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5話 夫婦は村を救う

ラクレスSIDE


「間に合って良かった」


 フルプレートに身を包んだ兵士を蹴り飛ばし、僕はそう息をつく。


「さてと大丈夫? 立てそう?」


 傷ついた少女に手を差し伸べ、ついでに傷の具合も見る。

 少女の肩は大きく剣で切られ抉れているが、傷の深さから命に別状はなさそうだ。


「え、えと……あ、ありがとう……ございます」


 恐怖と痛みでパニックに陥っているのだろう、少女は感謝の言葉を紡ごうとするが、うまく言葉にできていない。


「貴様!? 何者だ!」


 仲間を蹴り飛ばされたことへ腹を立てたのか、男はそう怒鳴り声をあげて剣を僕に向ける。


 鎧の装飾は僕たちのいたゼラスティリア王国の物ではなく、僕の顔を知らないということはここは本当にゼラスティリア王国ではないのだろう。


 となれば、勇者が生きていた……という情報が入る心配はないため、僕はひとつ胸をなでおろす。


「なに、ちょっとした旅のものですよ」


「貴様、放浪者風情がこのミルドリユニア帝国の騎士団に逆らうというか?」


「ミルド? 聞いたことないな」


 確かに、魔王が支配していた地域はある程度回った覚えはあるが、ミルドリユニア帝国というものは聞いたことがない。となると、セラスの言う通り本当に遠くに来てしまったということだろうか?


 僕はそう思案して首を傾げると。


「し、知らないだと!? ふん、学のない浮浪者め……己の間抜けを呪うんだな!どちらにせよ、目撃者は皆殺しだ!」


 男は激高するように剣を振るい、僕の体を刺し貫こうとするが。


「リアナ」


 その刃を、勇者の剣が受け止める。

 この程度であれば、剣を僕が持つ必要もないだろう。


「は?」


 疑問符を浮かべる男。 まぁ、その力を知らなければ当然だろう。

 

 なぜなら彼にとっては一人でに空中に浮いた剣が、攻撃を勝手に受け止めたように見えているだろうから。


「随分と弱いな、君」


「なっなっなんだとぉ!? たかが魔法を使えるぐらいで調子に乗るな! 俺は、ミルドリユニアでは二十八番目の剣の使い手だぞ!」


「すごいんだかすごくないんだか反応に困る順位だね」


「なにを! 俺の剣を前にして、いつまでその余裕が保てるかなぁ! くらえぃ!」


 僕の言葉に激高するように、連続で切りかかる兵士。


 確かに言う通り、振り下ろされる刃は乱れがなく腕は立つように見えるが。


 それはあくまで人としての話であり、この程度であれば僕は動く必要もない。


【!!】


 十度振るわれた刃をリアナは自動的にはじき飛ばし防ぎきる。

 

「やっぱり弱すぎるよ……君」



 よくそんなので兵士が務まるものだと僕は少し呆れながらも、兵士の顔面に向かってデコピンを放つ。


「ひぎぃっ!?」


 手心は加えたはずなのだが、軽い感触と同時にフルプレートはひしゃげ、隙間から赤いものが噴出する。


 首の骨は折れてはいないが……どうやら軽く指を弾いただけでも頬骨が砕けてしまったらしい。


「あれ? えーと……生きてるよね?」


 僕は冷や汗交じりにふよふよと浮遊する勇者の剣……【リアナ】に問いかけると。

 ふらりと彼女は伸びた二人の兵士のもとへ行き、つんつんと兵士をつつき。

 

「!!!」

 

 頷くように上下にその刀身を揺らす。


 勇者の剣【リアナ】は自立戦闘を可能とした生きた剣である。


仲間であり、師であり、武器である勇者のためだけに作られたその剣は、その刀身に幾千年もの間勇者として戦ったものたちの剣術が記憶されており、彼女自身にも第三階位魔法が刻印され、自分の意思で放てるようになっている。


 持てばきこりであろうが歴戦の勇者の技を振るうことができ、敵に囲まれた際も仲間として先ほどのように自立して戦闘を行いつつ背中を守ってくれ、魔法によるサポートやマジックアイテムとしても多種多様な能力を有する。


強度や切れ味もさることながらその万能性こそが彼女を伝説たらしめるゆえんであろう。


 それに加えて【記憶】の力により、受け継がれれば受け継がれるだけその【成長】には限りがなく……数千年を生きる彼女の前には、魔王でさえも一方的に蹂躙されることしかできず、魔王を僕が単身撃破できたのも彼女の力のおかげによるところが大きい。


 そんな一度引き抜けば栄光を約束される宝剣リアナ。


しかしその反面、生きている剣であるゆえに彼女が認めた存在にしか持つことを許されず……長く生きているだけあってその分気位が高い。


 聞くと、年々勇者の剣を引き抜くための条件は上がっているらしく……魔王に国が崩壊させられかけたのも、彼女が引き抜かれるのを拒み続けたためという話もたまに聞く。


 世界を守るはずの彼女のわがままで、世界が崩壊しかけるというのも笑えない話ではあるが……結局最終的には5年前……彼女は僕を主人と認めてくれた。


勇者の剣を抜いた時の記憶はあいまいだ。


そもそも予言のおかげで抜けないとは思っていなかったし……驚くほどあっさりと剣は抜けたから。


なぜ僕に力を貸してくれたのか……というのはいまだに疑問であるが、聞いても首―――といっても刀身だが―――を横に振るだけである。

 


「そっか……でも、その様子じゃしばらくは起き上がりそうにないね」


 リアナを鞘に戻し、僕は最初に蹴り飛ばしたほうの男性を見る。


 よく見れば、一回目に蹴り飛ばした男も鋼の鎧は粉々に砕けており、不自然に腹部がひしゃげている。 


 一般の兵士にしては随分と装甲が脆いように感じるが……こんなのでは鉄の剣や弓は弾けても、魔物の爪や牙には対応できないと思うのだが……この地域には魔物は少ないのだろうか?


 そんな疑問が僕の脳裏によぎるが……今はそんなことを考えている場合ではないとすぐに意識の外へと放る。 


 知らない国の装備の心配をするよりも、今は少女の傷のほうが優先事項である。


「ごめんね、ちょっと怪我を見るね」


 少女の怪我を見てみると、ぱっくりと肩が裂かれ腱を断ち切られてはいるものの臓器に損傷は見られない。


恐怖と痛みに青ざめた表情をしているが、呼吸の乱れもなく意識もはっきりしているため出血さえ止まれば命に別状はなさそうだ。


「……リアナ。治せそう?」


 僕はリアナに問うと、彼女は頷くように上下に揺れ、自らの鞘を少女の傷口に触れさせる。


 勇者の剣【リアナ】の刀身は記憶と魔法を有しているが。

その鞘には高位の常時回復魔法が刻まれている。

 

 保有している限りその身の傷は回復し続けるという代物であり、毒に対してもある程度の耐性を有する。

本来であれば即死であるヒドラの毒を飲んでも持ちこたえたのは、リアナが必死に毒の回りを食い止めてくれていたおかげである。


「すごい……傷が」


 そんなリアナの力をもってすれば、正当な契約者でなくてもこの程度の切り傷は簡単に塞がってしまうようで、数秒で少女の体の傷は、ところどころにあった擦り傷やあざを含めて完治し、少女は奇跡を目の当たりにしたかのような表情で腕を上げたり下げたりしている。


「さすがだねリアナ」


「!!」


 そうリアナに称賛の言葉を贈ると、彼女は胸を張るように刀身を揺らし、また僕の腰に戻っていく。


「……あの、あ、ありがとうございます……」


「気にしないで、僕たちも水を分けてもらおうと思って寄っただけだから」


 少女の無事を確認し、僕は手を取って立ちあがらせると。


「水……ですか、村はもう……」


 思い出すかのように、少女はその表情に影を落とす。

 当然か、逃げ出した自分が今殺されかけていたのだ……村の人たちの生存は絶望的。

 彼女はそう考えたのだろう。


 しかし、僕はそんな彼女の頭を一つなで。


「大丈夫だよ、つよーい魔法使いが先に向かってるからね」


 そう元気づけてあげたのだった。


                   ■ ■ ■ ■ ■ ■

セラスSIDE


 「なんだ、妾だけか」


 鈴を鳴らすような凛と響く優雅な声。

 

 その一言から……その場にいた者たちの立場は逆転した。


 一方的に蹂躙をするだけの集団が、一方的に蹂躙される側、獲物へとなり下がったのだ。


 不運なことか、それとも幸運なことなのか? その圧倒的な蹂躙劇は、村の襲撃の任を任された第五部隊長ゴルマンの目の前で開幕をした。


 突如現れた一人の女性。

 妖艶な出で立ち、それでいて誰もが息をのむような絶世の美女。


 村にいるはずがない高貴な服を身にまとった女性は、狩場となった村の中央に何の前触れもなく降り立つと。


「これ、村人を殺すでない……」


 手近にいた兵士を蹴り飛ばした。


「なっ……」


 華麗な回し蹴りにより吹き飛ばされた兵士は、まるでゴムまりか何かのように宙を二度、三度舞い、ゴルマンの真横に落下する。


「……へ?」


 最初、何が起こったのか分からなかった……。女性が現れたかと思ったら、突如として部下が宙を舞った。

 理解の追いつかない出来事の連続に、ゴルマンははじめ白昼夢でも見たのかと思い、自らの目を一度こするが。


「殺すなと言っているだろうに……」


「ぼぐっ……」


 鈍い音とともに、今度は馬小屋の藁の中に落下するもう一人の部下を見て、やっとこれが現実であることを受け入れる。


「か、囲め!! あの女を囲め! そして殺せ!」


 その見た目に惑わされはしたが、女性の行ったことは間違いなく襲撃であり、ゴルマンは彼女を放置すべきではない脅威と判断し、兵士たちに彼女を殺害するように命令をする。


 しかし……すぐにそれは間違いであったと気づく。


 少なくともゴルマンは、二人の部下の犠牲により目前の女性が普通ではないと気づいていた。


 そう気づいた時点で逃げるべきだったのだ。


 彼女が兵士二人を蹴り飛ばしたのは、ちょうど村人を殺そうとしている最中だった為だ。

 

 そのため、明確に敵対をせずに引いていれば、彼女……セラスは彼らを敵と認識することはなく追うこともしなかっただろう。


 だが、剣を向けた為に……目前の兵士たちは皆、一人残らず彼女……魔王セラスの敵になったのだ。


「ふむ、身の程知らずの愚か者どもよな。だがまぁよい、役者は不足しているが魔王に立ち向かうは人の常……その悲鳴をもって、不敬への贖罪としよう」


 セラスは魔王らしく悪辣な笑みを浮かべながら一人の兵士を指さし。

 

血祭ブラッディレイン

 

 呪文を唱える。


「ひぎゃああぁ!」


 悲鳴と共に内側から破裂する兵士。

 人間であったものは形すら残らず、ただ血の雨と鎧のみが兵士がいたところに降り注ぐ。


「……他愛ない。対抗呪文の一つも持たぬか。大事をとって第七階位の魔法など使わねばよかったわ」


「だ、第七階位? なんで、そんな伝説級の魔法を……」


 ありえないものを見たと言わんばかりにゴルマンはカタカタと肩を揺らす。

 しかしセラスはそんな言葉を聞く耳もたないと言わんばかりに続けて魔法を放つ。


重力波グラヴィティ


 ぺしゃりと、セラスを囲んでいた兵士たち六人が、巨人に踏みつぶされたかのように縦につぶれる。

 今度は悲鳴すらも上がるより先に仲間は死亡したようであり兵士たちは全員恐怖に顔を真っ青に染め剣を取り落とす。


「……まだやるか?」


「ひいいいぃいいぃい! た、た、た、助けてえぇ!? 死に、死にたくなあぁい!」


 セラスの言葉に最初に逃げ出したのは騎士団長であるゴルマン。

 その後指揮官の逃走に兵士たちも蜘蛛の子を散らすようにわめきながら村から逃げ出していった。


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