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34話 勇者メルティナ


「……僕が勇者じゃないってどう言うこと?」


突然のエミリアの言葉に、夫婦揃って呆けること数分。


やっとの思いで僕はその言葉を絞り出すと、エミリアはモジモジとしながら説明を続ける。


「勇者とは、勇者の剣リアナに加えすべての神聖武器を操ることができる伝説の戦士……本来であればそれらの神器すべてを用いて魔王は倒されるべきなのです。しかし、ラクレスはリアナの力は使うことが出来ましたが、エルドラドのアイアスや、私のパラスアテナイエ。ケイロンのケリュケイオンを使うことができなかった。だからラクレスは勇者ではないのです。」


「ちょっとまて‼︎? 神聖武器は勇者以外でも扱える武器だが、勇者の剣……リアナだけは選定された勇者にしか使えないはずであろう‼︎」


「そうなんですが……その」


ちらりとエミリアは僕を見た後、リアナを見ると。


リアナは水揚げされた魚のようにびったんびったんと真っ赤になって床の上を跳ねている。


「……本来であればラクレスはリアナを抜くことはできません。 ですがリアナは……その、ラクレスに一目惚れしてしまって……自分で封印を解いてしまったんです」


ぼふんという音が響き、爆発したようにリアナから湯気が立ち上ると、先ほどまで勢いよく飛び跳ねていたリアナはピクリとも動かなくなる。


「……なるほど、目の前で他人に思い人を暴露されるか……哀れな」


セラスが本心から気の毒そうな表情をリアナに向けた。


「なんか……ごめんなさい」


そして僕もなんとなく謝った。


「ラクレスは悪くありません……リアナは、自分勝手であなたを戦争に巻き込んだのですから……。 それに、本当はあなたが神聖武器を扱えないとわかった時に我々もあなたに真実を伝えるべきだったのです……ですが、勇者たらんと頑張るあなたを見て……どうしても本当のことが言えなくて……それに……」


「あれ? でもさ、僕のこの力も怪力もてっきり勇者だからって思ってたんだけど、違うとなるとこれなんなの? リアナの力?」


「いえ……リアナにそんな力はないので……えぇ、だからこそ王はあなたを恐れたんです。だって、勇者でもない一般人が魔王を殴り殺したんですもの。それも勇者を圧倒的に超える力で」


「なるほど、そりゃこえーわ」


魔王討伐終盤になるにつれて、みんなが僕を怪物を見るような目で見てきた理由がようやくわかり、僕は妙に納得してぽんと手を打ってしまう。


ヒヒイロカネを拳で粉砕できるのも、ただのきこりが丸太を振り回して魔物を屠るのも、拳で魔王を倒すのも、勇者だからと言う一言で片付けてしまっていたが。

ただの一般人がそれを成し遂げたなんて、それこそ怪物以外の何者でもない。


「ふん……だからといってラクレスを裏切って良い理由にはならぬがの……まったく、理解できぬものを排そうとするのは人の形をした存在の悪い癖よな」


呆れたような物言いのセラス。

彼女も父親に同じような扱いを受けたのを思い出しているのだろう。


「まぁ別に、今更勇者の地位に未練があるわけでもないからいいんだけれど」


「だがまてエミリア……お前はたしかにこの街にて、レヴィアタンの復活と勇者の復活を予言したと言うではないか? 復活した勇者がラクレスでないとすると……まさか勇者とは?」


「キホーテ‼︎?」


「んなわけあるかぃ‼︎」


ぺちんとセラスの平手が僕の額を叩く。少し痛い。


「いてて……じゃあほかに誰がいるっていうんだよセラスー……」


ひりひりとする額を撫でて僕は口を尖らせるが。

そんな僕たちにくすくすと笑いながらエミリアは答えを教えてくれる。


「勇者の力を持つのは……この子メルティナです」


「‼︎?」


優しく頭を撫でられたメルティナは、可愛らしく大欠伸をする。


「しかしどういうわけだ、メルティナが勇者とは?」


「何も不思議ではないでしょう。 魔王をも屠る力を持つラクレスと、世界最高峰の魔力を保有するセラス様……この二人に拾われ育てられた少女という時点で、勇者としての素質は十分にある。リアナも懐いていますしね」


未だに煙を上げているリアナにエミリアは視線を向け、そう笑う。


「……こうなることも全て運命だったと?」


「どこか作為的なものを感じざるを得ませんが、しかしながら今日アイアスは彼女を勇者と認めました」


「むぅ」


僕はセラスが語ったことを思い出す。

メルティナの声に反応して、砕けたアイアスの破片が盾の形をとってセラスを守った現象。


確かに四将軍に与えられた神聖武器の持ち主は武器の力を引き出すことは出来るが。

武器自身が自らの意思で持ち主を守るという例は聞いたことがない。


だが。


「……勇者とは魔王を倒す存在だよね……となると……」


僕とセラスは顔を見合わせる。


魔王の娘セラス……先代悠久の魔王が存在しなくなった今。

魔王とはセラスのことを指す。


つまりは、メルティナはセラスを倒すために……勇者として選定されたということになる。


そのことを理解しているのか、セラスは神妙な面持ちで一つため息をつくと。


「何……子が親を超える。 何事においてもそれは望ましいことに違いはない。

魔王として生を受けたものの宿命ならばそれも受け入れるしかあるまいて」


そう呟く。


「セラス……」


覚悟をしたようなセリフだが、そこにはどこかやはり悲しそうな声が混じっており。

残酷な運命に僕はかける言葉も見つからないでいる。


と。


「あの、お二人で盛り上がっているところ申し訳ないのですが……セラス様も魔王ではありませんよ?」


「へ?」


唐突な言葉に、僕とセラスは先ほどと同じようにぽかんと口を開ける。


「魔王とは悠久の魔王のみを指す言葉……悠久の力を持たないセラス様はその……大変もうしあげにくいのですが、魔王にはなり得ないのです」


「妾、魔王じゃなかった‼︎」




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