10話 夫婦は無双する
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エルドラドSIDE
報告を受けたとき、エルドラドは良い女が来たと喜んだ。
魔導弾圧より百年。第七魔法のような高等魔法を操る猛者は現れたことはなく、何よりもエルドラドに逆らう者すら稀。
加えて気の強い女だという報告に、エルドラドは詳細を聞くより早く進軍を決定した。
「くくく……第七魔法か、俺たちが魔王討伐をしていたときは当たり前に見る魔法だったが、今となっては失われた魔法だ」
楽し気に笑うエルドラドに、不安げに副官ゴルマンは恐る恐る尋ねる。
「ご注意くだされエルドラド様。 あの女は鎧を着た兵士をも軽々と蹴飛ばし宙を舞わせる魔性でございます」
「知ってるよ。大方身体能力強化だろう? 第七魔法を使えるならば何も珍しくはねぇ。まさかとは思うがお前、俺が負けるとか心配してんのか?」
不機嫌そうに鼻を鳴らし、ゴルマンをねめつけるエルドラド。
その眼光はタカよりも鋭く、ゴルマンは震え上がり首を左右に振る。
「い、いえ、滅相もございませぬ!? 誰が魔王討伐をなした貴方様のお力を疑いましょうか……それに相手が魔法使いであるならば、その大楯がある限り敗北はあり得ません……ありえませんが、聖女様の残した勇者誕生の予言も日が近づいておりますし、万が一ということも……」
「エミリアか。あんな頭のいかれちまった女の話なんざ、まともに信じてるのは勇者に怯えてるうちの王以外いやしないだろうが。勇者が死んですぐに勇者の剣【リアナ】は王によって処分されちまったってのに。勇者になるための剣がねえのにどうやって勇者が生まれるっていうんだよ」
「ご、ごもっとも」
「だろ? だから余計な気を回さなくたっていいんだよ。 お前はその女にどうやって腰を振らせるのかを考えてりゃいいさ。この前お前が調教したエルフ族の奴隷は最高だったからな、またいい仕事を期待してるぜ」
「ははっ……お褒めにあずかり恐悦至極……」
頭を垂れるゴルマンに、エルドラドは楽し気に笑う。
「楽しみだぜぇ、歯向かってくる女なんてのはもう百年以上は犯してねぇからなぁ」
「しかし大丈夫でしょうか。 相手はかなり凶暴で……」
「だからいいんだよ、俺はそういう気の強い女を嬲り犯して従順にするのが大好きなんだよ、最近は自分でやるとどんな女も三日以内に死んじまうからお前に代わりにやらせてたが、お前の話を聞く限りその女は俺がやっても問題なさそうだ」
「さ、さようでございますか」
ゴルマンは震えながらエルドラドの異名を思い出す。
【拷問卿】
人の悲鳴を聞き、壊れる過程を楽しむ彼は四将軍の中でも最も残虐と称され、唯一その光景を見たことのあるゴルマンは仲間を殺した相手ではあるものの、ダークエルフ族の村に現れた少女に同情する。
なぜなら仲間は人の形を残して死ねなかったかもしれないが、きっとあの少女は人としては死ねないだろうと察したからだ
そんなやり取りをしていると。
「報告申し上げます! 前方に人影が二つ、いかがいたしますか!」
前方にいた部隊長から伝令が入る。
「二人でお出ましとは随分と余裕だな……」
「えぇ申し上げた通り、己に絶対の自信があるようで」
エルドラドはゴルマンの言葉に喜びながら、はやる気持ちを抑えきれずに魔道具・遠見の眼鏡を用いて品定めを開始する。
戦いではなくもはや彼の中には少女をどのようにいたぶろうかという考えしか残っていない。
だが。
そんな嗜虐心は、目に移った現実により彼方へと消えうせる。
「バカな……なぜあいつが」
ありえないものを見たように遠見の眼鏡を取り落とすエルドラド。
「い、いかがいたしました!?」
突然のエルドラドの変化にゴルマンは戸惑い声をかけるが、エルドラドはそれどころではないといった様子で呼吸を荒くする。
額からは脂汗がにじみ出て、瞳は充血。
だが慌てるのは無理もない。
なぜなら目の前には……二百年前に殺した勇者が立ちはだかっているからだ。
「殺せ!! あの二人を! いや、あの男を、ラクレス・ザ・ハーキュリーを殺せ!!」
亡霊を、悪夢をかき消すようにエルドラドは叫び、兵士たちはその言葉に呼応するようにたった二人に対し全軍での攻撃を開始した。
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「殺せ! あの二人を! いや、あの男を、ラクレス・ザ・ハーキュリーを殺せ!!」
怒声が響くと同時に、槍を構えて迫りくる大軍。
僕にとっては昨日の出来事だが、エルドラドにとって僕は二百年前に死んだはずの人間。
相当驚いたのだろう、いつもはずしんと響く低い声が、心なしか上ずっている。
「はぁ……魔王軍の方がまだ紳士的だったよ」
名指しでの殺害命令に僕はため息を一つ漏らす。
会話で解決ができるならそれに越したことはないと思ったけど。
僕がここにいるとわかっていながら全軍突撃を選択するということは、会話による事態の収束は絶望的のようだ。
「勇者にそう言われてはおしまいだな……まぁしかし、向かってくるなら蹴散らすのみよ」
「君も戦うの? 身内の問題だから僕一人でもふふぁい……」
問題ないと言おうとした僕のほほを、セラスはむくれ気味につねる。
痛くないように力加減をしているところが可愛らしい。
「つまらないことを言う出ないラクレス。妾とお前様は夫婦なのだ。夫に剣を向けられて高みの見物を決め込む妻がどこにおる……それに言ったであろう、もう二度とそなたを一人になどするものかとな……もちろんお前とエルドラドのの事情に口をはさむつもりはない、しかし露払いぐらいはさせよ」
「セラス……わかった、お願いするよ」
僕の言葉にセラスは満足げにうなずくと、頬から指を離す。
つねられていた部分がほのかにまだ温かい。
「うむ! 我が夫に剣を向けた報い、お人好しなお前様の代わりに妾がきっちり受けさせてやろうぞ!」
「できるだけ殺さないであげてね? 兵士の人たちは命令で戦ってるんだし」
「わかっておるよ、ただ、腕や足の一本や二本くらいはかまわぬだろう?」
「まぁ、これでも一応戦争のつもりみたいだしね……それぐらいでよろしく」
心得たとセラスは短く呟くと、魔法の適性が無い僕でさえも肌に感じるほどの膨大な魔力を練り上げる。
その量は魔王と同等か、もしくはそれ以上か。
口頭でだけの告白だったが、今この時初めて僕はセラスが本当に魔王の娘なのだということを文字通り肌で感じる。
迫りくる軍勢との距離はおおよそ二百メートルといった所まで迫っており、大軍の行進はセラスの魔力に対抗するように大地を揺らすが。
そもそも世界を追い詰めた【悠久の魔王】に比肩する魔力とたった千人の兵士では、最初から勝負にすらなりはしない。
「第八階位魔法……【四肢切断】」
指先で虚空をなぞり、ぽつりと呟くように唱えられた呪文。
それと同時に魔力は魔法へと姿を変え、覆いつくすように百メートルまで近づいた兵士たちをあっという間に包み込むと。
一斉にその兵士と馬の足を引きちぎった。
「ひ、ひ、ひぎゃあああああああ!?」
「う、腕が!? 足がああぁ!」
ぐしゃりと兵士たちはその場に転がり、流れ出る赤いものがあっという間に緑の草原を赤く染め上げる。
自分と仲間の血で赤く染まって蠢く兵士たちは、まるで赤い芋虫かイトミミズのよう。
かなりエグイ光景ではあるが、確かに見る限り一人の死者も出ていないようであり、セラスはその光景にどうだと言わんばかりに胸を張る。
「……確かに誰も死んでないけど、このままだと失血死しない?」
「切った部分の時間をこれから止めるから問題ない。傷が治らんので死ぬほど痛いだろうが、なに町に戻れば腕をつなぐ方法などいくらでもあろう」
「あ、一応五体満足で返してあげる気はあるのね」
「当然だ、お前がそれを望んだからな」
セラスはつまらないことをきくなと言いたげにそう答えると同時に、そっと僕の方に手を差し出す。
「何?」
「何ではない、我ら夫婦の初陣だぞ? 敵首魁の元までエスコートをするのが夫というものであろう」
「そうなの?」
「そーなの!」
ぷんすこと頬を膨らませるセラス。 その様子に僕は魔王の感覚はよくわからないなぁと苦笑を漏らしながらも、見よう見まねでそっとセラスの手を取ると、セラスは満足そうに微笑む。
「では行こうか」
「うん、行こう」
血で作られたレッドカーペット。
茫然とこちらを見つめる裏切り者、エルドラドを目指して僕たちは進軍を開始した。
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