27話 夫婦は初めての共同作業をする
「かー……しけてやがんなぁ」
ふてくされながらタクリボーはそう叫び、道端の石ころを蹴飛ばす。
タクリボーの怒りを代弁するかのように転がった石ころは赤く染まった水路へと走り、ポチャリと虚しい音を響かせるも、当然のことながら何かが変わる様子はない。
「しけてるって……情報はしっかり手に入ったからいいじゃないか」
そんなタクリボーに僕は疑問を抱くが、タクリボーはそっちじゃねえよと歯をむき出して威嚇をするような表情をする。
「ヴェルネセチラの色街といやぁ、水の都すらも霞むほどの嬢がそろった男の桃源郷だぜ? だってのに湖が赤く染まって客足が途絶えたせいで、嬢たちはみんなよその町に出張だって言うじゃねえか。 右を見ても左を見てもジャガイモみてえな顔した野郎しかいやがらねえ……芋ほりに来たわけじゃねえんだぞこっちは!?」
「……妻子持ちのくせに何言ってんだよタクリボー」
怒りを爆発させるタクリボーに僕は辛らつな目を向けてそう呟くが、タクリボーは悪態をつくように鼻を鳴らして僕を睨み返してくる。
「いい子ちゃんぶってんじゃねえよ、お前だって本当は楽しみだったくせに。 このむっつりすけべめ!」
「むっつりすけべって……」
八つ当たりに近い言葉に僕は面倒くさいので返事を返さずに別の話題を振ることにした。
「しかし、キホーテの動向は面白いように分かったけど。特にリヴァイアサンにつながるような証言は得られなかったね」
「まぁなぁ、女がいないことに腹立てて店半壊にしたり、かと思ったら酔っぱらって町に金貨ばらまいたりと、そんな面白いことばっかりしてたら少し位怪しい奴がいたとしてもそりゃ誰も気がつかないのも無理はねえよ」
「こうなるとキホーテ本人を直接捕まえて話を聞くしかなさそうだけど……こういう時に限って捕まらないんだよねぇ」
宿泊施設や冒険者ギルドにも問い合わせたのだが、キホーテは昨日は宿にもギルドにも戻っていないとのことであり、消息が昨日からとんと途絶えてしまっているのだとか。
一瞬セラスの魔法で死んでしまったのではないかと不安を僕は覚えたが、全身水浸しで町を歩くキホーテの目撃情報が複数あったため、その不安はすぐに解消された。
「どうでもいいときには騒がしいくせに、こういう時に限っていねえんだからなぁ」
タクリボーはそうため息を漏らして呟き、僕もその言葉にあははと苦笑を漏らす。
「まぁ、セラスにやられて少しは落ち込んでるんじゃないのかな? 一応この世界ではすごい人だったみたいだし? 自信を無くしてどこかに引きこもっちゃってるとか?」
「あいつがそんなタマかってんだよ、落ち込む暇があったらあの手この手であの嬢ちゃんに嫌がらせをするにきまってら」
「まさか、そんな昨日の今日で……」
襲ってくるわけがない……そう言おうとした瞬間。
「―――――!」
巨大な怪物の咆哮が町全体を覆いつくすかのように響き渡る。
もはや音ではなく、暴風に近い空気の振動。
その轟音のする方向に思わず視線を向けると、そこには災厄がたたずんでいる。
「お、おい……」
蛇のような体に、太陽すらも覆いつくすほどの巨大さ。
体は青く、その瞳は宝石のように黄金色に輝くその怪物は名を訪ねる必要がないほど他と隔絶された異様さと神々しさすら感じられる。
もはやそれが何かを、誰かに問う必要もないだろう。
水龍・リヴァイアサンがヴェルネセチラに現れたのだ。
「あれが、リヴァイアサン」
その巨大さに僕は思わず息をのみ、同時にタクリボーはその場にぺたりと座り込む。
「想像よりも何十倍もでけえ……あんなのがこのヴェルネセチラに眠ってたってのかよ……ていうかおい、ラクレス……あの場所って俺たちが止まってるホテルじゃねえか?」
タクリボーの言葉に僕は眼を凝らすと、確かに突如現れたリヴァイアサンの視線の先には、僕たちが宿泊をしている宿があった。
ただの偶然という可能性もあるが、セラスやタクリボーたちと話したように、あのリヴァイアサンを操っているのがキホーテであるならば、リヴァイアサンが狙っているのは間違いなくセラスとメルティナが残っているあの建物であろう。
「ちっ、悪いタクリボー! 君は聖騎士団本部に戻ってて!」
リアナを手にし、僕は近くの建物の壁を駆けあがる。
距離にして二キロほど。
建物の屋根の上を飛んでいけば二十秒ほどで到着するはずだ。
「ちょっ!? おいラクレス! この状況で俺を置いてくのかよ!?」
背後で響くタクリボーの声。
しかし僕はその叫びを無視し、隣の建物の屋根へと飛び移るのであった。
■
「がああああああああああああああ!」
咆哮を上げ、建物に食らいつくリヴァイアサン。
純粋に巨大な体はただ建物に体をぶつけるだけでも驚異的な破壊力を生み出し。
同時にセラスとメルティナの居る建物が音を立てて崩れ落ちる。
「セラーーース!!」
あっけなく崩れ落ちた建物に、僕は思わず声を上げるが。
「む、むぅ。 心配してくれるのはうれしいが、そんなに大声で名前を呼ばれると……その、照れる」
声を上げると同時に背後から聞きなれた声が聞こえ、振り返るとそこにはメルティナをだっこした状態で宙に浮くセラスの姿があった。
なぜメルティナは眼をぎゅっとつぶって耳を両手で塞いでいるのかは分からないが、とりあえず二人ともけがをしている様子はなく、僕はほっと胸をなでおろす。
「無事だったんだね」
ゆっくりと空から降りてくるセラスに声をかけると、セラスはむすっとした表情を見せる。
「あたりまえであろう。 あの程度の海蛇に後れを取るわけないであろうに」
「それはごめん。 だけど仕方ないじゃないか。 あれだけの巨体だよ?」
「デカけりゃよいというわけでもなかろうに……まぁ、魔力に頼らぬ純粋な膂力というものは確かに脅威ではあるかもしれぬが、転移魔法を持つ妾にとってはまるで無意味よな」
メルティナを下ろすとセラスは服を手で叩いて埃を払う。
香水の甘い香りに交じり、すすけた匂いが漂ってくるのが気になったが、今はそれどころではないため頭の隅へと追いやり、再度リヴァイアサンへと視線を向ける。
「まぁ、君に攻撃は届かないかもしれないけど……放っておいたらこの町沈んじゃうよ?」
「別に構わぬだろう……と言いたいところであるが、お人好しなお前様は良しとはせぬのだろう?」
「うん……まぁね」
リアナを構えて僕はそう言うと呆れたようにセラスはため息を一つ漏らし。
同時にカツンと建物の屋上をヒールのかかとで打ち鳴らす。
響き渡る音は、リヴァイアサンの咆哮の中でもはっきりと響き、反響音がそのまま絵になったかのように魔法陣が建物の屋上いっぱいに展開される。
「何、惚れた弱みよ。あれだけの巨体、いかにお前様とて多少は骨が折れるだろうしの、お前様の道は妾の道……初めての共同作業とするとしよう」
にやりとセラスは笑みを零すと、展開された魔方陣の上で二度手を叩く。
【第十三階位魔法・悪逆到来】




