6話 夫婦は交渉をする
「やぁセラス、無事だった?」
怪我が治った少女メルティナの手を引きながら僕は村まで戻ってくると、そこには村の真ん中で樽に腰を下ろしてあくびをしているセラスがいた。
「全然心配していたようには見えぬが、まぁお前様の予想通りつまらん連中であったよ。ところでラクレス、なんだその子供は?」
どうやら彼らの相手は相当退屈だったようで、セラスは樽から立ち上がると一緒にやって来たメルティナに顔を近づけて首を傾げる。
「え、えと、メルティナ、です」
恥ずかしそうにメルティナは僕の後ろに隠れながらも、律儀に挨拶をする。
「くる途中で襲われてたから助けたんだ。 他の村の人は無事?」
そう僕は問うと、セラスは無言で村の奥を指差す。
視線を動かすとそこには茫然と立ち尽くしてこちらを見ている村人たちの姿があった。
おそらく、状況が飲み込めずに混乱しているのだろう。
皆が皆困惑した表情を浮かべながらこちらを見つめている。
まだ僕たちが敵なのか味方なのか区別をつけあぐねている……そんなところだろう。
「みんな!」
そんな中、メルティナは村人たちを見ると初めて明るい声を上げて駆け出していき。
「メルティナ!!」
村の人々も、少女の声に反応するようにメルティナへと駆け寄り、互いに無事を確かめらように慶の声を上げる。
どうやら彼女のお陰で村の人々の警戒も解けたらしく、僕は心置きなくセラスを連れて村の人のもとまでゆっくり歩いて行く。
すると、一人の背の高い若い女性が前に出て来て深々と頭を下げた。
状況からしてこの村の長なのだろう。
「村を、そしてメルティナを助けていただき、感謝の言葉もございません。 私はこの村の長、アミル・レイザムと申します」
複雑な心境であろう。
感謝の気持ちは当然感じるが、村の人々の心には理不尽に対する悲しみや怒りの感情が滲んでいる。
「いえ、気にしないでください、当然の……」
「妾たちもこの村に少し用事があった故な、報酬のついでにその用事の話もしたいのだが? どこか話ができるところはあるか? 村長よ」
当然のことですよ。 そう言おうとした僕の言葉を遮り、代わりにセラスはアミルさんにそう告げた。
「報酬……ですか?」
「むろん報酬目的が故の行動だ。 これだけの兵士達を相手に、善意で動くお人好しはおるまい? もちろんこのような事があった後だ、落ち着いてからで構わんがな」
その言葉に村人達は顔を見合わせて、どこか納得をしたように頷きあう。
それは僕が見たことのない、腑に落ちた……という清々しい表情であった。
「また同じことを繰り返すつもりか?」
村の人々が頷きあう中、そう呆れたように言葉を漏らすセラスに。
「お人好しですみません」
僕はそう短く謝罪の言葉を漏らすのであった。
▪️
「本来であれば、村の者全員で感謝を捧げるべきなのですが、亡くなったものを弔ってやらなければなりません。 なのでお話は私だけでさせていただきます」
「構わぬ。 こちらは二日ほどは待つ覚悟であったからな、妾達への気遣い痛み入る」
襲撃から二時間ほど経ったあと、村は少し落ち着きを取り戻したのか、僕とセラスが通されたのは簡素な家だった。
おそらく襲われて荒らされた家の中でも比較的破損の少ない家を選んだのだろう。
村長は僕たちを部屋に通すとそっと席に着き、僕たちも続くように腰を落ち着かせる。
窓から見えるのはせっせと木材や死体を運ぶ村の人々。
「村を助けていただいた上に怪我の治療まで……何から何まで」
感謝の言葉を述べようとするアミルさんであったが、セラスは手を出してその言葉を止める。
「良い、こちらにもメリットがあると判断した故だからな。 村があんな状態で長を長く拘束するわけにも行かぬからな、単刀直入に聞こう、いくらまで出せる?」
セラスの言葉に、アミルさんの顔色が変わる。
その表情からは、到底今回の襲撃を救われた対価を払えるほどの蓄えはないといった様子だ。
「申し訳ございませんが、とてもでは無いですが金貨は難しいです。 ご存知の通り、我々はダークエルフ。 この森に追放された卑しい部族である私たちが、お金を稼ぐ手段は限られていますので」
ご存知の通りというが、セラスと僕は顔を見合わせる。
ダークエルフと言えば[魔術の深淵に至るエルフ]という意味であり、ゼラスティリアではエルフ族よりも高位のエルフとして神聖視すらされていた種族である。
魔王との戦いでも、最初に国王が盟約を結んだとされる種族であり、魔術師の最高到達点[大賢者]へと至るものの二人に一人はダークエルフと言われるほど、魔法の才に秀でた存在だ。
大地の力に優れ長寿なエルフ族に対し、五大元素を含むすべての魔法に優れ短命なダークエルフ。
神が手放すのを惜しむ種族と揶揄されるほどの彼等が迫害……ましてや自らを卑しいと呼ぶなど僕もセラスも考えられなかったからだ。
国が違うと扱いがここまで変わるのか……なんで僕は思いながらも、ただ頷いて村長との交渉を続けることにする。
「わかりました、それでは別のもので手を打つとします」
「と、言われると……それは、その、私の体でしょうか?」
「へ?」
「ぬっ?」
ちらりとセラスが心配そうな顔で僕を見たが、僕は慌てて首を振る。
そんなに見てたかな、たしかに胸元の大きく開いた服を着てるけど。
「そ、そういったものは必要ありません。 僕たちは旅のものでして、この地域は初めてなんです」
「こ、これは失礼を!? え、えと、その、つまりは、情報が欲しいと?」
アミルさんも状況を察したのか恐る恐るそう聞いてくる。
「ええ、もちろん情報だけでは村を救った対価としては釣り合わないので、これからもここを旅の補給拠点の一つとして使わせて頂けるというのであれば、報酬はそれで手を打ちましょう」
随分と甘いことよな……と言いたげにセラスは鼻を鳴らして机に肘をつく。
自分でも甘いかなとは思ったが、補給拠点は旅をする上で重要になるし必要なものだ。
「わかりました……幸い森の恵みのお陰で食料や水には苦労をしていませんので……それでよろしければ」
アミルさんはこちらに感謝するような瞳で手を伸ばしてくる。
そこに不信はなく、僕はその手を取ろうとすると。
「取引成立よな」
それを遮るようにセラスはアミルさんの手を取り握手をした。
「では、報酬の件はこれでひとまずは?」
「そうさな、情報は後でゆっくりもらうとしよう」
「ありがとうございます。 では次にお二人の用事というものをお聞きしたいのですが」
そう、村長はいうが僕は困ってしまう。
用事というのは先ほどいった水の確保と情報である。
報酬という形で受け取ることになってしまったため、用事というものは実際にはもうなくなってしまっている。
僕は困ってセラスを見ると。
「いや、用事は落ち着いてからで良い。村全体との取引になる故な、それまでは滞在させて貰うが構わぬな?」
流石はセラスだ、こう言っておけばまた後で何か必要になった時に交渉をうまく運びやすくなる。
流石は魔王の娘と言うべきか、僕は素直に感心してしまう。
「え、ええもちろん。こちらからもお願いします。 また先の兵士達が襲ってくるかも知れませんし」
アミルさんは不安げに胸の前で拳を握りしめてお願いをしてくる。
「まぁ、あれだけ脅せば村を再び襲撃しようとは思わぬだろうが念の為だ、その時は引き受けよう。 しかしあの兵士たち、ミルドリユニアと名乗っていたが、何か心当たりはあるか?」
「ミルドリユニア、そんな……」
「知ってるんですか?」
「ええ、この国の正規軍です。 見たことは無かったですが」
「正規軍? なんで正規軍がこの村を襲撃するんですか?」
「それは……」
ちらりと僕とセラスを見て怯えるような表情をするアミルさん。
しかし首をかしげる僕たちをみると、意を決したのか一つ息を吐いた後。
「それはきっと、この村が二百年前魔王を倒した勇者、ラクレス・ザ・ハーキュリー様を信仰している村だから、だと思います」
「「に、二百年前!?」」
絞り出されたようなアミルさんの言葉に、ほぼ同時に僕とセラスは声を上げたのであった。
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