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33話 勇者じゃなかった僕

「この度は、エミリア様をお救いいただき……感謝の言葉もございません」


ベッドで寝息を立てるエミリア。

その隣に立ったカタリナは僕たちにそう頭を下げる。


「礼を言われる筋合いはない。 頼まれた仕事をただ淡々とこなしただけだ」


ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向くセラスだが、機嫌を損ねているというわけではなくただ単に感謝され慣れていないだけのようで、その耳が赤く染まっている。


「いえ、感謝をしなければならないのはこちらのほうです。何だかんだエミリアが僕の命を救ってくれていたみたいなので」


「そうだったのですか……」


「成功したのか失敗したのか……答えが出るのは二百年後。 それは気が触れてもおかしくはないということよな。そんな体で、あの怪物に一人立ち向かうとは……ほんと、大した女よ」


複雑そうな表情をみせて、セラスはエミリアの頬を突く。

許さないと口では言っていながらも、その表情はどこかエミリアの容体を心配しているようにも見えて、僕はくすりと笑ってしまう。


「何か笑うところあったかの? お前様」


それを悪い意味でとったのか、セラスのじとっとした目が僕に突き刺さる。

短い付き合いだが、これにも慣れたものだ。


「いやぁ、なんだかエミリアとセラス。仲良くなれそうだなって思って」


「むっ……仲良くって、聖女と魔王が仲良くなれる訳なかろう」


「そうかな、勇者と魔王は夫婦になったけれど?」


「むぐぐ……お人好しは治らぬくせに口先だけは器用になりおって」


「誰かさんのおかげかな」


「と、言うよりも……ラクレスの場合はようやく元の明るさを取り戻した、と言ったところでしょうか」


不意に響く、鳴き方を忘れた鶯のようなか細い声。

こっそりと会話に入り込む懐かしい感覚に僕はベッドの上で横になっているエミリアへ視線を向けると、そこには起き上がってぼうっとした瞳でこちらを見つめるエミリアがいた。


「え、え、エミリアひゃま‼︎? もうお体は大丈夫なのですか?」


初めて出会う本物の聖女に、カタリナは声を上擦らせるが、エミリアはいつも通りにこりと微笑むと。


「あなたがカタリナね。 あなたとここで出会うことは視えていました。 騎士団を支えてくれて、本当にありがとう……体はもうだいじょうぶだから、少しラクレスとセラスさん……それとメルティナさんの三人でお話をしてもいいかしら?」


「は、はい‼︎ 喜んで‼︎」


敬礼をして出て行くカタリナは、見るからに緊張をした様子でぎこちなくドアへと向かって行く。


憧れの人の前に失礼がないようにと最新の注意を払っているのはわかるが、その動きはまるでマリオネットを見ているようだ。


そんなカタリナを微笑ましい表情でエミリアは見つめると。


「セラス様……申し訳ございませんが頭上に」


「むっ?」


ぽつりと小さく未来を語る。


バタンと勢い余って閉じられた扉は部屋の中を揺らし。

同時に戸棚に飾ってあった花瓶が揺れてセラスの頭上へと落ちる。

はずだった。


「なるほど……そなたの未来視は妾のそれよりもはるかに優秀なようだの」


落ちてきた花瓶はセラスの魔法により中の水ごと空中で浮遊する。

避けるまでもないと言いたげに胸を張るセラスであったが、かっこをつけたせいで背中がこっそり濡れているのは黙っていてあげよう。


「さすがですセラス様……御察しの通り、私は未来を映像として見ることができます。

どの未来が見えるかはランダムではありますが、一度見た未来視は何度も見返すことができる。 さらに自分がその未来視の中に存在していた場合は、自らの行動によりどう未来が変わるかをシミュレートすることができます。もちろん、未来視の大筋を変えることはできませんが」


「セラスは一枚絵でしか見れないって言ってたもんね」


「あぁ、おまけに憎らしいことに最近はすぐ未来の事しか映し出さぬ」


忌々しげに親指を噛むセラスであるが、その言葉にエミリアは小さく首を振る。


「未来視は、未来が確定してしまえばしまうほど、変えることが難しくなる力……セラス様のように一枚絵のみを表示する【啓示】の未来視は、結末すらも大きく変えることができる力。私のシミュレートだけでは、ラクレスの生死は五分五分でした……だからこそあなたの未来視に託すことにしたのです」


「なるほど、妾があの場でラクレスと出会うことも織り込み済みか……計算高い女だ事よ」


「計算は苦手でしたが、ラクレスのためなので……」


冗談に対し、真正面から笑顔で答えるエミリア。 その姿にセラスは調子を狂わされたのか困ったような表情で僕を見てくる。


「……エミリアは、そういう冗談通じないから」


「あ、そう。 こほん。 それでエミリア。 妾たちに話しとは? メルティナにもとのことであるが、こやつは今ぐでんぐでんだぞ?」


そう言ってセラスは僕に抱きかかえられているメルティナの手を引くと、スライムのごとくぐでんと眠るメルティナの体が折れ曲がる。 さすが子供、体が柔らかい。


「あ、本当ですね」


「うむ、ぐでんぐでんだ。 できれば起こしたくはないのだが」


「ええ、であればお二人が聞いていただければ問題はありません」


「そうなのか?」


「ええ、いつかはわかることですが……私の口から言うよりも、ラクレスとセラス様から聞いた方が、この子もきっと覚悟ができるでしょうから」


優しく微笑むエミリア。 その瞳は神秘的に薄い緑色の光を放つ。


その目はメルティナを見ているのか……それともメルティナの未来を見ているのか。


「ふぅむ……妾とラクレスが付いていて、メルティナに危険が及ぶとは思えんが」


「ええ、危険とかそういう物ではありません。 ただ、彼女にとっては決して逃げられない運命なので」


「もったいぶるねエミリア……。それで、彼女になにが起こるの?」


「それは……」


口を開こうとしたエミリア。 しかしその目前にリアナが現れ、言葉を遮るようにブンブンと刀身を左右に揺らす。

その姿は言っちゃダメと言っているようにも見える。


「リアナ……どうしたのだ?」


「もぅ。往生際が悪いですよリアナ。 あなたもわかっていたのでしょう? ラクレスが好きなのはわかりますけれどいい加減自分の仕事をしないと」


諭すようなエミリアの声に、リアナは力なくうなだれて壁へと寄りかかるように地面に落ちる。 珍しく落ち込んでいるようだ。


「えと……どう言うこと?」


二人の謎のやりとりに僕とセラスは顔を見合わせて首をかしげると、エミリアは一つ深呼吸をする。


なにかを覚悟するような息遣い。

それに僕とセラスは思わず姿勢を正して耳を傾ける。


「本当にラクレスには申し上げにくいのですが」


「僕?」


「ああんもうじれったい‼︎ 前置きは良いから早く話さぬか‼︎」


「すみません……えと、その。つまり、端的に申しますと……ラクレスは勇者ではないのです」


カランと糸が切れたように地面へと倒れこみバタバタと桃色に輝き暴れるリアナと、申し訳なさそうにこちらを見るエミリア。


その二人に。


「え?」


「なんじゃとおおおおおおおおおおおおおぉ‼︎?」


僕の驚きの声を塗りつぶすように、ヴェルネセチラにセラスの声が響き渡った。



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