4.王太子との望まぬ約束
神殿に公務でもないのに王太子が来るなんて異例のことだ。リアはもちろん、
周囲の巫女仲間たちも驚きざわついているが、そんな空気には一切構わず、王太子カーサはリアに近づく。リアはびっくりして後ずさった。しかし、カーサはいつもの生真面目な無表を崩さないまま、彼女に話しかける。
「リア、ちょっといいか。話がある」
そのままリアはカーサの後について神殿の外へ出た。
先輩や同僚巫女の好奇の目が痛い。
王太子はシェインの1歳上で24歳。年齢が近いこともあって、
幼少の頃、リアはカーサの遊び相手として一緒に過ごした時期があった。
リアとシェインの実家はそんなに位は高くないが一応貴族だ。
子供の頃はシェインと3人で遊ぶこともあり、
その時はお互いの身分の垣根を気にせず接していた。
けれど、成長した今は、それぞれの地位と役割にふさわしい距離感で接している。
だから、王太子であるカーサにこんな風に職務中に呼び出されるなんて、
よほどの事かと、リアは身構えていた。
少し歩いた、人気のない所でカーサが立ち止まり、リアを振り返る。
「職務中に邪魔をしてすまぬ」
リアは如才なく答える。
「いえ、とんでもございません。何事かありましたか」
「・・私は前置きが苦手だから、単刀直入に言う。
リア、私は、そなたを愛しく思っている」
「え?!カーサ様?」
リアが予想もしてない言葉だった。
(何、この人。職務中に呼び出していきなり愛の告白とか。正気なの?)
内心思いながら、カーサの生真面目な茶色い瞳を見やった。
カーサのことは幼い頃から見てきたし、
王位継承者としてふさわしいたくましさと強さを持つ彼を尊敬もしていた。
けれど、男性としてのカーサは、王族ならではの傲慢さと押し出しが強い印象が強く、
恋愛対象として考えたこともないどころか、はっきり言えば苦手なタイプ。
そんな告白をされたところで戸惑うばかりだ。
「こんなことを言ってびっくりさせただろうが・・。
そなたは巫女だ。今世、結婚することは許されぬ身。私も言うつもりはなかったが
・・我慢できなくなってな。今世で一緒になれぬなら・・せめて未来の世に生まれ変わった時には、一緒になりたい。未来世では、私と一緒になると・・約束してくれぬか」
カーサは生真面目な表情をほとんど変えないまま、そう言ったのだった。
確かにリアたちの文化圏では生まれ変わりは常識だし、
恋人や夫婦は来世でも一緒になろうと約束したりすることがある。
でも、それはお互いの気持ちが通じ合っていれば、だろう。
愛してもいないカーサとたとえ来世でも、結婚すると約束するなんて
リアは嫌だった。彼の言葉は独りよがりに思えた。
けれど、それはもちろん口に出せない。相手は王太子だ。リアは、こう言うにとどめた。
「カーサ様。お気持ちは大変嬉しゅうございます。ですが、私は巫女の身。
今世ですらどなたかと一緒になることなど考えたこともございませんのに、
来世のことなどお約束などできましょうか・・」
しかしカーサは粘った。
「現実的に考えられないのはわかる。そんな約束をしても実際に実現するか、
本当のところ誰にもわからぬからな。だからこれは私のただのお遊びで、
それに付き合うと思ってくれればよい。私の他愛のないお遊びに付き合うくらいのこと、よもや構うまい?」
「カーサ様・・」
リアの表情が強張った。その口調は、有無を言わせず命令に
従わせる王族のそれだった。
カーサは普段は強引なところもあるが悪い人間ではなく、
これまで何かとリアに目をかけてくれてもいた。
しかしカーサはやはり王太子なのだ。自分が絶対手に入れたい物があれば、
その力を使い、強引に奪い取る。今みたいに。・・リアは思い知った。
自分に拒否権はない。この約束をしてしまった後、
一体どうなるのかという不安は押さえ込み、とりあえずこの場を収めることにした。
「わかりました。来世に一緒になると・・お約束しましょう」
とうとう、リアはその場しのぎで承諾の返答をしてしまったのだった。
「そうか!よかった」
普段から、あまり表情の動かないカーサの顔が晴れた。
そして我に返ったように少し顔を赤らめると、そそくさとそのまま立ち去ってしまったのだ。
後には呆然と立ちつくすリアを残して・・。