2.私のとある事情の続きと全ての始まり
・・それから半年。
その日以来、山霧からは何の連絡もない。
自分の都合で女性を1人全く見知らぬ土地に呼び寄せたのに、
人としてのフォローも一切なし。
いっそ清々しいくらいのクズっぷり。
恋人時代の甘い言動を覚えている私には、店での山霧は既に全くの別人だったが、
きっとあれが、彼の本性に近かったのだろうと思う。
バイト代も支払われないままだけど、もう金輪際関わりたくないので、
逆にそれでいいと思っている。ラインもブロックした。
一番悪いのは、ちゃんとした契約書ももらわないまま、
口約束だけでここまで信じて来てしまった私自身の甘さだと思う。仕方ない。
だけど、私はなぜかまだこの地にいる。私を使い捨てた男の近くに。
それだけでゾッとするのに、なのに、なぜまだここにいるのだろう・・。
なんだかもう、自分が燃え尽きてしまったかのようで・・次に何をすればいいのか、そもそも、私はこの先の人生をどう生きていけばいいのか、わからない。
人生の目的を見失ったという感じ。アラフォーで正に人生の一大迷子である。
山霧に失恋したから、が理由ではない気がする。
私自身、バイトを辞めた時点で彼への恋心なんてキレイになくなっており、
自分でも意外なほどに彼への未練はなかった。
まるで、催眠術から覚めたかのようで、今は、どうして付き合ったんだろう・・?
と不思議に思うくらいだ。
本当にショックだったのは、自分で、この人だ!と一時は魂で確信できたと感じたのに、それがここまでの大間違いだった、という事実の方かもしれない。
私は物心ついたころから「パートナーシップ」には特別な思い入れがあった。
漠然と、出会うべき人がどこかにいるという感覚があり、それを信じて生きてきた。
山霧には、以前、私のそういう思い入れも話したことがあるので、彼はそれもよく知っている。知っていて、利用したのだと思う。
「そう言えば、俺も、ずっと忘れちゃいけない約束が、ここにある気がしていた・・」
そんなことをつぶやきながら、胸を叩き、私に笑いかける。そのはにかんだ笑顔を、愚かな私は信じた。
だが、私が彼の目的を満たさないと見るや、彼は私をゴミのように投げ捨てた。
信じていた男の裏切り行為は、私をとても傷つけた。
自分の人生で大事にしてきたものを土足で踏みにじられたように感じた。
アラフォー独身女の焦りを見透かされていたのかもしれない。
「・・結局私の眼が節穴ということか・・」
つぶやいてみる。挫折感。なんだかとても空しい。
*
結局今日も何もせず、夜になってしまった・・。私はぼんやりと部屋を見回す。
「寝るか・・」
枕元には色とりどりの小さな石たち。私は鉱物というか、パワーストーンが好きだ。
コレクションはかなりのもの。
寝るときは何となく、その中の1つを握って眠るのが習慣になってしまった。
子供がぬいぐるみを抱えて寝るのと変わらない。
このところのお気に入りは、鮮やかなエメラルドグリーン色の古代ガラス。
厳密には石ではないけど、独特の存在感があり、何よりこの色の美しさに慰められる気がして、関西に来てから、ピンクやイエローなどいくつかネットで購入している。
ただのガラスだろうけど、「古代の光のエネルギーを物質化したものだ」なんて説もあったりしてロマンを感じるところもいい。
今夜もいつものエメラルドグリーンを相棒に選び、手に握り、ベッドにもぐりこむ。
「おやすみー」
なんとなく言って目を閉じて・・
「え?!」
思わず又声を出してしまう。
だって・・閉じた瞼の裏に何か見えたから。
最初はぼんやりとしかわからなかったけど、目が慣れてくるにつれ、
女性が一人たたずんでいるようだとわかる。
その女性は、ゆったりした一枚の白い布を腰に紐のようなもので
巻いて絞って身にまとっている。
明らかに現代の服装ではない。髪の毛は長く、
黒髪をそのまま腰まで垂らしている。
整ったきれいな顔をしている。
髪も目も黒いけど、顔立ちは日本人とちょっと違う。
もう少し彫りが深くエキゾチック。年齢はかなり若い。
20代になったばかりくらいか。
何これ・・?という疑問もあるし、内心軽くパニックもしているんだけど、
この人の美しさにはちょっと萌えてしまう私。
凛としていて高貴な雰囲気をたたえていて、でも・・なんだか幸せそうじゃない。
彼女は今にも泣き出しそうな顔をしている。
「一体どうしたの・・?」
思わず声をかけてしまったほど・・。
その途端目の前が真っ白にスパークして・・・何もわからなくなった。