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24話 夫婦は一緒にお風呂に入る。

「あーーーー……きもちいいぃーーーーーー」


 思わずだらしない声が響き……想像よりも大きな声が浴場に響き渡る。

 しかしながら誰一人として僕に迷惑気な視線を向ける者はいない。

 なぜならこの浴場には僕とセラスしかいないからだ。


「……ふふっ、お前様。随分と疲れておったのだなぁ……聞いているこっちがうれしくなってくるような声であったぞ?」


 くすくすと笑いながら、長い黒髪を束ねて入っているセラスはそんなことをいって僕の隣にまでゆっくりと近づいてきてぴたりとくっつく。


 体にはタオルを巻いているものの、やわらかいセラスの肌に僕はドキリを心臓が跳ねる。


「ふふっ……魔王討伐に明け暮れた日々のお前様にとって、湯あみなど久方ぶりなのではないか?」

 

 セラスは笑いながらそういうと、いたずらっぽく僕の耳を指先でくすぐってくる。

 感触が気持ちいいのだろうか? 楽し気に耳たぶを指先で転がすセラスに、僕は変な声が漏れそうになるのを必死に抑える。


「……た、確かに。旅をしているときは、宿に泊まることはまれだったからね。 行く先はだいたい魔物に占拠されてたり破壊されつくしてたりしてた場所を順繰りにめぐって言ってたからね……武器はリアナだけいればよかったし、魔王軍を殲滅すれば旅に必要な道具は十分すぎるぐらい手に入ったからね。おかげで宿に泊まったことすら久しぶりだよ」


 僕の言葉にセラスはため息を漏らして耳から手を離す。


「魔王も驚きな過酷な旅よな……そんな休憩も寄り道もなしに拠点をつぶされて父上もさぞ慌てたことだろうよ」


「そうだね……魔王城に行った時の魔王……君のお父さんの第一声は「早すぎぃ!」だったからね」


「殺されかけたとはいえ、少々気の毒よな……」


 セラスはそう言いながらもカラカラと笑みを零しお盆にのった徳利からお酒をお猪口に注いで口につける。 よく見ればお猪口が一つしかない。


「お猪口、自分の分しか持って来てないの?」

「何を言うラクレス……一つで十分であろう?」


 そういうと、今度はなみなみとお酒の注がれたお猪口をセラスは僕に渡してくれる。

 

「あ……え、えと……」


 俗にいう間接キス。

 当然のことながら夫婦になって間接キスに恥ずかしがるというのはどうなのだろうとも思うが、セラスと僕はまだキスをしたことすらない。


 僕はお猪口を受け取るも、お猪口とセラスの唇の間を僕の視線は行ったり来たりしてしまう。


「……どうした?」


「あ、いや……その、いただきます」


 こくりとお猪口に口をつける。


 お酒の独特な甘い香りに交じって……ほんのりと優しい花のような香りがする。

 これはお酒の香りなのか、セラスの香りなのか……よくわからなかったが、彼女と一緒に飲むお酒は今までに飲んだどんなお酒よりもおいしく感じた。


「酒は冷える程良いとは言うが……東の酒だけは、こうして湯につかりながら飲むのが格別よなぁ」


 セラスは嬉しそうに笑いながら、なみなみとお猪口に酒を注いで再度口に運ぶ。


「……東の果てのお酒は、結構高級なお酒だったのにね、魔物が居なくなったおかげでどの交易ルートも安定して、今じゃどこでも簡単に手に入るようになったってみたいだね」


「あぁ……これだけの量でも金貨一枚は当然であったが、今ではいくら飲んでも金貨一枚には遠く及ばないそうな。ふふん、そう考えれば未来の世界というのは新婚旅行にはぴったりの世界なのかもしれぬの」


 機嫌よく微笑むセラスから僕はお猪口を受け取り、お酒を注いでもらい、再度お酒を口に運ぶ。


「うむうむ、いい飲みっぷりよ」


 やけにニコニコとしているセラス。

 その顔はお風呂にいるからか、それともお酒が回ってきたのか赤く染まっており。

 するりと僕の腕を指でなぞる。


「なっ……なっ、どうしたのさセラス」


「いやなに、綺麗な肌よなーと思ってな」


「せ、セラスほどじゃないよ」


「そんなことはない……引き締まった体でありながら肌はまるで高級な絹のよう。魔物と戦い傷ついた形跡はあれど……とてもではないが魔王を倒したとは思えぬほどよ。あの怪力がこの細腕のどこに収められておるのだ? 本当に」


「さぁ……体が丈夫なのも、力が強いのも生まれつきだし」


「そうだったな……ただの木こりとなのった男が、丸太で妾に襲い掛かる吸血鬼の頭を砕いたときは真に驚いたわ」


「あの時は僕も必死だったのさ……田舎育ちだから魔物なんて初めて見たし……」


「あぁ、丸太を担いで魔物をなぎ倒すそなたは真に格好良かった……本当ひとめぼれをしてしまうほどにはの」


「な、なんだか恥ずかしいな」


 なにやら表情が崩れる程満面の笑みを見せるセラスは珍しく、僕はそんな彼女の見たことのない一面に心臓が限界が近いと悲鳴を上げる。


「……くふふー……愛い奴よなぁ。 だが妾、お前様のことがだーい好きだから何度でも言っちゃうぞーラクレスは―、世界で一番格好いい旦那様なのよなー……ひっく」


 こてんと頭を僕の肩に乗せて、頬ずりをするセラスは、普段の彼女なら絶対に言わないようなセリフを語る。


「……君、もしかして酔っぱらってる?」


「くふふふふー! まっさかー! 妾をそなたと心得る。 お前様のお嫁さんだゾ!」


 ウインクをしてピースをするセラス。


 どうやら完全に酔っぱらっているようだ。


「さてはあんまり飲めないくせに格好つけたねセラス」


「酔ってないもん」

 

 はいかわいい。


「やれやれ……見栄っ張りなんだから。 頼むからのぼせないでよね」


「はーい」


 にこにこと機嫌よく僕の肩に頭をのせるセラス。

 僕はそんな彼女に呆れながらも、一人でちびちびとお酒を楽しむ。

 

 すると。


「のぉラクレス」


「何?」


「……父上は、どんな最後であった?」


 呟くように、セラスはそんな問いを投げかけてくる。


 それはただの興味本位だろうか……確認だろうか。

 未来視で一度予言したはずの父親の死を、セラスは確認をした。


「……正直な話、自滅だったね」


「あぁ……やはりか」


 魔王との戦いでさえも、僕とリアナは苦戦というものはしなかった。


 魔王は確かにいままで戦ってきたどんな魔物よりも強かったが、何かを守る必要もなければ、あたりを破壊しないようにという配慮すら必要のない魔王城での戦いは、恐らく今まで戦った戦場の中で最も僕にとって戦いやすいフィールドであったのが原因であろう。


 魔王城が戦いやすいというのは何とも皮肉ではあるが……おかげで魔王との戦いは無傷にて勝利を収めることができた。


「リアナの相手で手いっぱいって感じだったから、正直悪いことしちゃったなって思うよ。

弱かったわけではないけれど、すこし意地っ張りだったね。 魔法があんまり効かなかったのが悔しかったみたいで、結局十三階位魔法の使い過ぎで魔力欠乏を起こして、そのままあっさり……。攻撃魔法だけじゃなくて、状態異常魔法も絡めて責められたら少し厳しかったかもしれないけど」


「忠告はしたのだけれどもなぁ……結局、父上は未来を変えられなんだな」


 表情なくセラスは呟く。

 そこにある感情は憐憫なのかそれとも憤懣なのか何の感情すら沸いていないのか。

 あるいは、未来を変えられなかったことを後悔しているのか。


 彼女の中にあるものを僕は知ることは出来ない。

だからこそ……何となく僕は彼女の頭を優しくなでた。


「……君は、僕の未来をちゃんと変えてくれたよ。ありがとうセラス」


「……ん」


 短く微笑みセラスは静かに瞳を閉じ。

 僕もつられて瞳を閉じる。


 ただただ静かな大浴場。


 感じるのはお湯の熱と……セラスの体温だけ。


 そんな幸せな時間を噛みしめるように、かすかに木霊する水の音を聞いていると。


「……くー……くー」


 かわいらしい妻の寝息が、混ざって聞こえてきたのであった。


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