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黒碧白曜譚  作者: 鏑木澪
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焼き菓子

 神様が来られるのは、太陽が完全に沈んでしまってからだ。

 もうずいぶん日が落ちて薄暗くなってきたが、まだ太陽の光が残っているので神様は現れない。

 季彦には、なんの知らせもないままいつもの場所に行くこともなく放っておいてしまっているが、季彦のことだから、そのうち勝手に他の仲間でも誘って祭りを楽しむことだろう。そのことはあまり心配はしていないが、もしかしたら、屋台を奢るという約束を守れなかったことをこれからしばらくいわれることになるかもしれない。

 祭りのざわめきが膜のように私のまわりを覆っていた。

 いつもはざわめきの中にいたのに、今日はざわめきの中心にいながらその外側にいるような気分だった。台風の目は静かだというが、もしかしたらこういうことなのかもしれない。

「アキ!」

 囁き声に精一杯勢いをつけたような声が聞こえた。部屋の隅で壁に少しだけ隙間ができているところから、私の好きな屋台の焼き菓子の包み紙がちらちらと揺れているのが見えた。

「タカ?」

「おぉ、アキ。……ちょっと出てこれるか?」

「うん、ちょっとなら、いいかな。確認してくる」

「おう」

 母に話をしに行くと、間もなく神様が来られるからすぐ戻ってくるように、とのことだったが、少しの間、神殿を離れることが許された。

 神殿を出て声のした辺りに向かう。

 私に気が付いた季彦が、手を挙げる。私も手を振り返しながら駆け寄る。

「……やぁ、元気?」

「うん。タカは?」

「屋台奢ってもらう約束だったのに、誰かが来ないから自分で買って食べちゃったよ」

 私が好きな焼き菓子は、季彦が好きな菓子でもある。さっき壁の隙間から見えていた包み紙は、季彦が食べた後のものだったのか。

「そっか。……ごめんね」

「本当だよ。全く」

 そういいながら、季彦は私に向かって紙袋を一つ突き出す。

「何?」

「いいから」

 季彦は、有無を言わさず私の手に紙袋を握らせた。

「じゃあな。頑張れよ」

 そのまま、目も合わせないで祭りのざわめきの中に紛れていってしまった。

 その背中が見えなくなるまで見送ってから、紙袋に目を向けた。

 下を支えるようにして持つと、まだ温かく、甘い香りも漂ってきていた。

 もしやと思って、紙袋の口を開くと私の大好きな焼き菓子が二つ入っていた。

 このお菓子はどちらかというと高い上に人気なので、一人ひとつ買えたらいい所だ。それを三つも買うなんて……、そう思ったが、一つ目をとり出すと二つ目には包み紙が付いていないのが見えた。

 食べなかったんだな。

 いつものように一緒食べたかった。

 とり出した焼き菓子の甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。

 何層にも練った生地を編み込んで円の形にして揚げた後、砂糖と干して砕いた果物を混ぜて作った特製の液をかけて軽く炙ったものだ。

 揚げた生地の香ばしさと、砂糖に溶け込んだ果物の香りが口の中一杯に広がる。体の奥底から元気がわき上がってくる。

 祭りは、闇が深くなり空が音を吸い込むほど澄むまで続く。

 私はその間、また神殿の中で過ごさなければならないが、元気が出てきたのであっという間に過ごせそうだ。

 何事もなければ、また明日いつものように季彦に会うことができる。

 そうしたら、焼き菓子の礼をいって、いつものように山へ行こう。

 何かお菓子を作って持っていくのもいいかもしれない。

 


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