日常
反射的に頭を下げた。
大きな影が私と季彦を覆っていた。
先ほどまでとは違う地面の色がやたらと目につく。
顔を上げて、影をつくっている正体を見てみたいという気持ちと反対に、幼いころから染み付いた習慣は、空を見上げることをよしとしない。
そうこう考えているうちに影は行過ぎてしまった。
「今の神様だったかな?」
季彦のこういうのん気なところはいつだって私を明るくしてくれる。
「神様だったのかもしれないね」
「アキは、神様を信じてる?」
「信じるも何も、明日のお祭りにくるじゃない」
「アキはのん気だな、信心深いんだな……」
先程、のん気だと思った相手からのん気だといわれるとは……。
「どういう意味?」
「本物の神様って、そんなふうに簡単に人から見えるような姿になるのかな?」
「何言っているのよ、タカ。バチが当たるよ」
「僕は、バチを当てるようなのは神様じゃないと思ってるからいいんだよっ」
遊びなれたお気に入りの場所へと続く一本道を駆け出していく季彦の背中が、いつもと違って見えた。神様の使いが通って行った後だから、いつもと目の調子が違うのかも知れない。
「はやくおいでよ!」
声変わりなんてとっくに終わったはずの声を裏返らせながら、季彦が呼んでいる。
「急がなくても、山は逃げないんだから!」
季彦の笑い声が木々の間を木霊しながら聞こえてきた。
私たちの山遊びは、ただ楽しいだけのお遊びではない。
「いつも通り合図したら始めよう」
「おうよ」
返事を聞いて道から離れ、山の中へ入って行く。
なるべくまっすぐで、私の脇くらいまでの長さの木の枝を探す。
細い枝が飛び出しているが、ちょうどいいくらいの枝を見つけたので、余計な枝を落として一本の棒に仕上げ、腰帯に差し込む。
続いて、小ぶりで太めの途中から少しだけ反った枝を探す。
残念ながらちょうどいい反り加減の枝を見つけることはできなかったが、思っていたくらいの太さの枝は手に入ったので、長い分は折ってちょうどいい長さにして、尖ったところは石にこすり付けてできる限り滑らかにしてから懐に入れた。
もうひとつ、何か手ごろなものはないかと探そうとしたところで、季彦のものと思われる口笛が三回聞こえた。
正直に言うともう少し時間がほしかったが、ここで遅れをとるのは嫌だったので、こちらは四回に切って口笛を吹き、準備ができたことを伝えた。
ピーッと長い口笛が響いて、開始の合図となった。
音は最初に聞こえた位置よりうんと近くで聞こえた。
すでに季彦は近づいてきているようだ。私も遅れをとらないように走り出す。
戦いの始まりだ。