稽古
自分の足音に重なるように、季彦の足音が聞こえてくる。
木の間を影が動いて行っているのが視界の端に見える。
私たちはしばらくお互いの存在を感じながら、一定の距離を保って走った。
少し開けたところにある平地が近づいてきたので、腰帯に刺していた棒を引き抜く。
私の得意な武器は太刀。だから、ちょうどそれくらいの長さの枝を選んだ。太刀の特徴である反りがないのが残念だが、練習にはこれで十分だ。
季彦は片手剣を使うが、これは普通の片手剣ではない。とても細身でよく撓る剣なのだ。それに似せて、季彦の選んできた枝も細身でよく撓りそうだ。
よけたと思っても剣にまとわりつくようにして体に迫ってくる剣は、なかなかの曲者だ。
季彦は基本、自分から攻撃を仕掛けてくることはない。相手の動き始め、出端を狙って攻撃してくる。
出端が狙われているとわかっているのに、相手にわかるように攻撃を仕掛けるのは馬鹿だ。いかに自分の起こりを相手に悟らせないようにして攻撃するか、もしくは、上を攻撃すると見せておいて下を攻撃するかなど、かけ引きをすることも技そのものを磨くことと同じくらい重要だ。
「はぁ。今日は勝てると思ったのにな」
季彦は、持っていたところから先がぽっきり折れてしまった枝を投げ出して寝転がった。
「甘いねー」
私は懐に入れていた枝をとり出して、季彦の胸に突き立てるふりをした。
季彦もそれに合わせて体を丸め、今まさに刺された人のような演技をする。
「なんで、そのまま太刀で斬らないのさ?」
「なんでだろうね?」
「本人が知らないんじゃ、知ってる人はいないなぁ」
「そうだね。諦めよう。なにで斬られたのか、なんて知る間もなく絶命するのだから、気にすることはないさ」
「勝手に殺すな!」
「大丈夫だ。骨くらいは拾ってやる」
「おい!」
ご丁寧にまだ胸を押さえたままの季彦に手を振って、わざとらしく大股で来た道を帰る。
「待てよ。置いてくなよ」
「はやく帰って明日の祭りに備えないと」
「そうだな」
いうなり季彦は走り出した。
「アキの家まで競争! 負けたほうは屋台一個奢りな!」
「あ! ずるいよ!」
急いで背中を追いかける。
もともと私のほうが足は遅いし、走り始めも遅れたので、これは負けだ。まぁ、剣のほうは勝ったから、いいだろう。あまり高いものを奢らなくていいよう願うばかりだ。
「よっしゃー!」
かなりの差をつけて先に家に着いたのは、やはり季彦のほうだった。
私が肩で息をしながらどうにか家にたどり着くころには、椀に水を汲んで待っているほどの余裕だ。
「それじゃ、また明日な。楽しみにしてるぜ」
そういって絵に描いたように親指を立ててニッコリ笑う幼馴染が、少し憎らしかった。
「うん! また明日ね」
あれだけ走ったのに、また走って家に帰っていく季彦の背中をいつものように見送った。
椀の中の水には少しだけ梅干しが溶かしてあった。
飲むと口の中に甘じょっぱい味と梅の香りがほんのり広がった。
ちょうど私が好きなくらいの濃さだった。
季彦は、そういう小さいところまで気遣いのできるとてもいい人なのだ。