神様
太陽の光が闇に飲み込まれ、小さな星と太陽の光を受けて輝く大きな星が輝くのみになると、父は神様に会うために特別な絹で織った白い服に着替えた。
本来なら神殿に籠るのは父一人だが、今回は兄もともに神殿に入るらしい。
次の祭りの頃には、兄は頭の座を継いでいるかもしれない。
二人の入っていった扉の外で母と私は、片膝をつき神様が来られるのを待つ。
人々は神様を見ることはできないが、いつ神様が来たのかは知ることができる。
神様がくると町の明かりがすべて消えるのだ。
しばらくするとひとりでにまた明かりはつくのだが、それまでは誰も火を使うことはできない。
火が消えるのを合図に人々は神殿に向かって祈りを捧げ、祭りはお開きになる。
まだそれほど時間は経っていないが、片方だけ石の床についている膝が痛くなり、立てているほうの足の付け根が痛くなってきた。思わず顔をしかめてしまい、慌てて平静を装う。
母のほうを見ると少し俯いているが、その表情に変化はなかった。ずっと澄んだ瞳で空を見つめていた。
どれくらいたったか。足の痛みがそろそろ耐えられないほどのものになってきた頃、辺りの灯りがいっせいに消えた。
始まった。
ざわめきが消え、人々が小さな声で感謝の言葉と一族のさらなる繁栄を願う声がかすかに聞こえる。
灯りが戻ると人々は、家へ帰っていく。
帰る人々の靴音が消えると辺りはしんと静まり返り、自分の呼吸の音だけがやたらと大きく聞こえて、世界には自分しかいなくなってしまったのではないか、というような気分になる。
それ以外に何か変化があったようには思わなかったが、耳を澄ませると扉の向こうから話し声が聞こえた。
「息災か」
「はい。おかげさまで」
「そのほうは?」
「これは、今年で二十三になる私の倅です。次の祭りから、私の代わりにここで貴方様のお相手を」
「左様か。其方、いつの間にそのような倅を持つほどの歳になっておったのか。気が付かなんだ」
「お戯れを」
「戯れではない。時が経つのは恐ろしく速いものよ」
「まったくその通りで。少し前まで私の足元を走り回っていた倅がこのように大きくなり、娘も驚くほど家内に似てきました」
「さぞ美しかろう」
「はい。血はつながっていないのですが、言動や行動だけでなく姿まで似るとは思ってもみませんでした」
「ほぉ。では、間違いないな。その娘にこの言の葉を授けよう」
「は?」
「ここに其方の娘に向けた言の葉がある。其方から倅に代が移るのであれば、その他の役付きも代替えではないのか? ならば、すぐそばにおろう。ここに呼んではどうだ」
「あれは貴方様にお会いできるようななりをしておりません」
「構わぬ。少し話があるだけだ」
「しかし……」
「何と言ったか聞こえなかったのか?」
「いえ……。少々お待ちを」
人が立ち上がる気配があった。
扉に向かって少しずつ足音が近づいてくる。
大きくなった鼓動が直接耳を打つようで、背筋を嫌な汗が伝っていくのを感じた。
母は先ほどから少しも変化がない。全ての表情を無くしてしまったかのように、静かに、まるでそこにあるのが当たり前の石であるかのように少しも動かなかった。
扉が薄く開かれると見慣れた兄の瞳が覗いていた。
兄は、私が通れるくらいまで扉を開くと無言で頷いた。
助けを求めるように母のほうを見たが、母は私と目を合わせてくれなかった。
しかし、その俯いている先の地面に何かがぽたりと落ちた。だが、それだけだった。
私は兄に背中を押されながら、神様の待つ神殿の中へ入っていった。