31話 勇者一閃
ごきりという何かが砕ける音が響き、同時に男の首がねじ切れんばかりの勢いでぐるんぐるんと回転をし、その場に倒れる。
「し……死んだのか?」
あまりにもむごたらしい首の回転。
その光景にセラスは恐る恐るラクレスにそう確認をとるが。
「いいや……狸寝入りは彼の十八番……この程度で死ぬなら、王国軍の大軍師なんかになっていないよ……そうだろ? ケイロン」
その言葉に、死体はピクリと反応を示すと。
「はっははは……その語り口調に馬鹿力……本当によみがえったのですねぇ。 ラクレス・ザ・ハーキュリー。予言を聞いてもしやとは思いましたが……本当に二百年の後にこの世界に再びその姿を見せるとは……魔王などよりも私はよっぽどあなたの方が恐ろしいですよ」
そんな流暢にしゃべりながら死体は首をぐるぐると今度は反対に回転をさせてもとに戻る。
「……お互い様だろケイロン。 これだけの力で殴って死なない君の方がよっぽど化け物じゃないか。 一体命のストックを何回分ため込んだんだい?」
「くっくく、それが分かってて容赦なく殴り殺すあなたもあなたですよラクレス……今の一撃でこちらはストック400人分……ざっと十年ため込んだ魔力が一瞬にして溶けたんですよ? 蘇ったばかりだというのに力は微塵も衰えてないとは……いやはや本当にあなたは恐ろしいやはりあの時殺しておいて正解だった」
悪態をつくように呟くケイロンはそう吐き捨て。
その言葉にセラスは青筋を浮かべて魔法陣を展開する。
「貴様か……我が夫を貶めた匹夫は」
「おぉ怖い……まぁ確かに夫に毒を飲ませて殺し、卑しい盗人の汚名を着せた私を恨むのはもっともなことですが、しかしながら考えてもみてくださいよ。 勇者として一度魔王を滅ぼし英雄となった人間が今こうしてのうのうと魔王の娘と婚姻を結んでいる。
都合のいいときは人の味方に、女の色香に惑わされれば魔王の味方……こんな蝙蝠のようにどっちつかずの半端な人間が魔王を超える力を持っているなんて、想像しただけで身の毛がよだちます。 ええええ……私は彼の気まぐれに国が振り回される……なんておぞましい事態を避けるため、仕方なく彼を殺しただけです。後悔はしましたが、二百年以上続くこの王政と発展こそが……彼を殺した渡した正しかった証明であると言えましょう」
挑発をするように口元を緩めて語るケイロン。
セラスを逆上させる目的で行われていることが見え見えなその発言であったが、セラスはそれが分かったうえでも自らの感情を抑えることは出来ずに声を荒げる。
「よくさえずった下郎めが……なればその判断が過ちであったことをその身に刻んでやろう!! 番外魔法!!」
町全体を包み込むほどの魔力を解き放とうとするセラス。
しかし、それを止めるかのようにラクレスは笑ってセラスの前に手をだした。
「……ストップ。僕の代わりに怒ってくれるのはうれしいけど、抑えてセラス」
「とめてくれるなラクレス! 妾は、妾はこの男になんとしてでもぎゃふんと言わせてやらねば腹の虫がおさまらぬ!」
「気持ちはわかるけど、それは彼の思うつぼだから抑えて抑えて……まったく、そうやって町を破壊させて僕たちをまた悪者にするつもりなんだろケイロン? 命のストックもそうだけど、君のその杖……番外魔法を含むすべての魔法を無効化するもんね」
「流石に覚えていましたか……共に戦場をかけたのは二百年も前のことだというのに、よくもまぁ」
「まぁ、ね」
自分にとってはついこの前のことだからね……という言葉をラクレスは飲み込み。
鼻を鳴らすことのみで応える。
「やれやれ、挑発に乗って町の一つでもつぶして頂ければいろいろと利用のし甲斐があったというものですがつまらない」
「残念でした、その手には乗らないよ。 まぁ、この国を全て的に回すっていうのなら、僕はそれでも全然かまわないけれど」
そういって拳を構えるラクレス。 その言葉に呼応するように、リアナは浮き上がり炎を巻き上げる。
「あなたが言うと洒落になりませんね……きっとあなたがその気になれば、王の首は三日ともちませんでしょうし」
「謙遜するなよ、二百年もあったんだ……僕が居なくても大丈夫なように大軍師様はちゃんと用意を進めてたんだろう?」
「腹立つ皮肉を言う様になりましたね……キホーテなどという阿呆が勇者候補の時点で分かってるでしょうに……いやらしい」
「お互い様だろうケイロン……それで、やるの? やらないの? リアナはあと五秒で切りかかるつもりみたいだけど」
分かりやすい挑発を交えてラクレスはケイロンに問いかけると、ケイロンはため息を一つ漏らして両手を上げる。
「やりませんよ……魔王の娘を落として、あなただけなら高等魔法の初見殺しで圧殺ができるかも……なんて甘い策略を練ったりしてみましたが、種明かしもされてしまっては万が一にも勝ち目がありません……おまけにそんな少女に渾身の一撃をふせがれるとあっては……まったく、如何しようもありませんよ……ほら、こうすればいいんでしょう? 抵抗しない人間には何もできないですものね貴方……自分が殺されかけたってへらへらしているそういう奴ですものね?」
その表情は、ラクレスの甘さを知っているからこその余裕があり。
その甘さを小ばかにしていることを隠す素振りもない。
しかし降参のポーズにラクレスは構えをとく。
依然警戒はつづけているものの、殺気はその拳から消え失せており、セラスは不満げに頬を膨らませるも口を出すことなくただケイロンを睨みつけながらメルティナを抱き上げる。
「うんうん……僕も無駄な争いは嫌いだし、正直殺されたのだってそんなに怒ってない……降参するなら命は取らないよ……けど、あんまり僕を舐めるなよ……ケイロン」
「え?」
穏やかな口調とは裏腹にラクレスはリアナを手に取り……袈裟に一閃を放つ。
【勇者一閃】
「なっ!・ なああああああああああああああああぁ!?」
放たれた一閃は渾身の力を込めた一撃であり……二百年ため続けたケイロンの命のストックは、その一閃により底をつく。
「……ば……バカな、私の命が……二百年の……魔力が!?」
可視化するほど膨大な魔力の塊はその一線により霧散し、空へと消える。
ラクレスはその魔力を見送ると、乱暴にケイロンの髪を掴み強引に引き寄せ殺気を叩きつける。
それは……今までケイロンが見たことのない……最強の勇者が放つ強大にして明確な殺意であった。
「……忘れない方が良いよケイロン。君が僕をどう思おうと勝手だけど……少なくとも僕は妻と娘に刃を向けた人間に警告をしてあげる程、甘い人間じゃないんだよ?」
「ひっ……!?」
声にならない悲鳴を上げるケイロン……。 それと同時に彼の手から不意打ち用の銃がこぼれ落ちる。
エルドラドよりも巧妙に隠されてはいたものの、そういう可能性がある……とさえ分かっていればラクレスの目をごまかすことは不可能であった。
彼はここにきてようやく自らの過ちに気が付く。
勇者ラクレスは、何をされても怒らないわけでも、感情が欠落していたわけでもない。
ただ誰よりも我慢強くて……誰よりも心が広いだけだったのだ。
だからこそ、そんな彼の逆鱗に触れた彼に命が一つ残ったのは、まさしく奇跡に等しい。
「こ……あ……これが……勇者」
膝の力が抜け、ケイロンはその場に崩れ頭を垂れる。
圧倒的な存在を前に為す術もなく許しを請う様に。
そのつもりはなくとも、体は自然にその姿勢を作ってしまう。
カタカタと震える姿はまるで子犬のようで、先ほどまでの狡猾さは露と消えていた。




