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32話 魔王は勇者の背中を押す


「君が棺を盗み出したんだね? ケイロン……」


 そんなケイロンの前にラクレスはしゃがみ込んでそう問いかける。


 一つの嘘……いや、一つ機嫌を損ねれば影一つ残らずこの世から抹消される。

 

 そんなつもりラクレスにはなくとも、ケイロンにはそう感じた事だろう。


「は、はひ!! え、エミリアの遺体もここに……」


 魔法陣を作り上げ、ケイロンは慌てて魔法を発動すると。

 異空間より人が一人収まる程度の棺が一つ。


 それは間違いなく聖騎士団より渡された資料に書かれていたアイロンメイデンの棺で

あり。 ケイロンはびくびくと怯えながらラクレスへとその棺を差し出した。


「エミリアが残した僕の復活の予言……大方それを阻止するためにエミリアが封じたリヴァイアサンを利用して僕をまた殺そうとした……ってところかな?」


 ちらりとラクレスはそんな筋書きを思い浮かべ問いかけると、ケイロンは顔をさらに青くさせて今度は尻もちをついて手を後ろへとつく。

 

 それだけでラクレスの筋書きがおおむね正解であることを示しており、ラクレスは呆れるようにため息を漏らすと今度は怯えるケイロンの袂へと手を伸ばす。


「ひいいいいいぃ!? こ、殺さないでええぇ!」


「殺さないから落ち着けよ……少し」


 過剰に悲鳴を上げるケイロンに多少イラつきを見せながらも、ラクレスはローブの中をまさぐると、一本の杖を抜き取る。


 白金で作られ、先が二股に割れたその杖はケイロンが持つ神の杖。

【ケリュケイオン】


 勇者と魔王の操る番外魔法を除き、すべての魔法攻撃を無効化するその杖は、かつては魔王軍の放つ強力な殲滅魔法から勇者を守るために使われていたものであり、ラクレスは昔を懐かしむように目を細めると。

 その杖をそっとセラスへと渡した。


「一定時間全ての魔法を無効化する神の杖……タネさえ割れてしまえばなんてことないものだし、正直、奪う必要はないけれどあまりにも危険だからね」


杖を失ったケイロン。しかし動くことも抵抗することもできずに杖を奪われた瞬間に、なにかを失ったかのように崩れ落ちる。


「た、助け……助け」


うわ言のように呟かれ続ける命乞いの言葉。その言葉に鬱陶しげにラクレスはその小さな魔術師を見おろすと。


「あぁ、もういいよ。 どこぞなりとも消えるがいいさ……そして王様に伝えておくれ。 殺されたことは怒ってないから、もう僕たちに関わるなって」


「つ、伝えます!伝えますから!」


「じゃ、よろしくね。 あと、ちゃんと壊した街は君が直すんだぞ? 誰も怪我したりはしてないと思うけれども、建物も何もかもがめちゃくちゃだからね……って聞いてないか」


言い終わるよりも早く、逃げ出したケイロンはすでにけし粒ほどの大きさになっており、その姿を呆れたように嘆息を漏らしてラクレスはやれやれとため息をついて、ヴェルネセチラの町を見る。

リヴァイアサンの魔力が溶け出し赤く染まった湖は、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。


戦って、勝利して……しかしそれだけでは美しい水の都は戻らない。

結局……戦いだけではなにも生み出すことはできないのだと、ラクレスは心の中で一つ思う。

そんな中。


「すまぬ……お前様……」


倒れたメルティナを抱えてセラスはラクレスの前へとやってくる。


「セラス……ごめんね到着が遅れて。怪我はしてない?」


体を気遣うようにセラスからラクレスはメルティナを引き受けると。心配げにセラスの体をジロジロと見る。


「も、問題はない、心配するな。 正直妾も死んだかと思ったが……いったいなにが起こったのやら」


セラスは首を傾げ、あたりに散らばるヒヒイロカネを拾い上げる。

アイギスの盾の残骸であるそれは、光り輝きケイロンの一撃を受け止めたのが嘘のように今では灰色に戻っており、セラスは予備の道具袋に一つ一つ、タネを探すように確認しながら放っていく。

「うーん……光り方はなんだか、僕がリアナを使うときに似た光り方だったけど」


「では、メルティナが使用したようにみえたがお前様が?」


セラスの疑問に、ラクレスはふるふると首を振る。


「いいや、確かに神聖武器は勇者とともに魔王を倒すために作られるものだけど……僕はリアナ以外の武器は使えないから」


ラクレスの言葉に、リアナはふらりと飛び上がるとコクコクと首を振るようにつかの部分を前後に揺らす。


「ふむ……神の作り給いし武器は常に時代に1人しか使い手を選ばない……というやつか」


創世神話から続く神聖武器の伝説の一文をセラスは読み上げると、ラクレスはコクリとうなずきかえす。


「確かに……エルドラドは死んで今アイギスの盾の持ち主はいない。 アイギスの盾がメルティナを主人として認めるということはないことはないけれども……ただ、こんな金属片になっている状態で力を発揮するなんて……聞いたこともないや」


「なるほど……勇者すらも知らぬ神聖武器の力と……」


セラスは意味深長な表情を浮かべて口元に手をやり、セラスの意図をくみとったのかラクレスは言葉を続ける。


「僕たちがこんな未来に来たのも、君に出会えたのも偶然じゃないのかもしれないね」


「ほほぅ? つまり妾とお前様の出会いは運命であったと? お前様も意外と古い口説き文句を使うのだな?」


「く‼︎? いや、べつに口説いたとかそういうのではなくて‼︎」


「ふっふふふ、冗談よな……冗談。 本当に愛い奴よなぁお前様は」


「むぅ、またそうやってからかって、メルティナが意地悪な子にそだったらどうするつもりだい?」


「お前様のようにお人好しが過ぎる人間になっても困ろう? ちょうどいいではないか。それにメルティナは女の子なのだ、腕力に及ばぬ分賢しくあった方がよかろうて」


「はいはい、どうせ僕はお人好しの筋肉バカですよーだ。 将来君とメルティナ2人にいじめられるようになったら、寂しくってひとり旅に出ちゃうかもしれないからな」


「ふふふ、拗ねるな拗ねるな。よしよし……助けに来てくれたお前様はすごいかっこよかったぞ」


「そこはかとなく、言いくるめられてる気がする……」


ラクレスの頭を優しく撫でるセラスに対しラクレスはそう呟くが、まんざらでもないようで口元はたわんだ弦のように緩んでいる。


「さて、そんなことよりも。今はすることがあろう? 二百余年お前様を待ち続けた女がいるのだ……浮気は許さぬが、一つ顔を拝んで文句の一つでもいってやるがよい」


そういうとセラスは体についた埃を払うと、ラクレスの洋服を軽く手ではたき、メルティナをラクレスから受け取る。


ラクレスの手には一本の槍。 封印の槍パラスアテナイエ。


白く輝く聖なる槍をラクレスは一つ撫でる。

その顔にはエルドラド・ケイロンとの対峙の際には見せなかった【なぜ君が?】

という疑問が浮かんでいる。



彼女とラクレスとの間の信頼関係……そして、四将軍の中でもエミリアという人間がラクレスにとっても特別な存在であったことをさっするには、その表情だけで十分だったことだろう。


「お前様、なにを惚けておる……はやく、行ってやらぬか」


セラスは心に落ちる少しモヤモヤした感情を押し込めて、そう夫の背中を押した。


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