29話 リヴァイアサンの正体
海蛇の体は拳により破裂するように四方へと飛び、びちゃびちゃと湖をさらに汚していく。
「終わったの?」
メルティナはその様子にほっとしたように胸をなでおろすが。
「いいや、まだまだ……蛇は再生力だけは確かだからな」
それと同時にセラスは口元を緩めて半身だけとなったリヴァイアサンを指さして見せる。
上半分を失い破裂したリヴァイアサン。
しかしながらその体は破裂した部分がブクブクと膨れ上がりはじめ、元の形を取り戻し始める。
「……なっ!? あの状態から再生するの?」
「まぁな、受肉をしているように見えるがあの海蛇の体の九割はエーテル体。魔力で編み出された人造の災厄に過ぎぬ……核を破壊するか乖離させねばこの海を染め上げている魔力を餌に何度でも蘇るぞ?」
「えぇ……リヴァイアサンってそんな魔物なの?」
「よく考えてみよラクレス。 あの巨体がどうやって神殿に、しかも棺の中に納まるというのだ」
「それは……魔法ならなんでもありなんじゃ? 空間圧縮とか……」
「ふふっ、可愛らしい答えであるが外れよな。封印魔法にだって限界がある。
あれだけの巨体をあのまま封印しようものなら、世界中の魔力をかき集めたとしても4年で破れてしまうだろうよ?」
彼女の言葉はよくわからなかったが、なんとなく封印魔法というものは僕が思っているよりも便利なものではないということは分かった。
「じゃあ、エミリアはどうやってリヴァイアサンを封印したの?」
「それが答えよ……リヴァイアサンという存在は、封印できるもの……その巨大さに目を引かれるが、本体は棺に収まる程度の矮小な存在ということ。つまりはそれを捕獲あるいは見つけ出して破壊すれば……このリヴァイアサンも動きを止める」
そこまで話すと、セラスはこちらに視線を向けてにやりと口元を吊り上げる。
「あ、もしかして共同作業って」
「そなたに刃を向けたエミリアという女を助ける義理は妾にはない……だがお前様は助けたいのであろう? ならば、醜い肉塊を妾は蹴散らす故な……勝手に助けて文句の一つでも言ってやるがいい」
むすっとした様子でそういうセラスは、僕のために魔力でリヴァイアサンまで続く道を作ってくれる。
きっと彼女の心の中では様々な葛藤があるのは見て取れた。
だからこそ手を貸してくれる彼女のやさしさに、僕はついついほころんでしまう。
「……ありがとうセラス」
僕はそう最愛の妻に一つ礼を言うと。
ブクブクと元の形を取り戻しつつあるリヴァイアサンに向けて飛ぶのであった。
■
落下をし、リヴァイアサンに近づくほど感じる生臭い匂いに、むせ返るほどに濃い魔力の感触。
空気はゼリー状のように粘っこく肌にまとわりつき、僕は顔を歪めながらリアナを引き抜き、膨れ上がる肉塊に刃を通そうとするが。
「!!」
そんな僕を近づけまいと、肉塊は触手のようなものを伸ばして僕を迎撃しようとする。
「ちっ……鬱陶しい!」
たかが触手と言えど、巨大な肉塊から伸びるそれは大樹の幹のようであり、リアナで一つ一つ丁寧に切り裂いてみるが、際限なく触手は僕へと走る。
セラスの言う通り、見れば膨れ上がる肉腫だけではなく切り取られたはずの半身でさえもアメーバ状に溶け出し僕を迎撃するために触手を伸ばし始めている。
「なるほどね、蛇っていうよりかは巨大なスライムみたいな感じなんだな……これ」
僕は感心しながらそんなことを呟き、二本目の触手を両断する。
しかし、両断をしても両断をしても、その両断した部分は触手を伸ばし。
また僕へと絡みつこうと迫ってくる。
キリがないというのはまさにこのことであり、僕は呆れながらも三本目・四本目と触手を切り取り、あるいはリアナの魔法で焼き払う。
「こりゃ……これだけの中から棺を探すのは一苦労だね……」
ねっとりと刃にこびりついた触手に不快感を示すように、僕の言葉にリアナは身震いをする。
この分であれば確かに時間をかければ棺にたどり着くだろうが。
その反面当分はリアナはご機嫌斜めになることだろう。
へそを曲げると意外と機嫌が直るのに時間がかかる気難しいリアナ。
それゆえに早く棺が出てこないものかと祈りながら僕は10本目の触手を切り落とすと。
「しゃああああああああああああああ!!」
人の形をした何かが、巨大な槍を以て僕へと落下してくる。
「あれは?」
どこかで見たことのある様な容姿のそれは全身を血で染め上げながら、明確な殺意をもって肉塊の中から飛び出し僕へと槍の一撃を突き立てる。
その一閃は不格好でありながらも鋭く、体をひねって躱すもはらりと髪の毛が数本槍の矛先により切り取られる。
その槍を見間違うはずもない。
神々しく、それでいて猛々しい白銀の槍。
ヒヒイロカネにより作り出された、神より与えられた魔を打ち払う戦女神の勝利の槍。
「パラス……アテナイエそれに……その構えは」
懐かしきその姿に僕は見惚れ、同時にその姿に息をのむ。
肉体こそ醜い肉塊……ボロボロに膨れ上がった男の体であるが。
その構え……そして気迫は間違いなくエミリアの物であると告げており。
リアナも呼応をするように、刃に雷を纏い始める。
【だ、だいじゅうに゛っがいいっまほう! あ、ああ、ああぁ……アイロン……メイデンンンン!】
叫びと同時に、セラスが用意してくれた足場を包み込むようにアメーバ状の体が全方向から迫る津波のように僕へと押し寄せてくる。
つぼみが閉じるように迫るその表面には、びっしりと殺意を以て作られた牙が無数についる。
いつ、リヴァイアサンの死体がこんな巨大な口だけの化け物になったのだろうか。
それは間違いなく僕が触手に気を取られている最中であり。
間抜けなことに僕はここにきて初めて自分が罠にかけられたことを理解する。
魔法に対する知識はケイロンすら唸るほどだった彼女。
生まれつき多くの魔力を扱うことができない体質であったため、軍師として魔王軍との戦いで兵を率いた彼女であったが。
もし彼女が……無尽蔵ともいえる魔力を扱えたとしたら。
きっと僕の存在を予言する必要もなく、魔王軍との戦いは終結していただろう。
今僕は、そんな万全の状態のエミリアと戦っている。
魔王に準ずる力を持つリヴァイアサン……そしてそれを封印したエミリアに、神から与えられた勝利の槍【パラスアテナイエ】
加えて、計略通り僕は彼女の作った罠にまんまと引っかかった。
だが……それだとしても。
「ごめんねエミリア……それでもまだ、僕の方が上だ」
魔法に詳しいわけでもない、兵法なんて考えたこともない。
きっと、誰がどう見てもこの状況を覆すのは不可能なのだろうが。
それでも僕を仕留めるには程遠い……それだけはわかってしまった。
【ティタノマキア!!】
勇者の力を解放し、僕は雷を放ちながら迫りくるアメーバを薙ぎ払う。
魔力にて鍛え上げられていただろう牙は、しかしながらリアナの前では触手の時と同じように砕かれ。
津波のように押し寄せてきたエーテル体の魔力の塊は、リアナの放った魔法により蒸発したかのように霧散し消え去って行く。
「あがあぁ!? な、なにいぃ!?」
その光景に、槍を構えた男は驚愕するように声を漏らすが。
僕はそのまま男のもとへと飛び……その槍を掴む。
「……今度は壊さないように……」
同時に放つ上段蹴り……何かがプチプチとつぶれるような音を響かせ。
同時に男は肉腫から膿のようなものをまき散らしながら消えていく。
「よっし……回収完了」
神の槍「パラスアテナイエ」持ったことはないが、ずっしりとした重みと、槍に流れる魔力量がこれが本物であることを告げていた。
「ぐ、ぐぞおおおぁ!? 殺す……ころっ……ごろっず! だい゛っ十に゛階位魔法!」
しかし槍を奪われてなお、男は戦意を衰えさせる様子はなく。
練り上げられる魔力に僕は身構えるが。
【第六階位魔法……闇蛇縛り!!】
巨人の腕から放たれた黒色の蛇が、男を縛り上げ身動きを封じる。
「があああぁ!・はなせ! はな゛ぜ!」
両手両足体全てをがんじがらめに蛇に縛られた男は叫びながらも身動き一つとることができずに、セラスが作った足場の上でバタバタともがき苦しんでいる。
僕は上空を見ると、そこには満足げに笑いながらピースサインを僕に向けてくる
最愛の妻の姿があった。
どうやらこの男こそ、このリヴァイアサンの核なのだろう。
棺ではなかったが、それを証明するようにリヴァイアサンを形作っていたものは消え、魔力は霧散してゆく。
魔力を吸って赤く染まった湖も澄んだ桃色へと姿を変え。
僕はすべてが終わったのだと安堵しセラスにピースサインを返そうと手を伸ばすが。
「!!? セラス! 後ろ!!」
セラスの背後、さらに上空より……セラスの首をめがけて刃を振り下ろすローブ姿の男が現れ、セラスの首めがけて刀を振り下ろすのであった。
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