21話 家族は聖女の遺体回収の依頼を受ける
「リヴァイアサンの封印が解かれただぁ!?」
最初に声を上げたのはタクリボーであり、カタリナは予想していたのか落ち着いた表情で「えぇ」と短く相槌を打つ。
「……随分と余裕じゃねえか。リヴァイアサン言えば魔王にも準ずる力を持つって言われているんだろ? だとしたらこの町なんてあっという間に」
「たわけ……その魔王を倒した勇者がここにいるであろう?」
しかしセラスはそんなタクリボーに対し呆れるように呟く。
「いや、そうだけどよ、相手は四将軍の一人を殺しちまうような相手だぜ? あんたらが強いっていうのはそりゃ知ってるけどよ……だけど本当に伝説上に出てくるような化け物を倒せちまうのか?」
「当然だ……海蛇退治など些事よ些事……問題なのはそれだけの魔物を封じた棺が盗まれたということよな、カタリナよ」
セラスの言葉にカタリナは小さくうなずく。
「その通りですセラス様。 当然リヴァイアサンは脅威ではありましたが……勇者ラクレス様のお力が伝えられている通りであるならばリヴァイアサンとて打倒をして見せるのでしょう。故に問題となるのは、リヴァイアサンを封じた棺を盗み出したものが居るということです」
「……その犯人は予言で言い当てられなんだか?」
「ええ……盗まれるという事実しか未来を読むことができなかったのか、それを伝えることで大きく未来が変わってしまうためにあえて伏せたのか。どちらかはわかりませんが、厳重な警備体制を敷いていたにも関わらず棺は盗み出されてしまいました」
「なるほど、それは困ったのぉ……魔王を封じるほどの棺だ、いつその魔道具が妾やラクレスに向くとも限らん。 魔王に準ずるものを封じることができるならば、いかに妾でも太刀打ちは出来ぬからな」
ふむと考えるような素振りを見せるセラス。
その魔道具は確かに彼女にとってみても初めて脅威たりえる代物だったのだろう。
その力が僕たちに向けられるという確証はないが、それでも棺を盗み出して封印を解くような輩だ……盗み出した魔道具を正しいことに使うとも思えない。
「ええ、そこで騎士団より正式にお願いしたい旨がございます。 一つはお伝え申し上げた通り、復活し町を襲うであろうリヴァイアサンの討伐。そしてもう一つは……棺を盗み出した犯人を見つけだし回収していただきたいのです。できるだけ無事な姿で」
当然と言えば当然の依頼だろうが……その言葉に僕とセラスは顔を見合わせて唸る。
「……ふむ、それはつまり妾たちに対抗できうる手段をみすみす妾たちの手で取り戻せと言っていることを自覚したうえでの発言よな?」
セラスの目には明確な敵意が浮かび、カタリナはその敵意に押されてごくりと冷や汗をかきながら息をのむ。
「もちろんです……ゼラスティリア王国が行った行いも、ミルドリユニア帝国の今の状況も踏まえたうえで、無茶なお願いであることはわかっております。 ですが棺の回収がなった暁には、我々の手で完全に破壊をすることをお約束します。ですのでどうか……」
「解せぬな……無事な姿での回収を依頼しておいて破壊を約束するか。矛盾をしているな」
「ええ……ですがわけがあるのです」
「そのわけとは?」
「……ご遺体です」
「遺体?」
「棺には興味はありません……ただ聖騎士団の使命はリヴァイアサンが復活を果たしたその時に、聖女であるエミリア様のご遺体と、封印の要として使用された神槍【パラス・アテナイエ】を回収することにあります。 あなた方にとっては裏切り者の怨敵であることは重々承知……我々の願いが斬って捨てられたとしても文句は言えないほどの無礼であることも承知のうえでお願いをいたします。どうか……ヴェルネセチラとエミリア様をお救いください!!」
「……どうする? お前様」
セラスは不愉快そうに鼻を鳴らしてそう僕に問いかけてくる。
正直セラスと同じように僕も複雑な心境だ。
特に恨んでいないとはいえ、自分を殺そうとした人間を救い出そうというのだ。
しかも四将軍の持つ神具である【パラスアテナイエ】の回収も依頼には含まれており……結局の所僕たちは自分たちで自分たちの脅威を彼女たちに届けることになる。
リヴァイアサンの討伐もそうだが、僕たちには何のメリットもなくむしろ脅威をみすみす増やしてしまう可能性の方が大きい。
お人好しとバカにされる僕でさえも迷ってしまうほどなのだ……タクリボーの表情を見ても呆れたように肩をすくめている。
普通であれば断るのが正しい。
少なくともリヴァイアサンの討伐だけでも十分すぎるほどお人好しであり、これ以上は誰がどう考えても「大バカ者のお人好し」の行動である。
だが。
「わかった、力になるよ……ただもちろんそれだけのことに見合った報酬はいただくよ?」
僕はそんな大バカ者のお人好しなのだ。
「おいおい、受けちまうのかよこれ……何もお前にメリットないぞ?」
タクリボーは驚いたような声を上げ、セラスはやれやれと呆れたように肩をすくめるような仕草を見せる。
「まぁそうなるだろうとは思っておったが……」
「ごめんセラス……巻き込んじゃって」
「何、報酬をもらうといっただけ成長したというものよ……それに妾とそなたは夫婦なのだ、どんな決断をお前様が下そうが、妾は喜んでその半分を共に背負うよ」
「……セラス……」
頬を少しだけ赤くしてそういうセラスに、僕もつられて顔がほてる。
「……あー新婚さんって奴はどいつもこいつも焼け石張りにお熱いせいでこっちまで当てられちまっていけねえや。 それで騎士団さんよ、さすがにこの広い街を何の手掛かりもなしに探し回れとは言わねえよな?」
そんなやり取りをしていると、タクリボーは急に話に入り込んでくる。
先ほどまで退屈そうにソファでくつろいでいたのがまるで別人のように瞳が輝いている。
「タクリボー……どうしたのさっきまで退屈そうにしてたのに」
「なんでぇ、商売の匂いがしたら食いつくのが商人ってもんだろう? ついてこさせたのはこいつらの方なんだ、犯人探しに協力したら俺も報酬を一緒にもらえるってのが筋ってもんだろう?」
「……小銭の音に敏感な奴だの」
「へへ、現魔王様にお褒めいただけるとは恐悦至極ってもんさ」
セラスの皮肉にタクリボーは口元をにやりとゆがませてそういうと、すぐにカタリナに向き直り質問の答えを促す。
「仕方のない奴よ……まぁ人手は多ければ多いほど良いからの、手伝うというならば喜んで猫の手も借りようぞ。 お前様も良いな?」
「もちろん、餅は餅屋……タクリボーがいてくれるのは頼もしい限りだよ!」
「へへっ流石勇者様は話が分かるってぇもんだ!」
「ラクレス様がそうおっしゃられるのであればわかりました、それでは今までの調査で我々が突き止めた情報を……今からお渡しいたしますので」
そんなタクリボーにカタリナは一度驚いたような表情を見せていたが、僕の言葉に納得したようにうなずくと、机の上に置いてあった捜査の資料を僕たちに渡してきたのであった。




