いついたことがあり、布団から出て台所に向かった。
灯りを消して目を閉じたところで眠れないことはわかっている。
お菓子を焼こう。
それが今の私にできる唯一のことだ。