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30話 ラクレス怒りの右ストレート

「セラス!」

 その声を聴いて、セラスは初めて自らが奇襲を受けていることに気が付いた。

 

 幾重にも張り巡らせたはずの魔導障壁は軽々と解除をされ、自らに迫る危険を自動的に迎撃をするように用意されていたはずの術式はすべて破壊されている。


 その数二十八。


 今までただの一度も破られたことのないセラスの厳戒態勢における防衛線。

 しかしその暗殺者はセラスに気取られることなくその全てを無に帰して、刃をセラスへと走らせている。


 おそらく、これほどの芸当は彼女の父親である魔王であっても、恐らく夫であるラクレスでさえも不可能な芸当。


 いくつ神秘を重ねればこれほどのことができるのか。


 セラスはそんな呆けた疑問を浮かべることしかできず、ぼうっとその刃を見送った。


 刃の鋭さは鋭利であり、剣の才が無いセラスが見ても一太刀で首を撥ねてくることは疑いようもない。


 その目は確かに刃を捕らえているが、それを回避するだけの技量はなく、それを回避する魔法を唱える時間もない。


 だからこそ、セラスは何もできず、距離が離れたこの場所では神速の足を持つラクレスであっても防ぎようがない。

 

 その奇襲は完璧であり、間違いなく、当然のようにセラスの命は刈り取られる。


 だが……そうはならなかった。


 その完璧な奇襲は……リヴァイアサンすらも陽動に使用した完璧な作戦は。


「だ、だめええぇ!!」


 そんな少女の叫びにより、打ち砕かれることになる。


 声を上げたのはメルティナであり、同時にセラスの腰にさげている大袋がその声に呼応するように光り輝き、袋を突き破る。



「なっ……これは……」


 声を上げたのは、奇襲を仕掛けたローブの男。


 その戸惑うような声は、目前に起きた奇跡が完全に想定の範囲外であることを教えてくれる。 


 だがそれも無理のないことだろう。


なぜなら、ヒヒイロカネで作られた伝説の盾。【アイギス】の欠片がラクレスではなく、メルティナの声に呼応しセラスを守ったのだから。

 

「なっ……メルティナ?」


 いかなる攻撃、いかなる神秘をも防ぐ神より与えられた伝説の盾。

 

 その言葉に偽りなく、セラスに降りおろされた凶刃はヒヒイロカネのかけらに阻まれ。


「お母さんを……いじめるなあぁ!」


 メルティナの一喝と同時に、セラスへと振るわれたはずりの斬撃が、ローブの男へと走る。


「反射する調和リフレクト・バランスだと!?」


 不意を突いたはずの暗殺者は、意表を突かれた反撃に反応することができずにその身を切り裂かれ、間合いを開ける。


 ローブの下からでも動揺はたやすく見て取れ、同じくセラスでさえも驚いた表情でメルティナを見る。

 

「今のは……メルティナなのか?」


 地面に落ちた楯の破片は、光を放つことはなく。

 メルティナは糸が切れたかのようにぐったりとその場に倒れてしまう。


「……まさか……いや、なるほど……それならば、あの女の行動にも合点がいく」


 ローブの男はセラスに攻撃を仕掛けることはなく、ただぶつぶつと何かを呟き、やがて合点がいったと言いたげにメルティナへと視線を向ける。

 

 明確な殺意を込めて。


「っ!? 第十階位! 闇の稲妻ダークライトニング

 

 メルティナに向けられた殺気に対し、セラスは漆黒の稲妻をローブの男に向けて放つ。

それは間違いなくセラスが持ちうる最速の攻撃手段であり、並みの人間ならば形すら残らず消し飛ぶ大魔法。

 しかし。


「効かぬ!!」


 その魔法を、ローブの男は振り払う素振りも見せずにローブで受け止め、刃を構えてメルティナへと走る。


「バカな……第十階位魔法を無効化するだと!? 貴様一体……」


 驚愕に声を上げるセラスであるが、男は口角をくっと上げるのみで応えることはなく、セラスに見せつけるかのようにメルティナへと刃を突き立てようと刃を振り下ろす。


 だが。


「相変わらずシャイな奴だね、人前でローブは脱いだ方が良いって、二百年前から言われてただろう?」


 その刃は、メルティナへと届くよりも先に放たれた足刀により刃が粉々に粉砕される。


「!? ラクレス・ザ・ハーぎゅぅぁ……が……はっ」


 驚愕に声を上げようとするローブの男。

 しかしラクレスは声を上げるよりも先にその男の首を掴み、たかだかと宙へ持ち上げる。


 加減はしているのだろうが、めきめきと首から響く音からメルティナとセラスを襲われたことに対する怒りを隠すつもりがない。


「抵抗しない方が良い、暴れるようならもっと強く締め上げなきゃいけないからさ」


 いつものように口角を上げて笑うラクレス。 しかしその瞳は明確な敵意と殺気を放ち。

 その殺気にローブの男はおとなしく動きを止め。


「第十二階位……煉獄縛鎖ゲヘナズチェーン


 ローブから無数の炎の鎖を放ち、今度はラクレスの体を縛り上げて、ラクレスの手から逃れる。


「ラクレス!」


 魔龍でさえも縛り従えるその炎の鎖は、並みの人間であればただ焼き尽くされ滅びるのみ。 セラスはその強大な魔法に声を上げ対抗呪文を唱えようと構えるが。


「……脆い!」


 ラクレスはその鎖を掴むと引きちぎり、霧散させる。


「やはり効かぬか……なら……」


 容易く十二階位魔法を打ち破ったラクレスに対し、男は再度魔法を放とうと呪文を唱えようとするが。


「遅すぎる!!」


「ごはぁっ!?」


 ラクレスは呪文の言葉が男の口より漏れ出すよりも早く、神の盾を砕いた拳の一撃を男の顎へと炸裂させる。


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