8話 夫婦子供を授かる?
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セラスSIDE
昔々の夢を見る……自分ではない誰かの夢だ。
それは小さくも、壊れた英雄の物語。
それは記憶か……彼の心象風景なのか。
戦争を知らない彼女には夢の光景がただ寂しい場所だということしか分からなかった。
そこは焼けただれた町。
遠くにはいくつにも立ち上る黒煙、見回せば木々も、崩れた建物もすべてが黒く焦げ付き、空は燃えるかのように赤く染まっている。
戦争か、魔物の襲撃かはたまたその両方か。
無事であるものなど何一つなく。
形を保っていられるものなど一つとして許されない。
そんな街を、男は一人歩く。
町の中をゆっくりと……そしてのんびりと観光をするかのように歩く彼は。
いつものようにニコニコと笑いながら地獄を平然と歩く。
その光景に眉をひそめるわけでもなく、憤るわけでもなく。
その背には剣が刺さり、首元には獣の牙が食い込み、だらんと下がった腕はちぎれかかっている。
顔を血で染めながら、歩く度に血を吹き出しながらも。
何でもないというように、男は笑って歩き続けた。
【ありがとうございます……ありがとうございます】
顔が塗りつぶされたように黒ずんだ人影が、遠くのほうで感謝の言葉を捧げている。
面と向かうこともせず、傷の手当てをしようとするのでもなく。
がれきの陰に怯えるように、細々と彼をほめたたえる。
だが、顔は塗りつぶされていても、その声や仕草はまるで魔物が通るのを見ているよう。
そこにあるのは感謝でも、幸福でもなく……化け物に対する恐怖でしかない。
普通であれば憤るであろう……。
だが、それでも彼は笑っていた。
その、剃刀の刃よりも薄っぺらい言の葉を誇るように。
勇者ラクレスは笑って次の戦場へと向かうのだ。
「なるほどのぉ……確かにこれは化け物よ」
痛みを感じない魔物はいる。
感情のない魔物などいくらでもいる。
だけど……誰よりも怒り、悲しみながら。
誰よりも痛みに苦しみながらも。
理想であるために、希望であるために……笑い続ける魔物など存在しない。
そんな優しい怪物の存在を、きっと誰も信じはしないだろう。
荒野の真ん中……建物も人影も見えなくなったところで勇者はうずくまる。
もう歩けないと弱音を吐くように……寂しいと助けを求めるように。
誰にも見られない場所で ──もしかしたら心の中だけで── 彼は一人涙を流す。
だからこそ彼女は、当然のようにその化け物を後ろから抱きしめる。
風にさらされ傷が疼かないように……その涙を、誰にも見られない様に。
「大丈夫だ……大丈夫だよラクレス……妾は全部知っているからの」
聞こえるはずもない小さな祈り。
だがその言葉は確かに……勇者を救っていた。
■
「……変な夢よな」
小鳥のさえずりが響き、セラスはうっすらと目を開ける。
隣には最愛の夫が眠っており、朝の陽ざしはほんのりと暖かい。
「まだ早い時間よな……ふあぁ……随分と無防備に寝てしまったものだ」
体を起こし、セラスはうっとうし気に手を伸ばして小鳥を追い払うと、やがてすぐに静寂が訪れる。
「んーーっくぅ」
夫の眠りを妨げるものがいなくなったことを確認した後に、大きく伸びをするセラス。
迷宮図書館のベッドに比べれば、確かに寝心地は悪いが、セラスは何となしにこの藁の感覚も悪くはないと感じていた。
隣の勇者は小鳥の声程度では起きないようで、藁の上で静かに寝息を立てており、知らず知らずのうちにセラスは口元をほころばせる。
その無防備さは、本当に世界を救った勇者なのかさえ疑問に思えるほど緊張感がなく。
そして恐らくそんな無防備な姿を見せるのは自分にだけなのだとセラスは心の中で熱いものが沸き上がるのを感じる。
「……顔でも洗ってこようかの」
本当は寝ている夫に抱き着いて温もりを感じつつ二度寝をしたい。
しかし魔王として、そして勇者の嫁としての誇りと自負が、その欲望をかろうじて押さえつけ、セラスは自らの火照りを抑えるために立ちあがろうと手をつくと。
──むにっ。
「むに?」
なにやら柔らかいものの感触を覚えて、首を傾げて太ももあたりを見やる。
「……むにゃ……」
そこには、褐色の肌にラクレスと同じ黄金の髪……そして自らと同じ人よりも少し長い耳を持った小さな少女が抱き着くように眠っていた。
「……ふぅ」
セラスは一度硬直し、そして隣で眠るラクレスを見て一つ息を吐く。
彼女は冷静だった……。
冷静に、かつて魔王城にて授かった知識の全てをもってして、その状況を分析し……すぐに最も論理的な答えを導き出す。
「よもや……手をつなぐだけでも子供が出来てしまうとは……さすがは勇者と言ったところか」
彼女は冷静で、理知的だ。
だが一つ過ちがあるとすると……未来視が発現するまで過保護にそして姫として育てられた彼女の貞操教育を……魔王城の魔物たちは幼児のそれと同じレベルにとどめてしまったという一点であろう。
■
ラクレスSIDE
「―――♪ ──♪♪」
目を覚ますと、そこには鼻歌を歌いながらメルティナの背中をなでる嫁の姿があった。
「……えーと、これは一体どうゆう状況?」
なぜメルティナがここにいるのかという疑問に僕は困惑をしつつも問いかけると。
セラスはニコニコと満面の笑みを僕に向ける。
どことなく瞳が輝いているように見えるのは気のせいだろうか。
ただ単に子供好きというだけならばいいのだが……見たところそうでは無さそうだ。
「おぉ、起きたかラクレス……ふふっ驚くのも無理はないな、だがしかしそういうことだ」
「えと……」
どういうことでしょうか?
「なんだ、察しが悪いな……ややこだ……妾と其方の間にややこが産まれたのだ。 ふふっ其方と妾に似てなんとも可愛らしい姿ではないか」
「産まれたって……」
メルティナじゃん……。
「驚くのも無理はない。 妾も最初は驚いた……口付けをすると子供ができるというのは知っていたが……よもや勇者と魔王の間では、手をつなぐだけでややこが産まれるとはな……どうするラクレス? 名前は何としようか?」
しばし思考を巡らせる。
何かしらの精神魔法がセラスにかけられた可能性や、実はメルティナが僕とセラスが時空魔法のなんやかんやで作った子供である可能性まで一応考慮して、思案をし。
やがて最も合理的な結論を導き出してため息を漏らす。
「あーセラス、子供の誕生に母性を目覚めさせて張り切っているところ悪いんだけど。手をつなぐだけで子供は生まれないし、その子は僕たちの子供じゃないよ」
「へ? な、なにを言いだすのだラクレス……妾と其方の絆を否定するというのか!?」
顔を青くしそう慌てるセラス……冗談を言っているわけではないようで、その瞳は涙ぐんでさえいる。
この様子じゃ旅の途中で子供ができる心配はなくなったみたいだけど……これから大変そうだなぁ……。
「その子はこの村の子でメルティナっていうんだ。 昨日少しだけど顔を合わせただろう? というか仮に手をつないだだけで子供ができるとしても、いくらなんでも早すぎるし大きすぎるでしょうに……」
僕の言葉に衝撃を受けたようにセラスは口元に手を当てて目を丸くする。
「……た、確かに。コウノトリさんが赤子を運んでくるにはちと早すぎるし、何よりも赤ん坊ではないなこの子は……言われてみれば昨日其方の後ろに隠れていたような」
「冷静になってくれてうれしいよセラス」
これから苦労をする未来が見えて僕としては少しばかり気が重いが……まぁ時間はたくさんある。
彼女の貞操教育についてはあとでゆっくり考えよう。
彼女は賢い。
二人でいればきっとすぐに真実を知るだろうし……すんなりと受け入れてくれるだろう。
「……でも、やっぱ目元とか似てないかの?」
「気のせいです」
たぶん。
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