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翔んだディスコード  作者: 左門正利
第六章 パーティー
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まさかの出会い

「あれ? 君は」


 早弥香は「日本語!」と思い、思わずふり向いた。 すると、そこにはなんと正也がいるではないか。


「弓友くん!」


 早弥香は叫ぶように正也の名を呼んだ。


 タキシードに身を包む正也は、学園の文化祭で会ったときとはまったくちがった印象を受ける。

 漫画ではないが、まるでとらわれた姫を助けにきた騎士のようだと、不安と困惑のただ中にある早弥香は、そう思うのだった。


 正也がパーティの会場にいることに、早弥香はもちろん須藤も驚いた。


 ──なぜ、彼がここへ?


 そう思うのも無理はない須藤だが、正也は正也で驚いている。

 サテンの光沢が鮮やかなシーグリーンのドレスを着た早弥香は、自分の知っている早弥香とはまたちがった雰囲気がする。はだけた肩が、妙に色っぽい。


 また、須藤や早弥香の母親も、日常では見ることのない姿を大人の女性として前面に出してくる。 化粧のノリが、すごく良い。正也の同級生の女子たちとは、色気が全然ちがう。

 ホルターネックのドレスで魅せる早弥香の母親は、とてもセクシーで、正也はその胸元に目が釘付けになりそうだ。


 そんな正也は無理に視線をそらし、早弥香と話そうとする。


「びっくりしたよ。君がいるとは知らなかった」


 早弥香は不安から解放されたようにホッとして、正也と言葉を交わす。


「わたしも驚いたわ。弓友くんは、どうしてここにいるの?」

「父さんに、来いといわれてね」


 このひと言に、須藤の思考が目の前にいる正也から離れる。


 ──弓友教授が、ここへ来ているのか?


 そうでなければ、正也がパーティに呼ばれることはないだろう。 だが、正也は単に、父親である正人の息子として呼ばれたわけではなかった。


「じゃあ、用事があるので行くよ」


 正也はあいさつもそこそこに早弥香にそう告げると、須藤と早弥香の母親に軽く会釈し、早弥香のもとを離れてゆく。

 その後ろ姿は、早弥香にはとても頼りがいのある背中に見えた。


 このとき、早弥香も須藤も気づかなかったが、ルミはパーティには招待されていない。


 弓友家では、正也だけがパーティに呼ばれたことに、ルミが大いに憤慨する。弓友一家は、この日までルミの騒ぐ声でうるさい時を過ごさねばならず、正也と母親の小百合は、なかなか大変だったのである。



 正也が早弥香のそばを去った後、しばらくすると海外の記者たちが早弥香の方へやってくる。

 記者のインタビューは日本語ではなかった。しかし、コンクールの世界大会のときと同じく、通訳が彼らに同行していたため、早弥香は日本語で大丈夫だった。


 時間が経つにつれてリラックスしてきた早弥香は、テーブルの上にならんでいる料理に口をつける。やっと料理の美味しさがわかるほどに、緊張感から解放された気分がする。


 一流シェフの作った料理にほくほくしている早弥香の背後に、一人の女性が近よってきて、言葉をかけた。


「サヤカ、サヤカ・ミナサキ?」


 彼女の声に、早弥香はふり向いた。


「あっ!」


 早弥香は、その女性の名を呼ぶ。


「セレナ?」

「ハイ、セレナ、ワタシ」


 彼女は、コンクールの世界大会で早弥香と優勝を争った、セレナ・エレーヌだった。早弥香より一つ年上で身長170センチの彼女は、モデルのような体型をしている。


 髪はブロンドのロングヘアで、なかなかの美人だ。コンクールのときは青いドレスを着ていたが、いま身にまとっているワインレッドのドレスもよく似合っている。

 はっきりいって、コンクールで優勝した早弥香よりも目立っている。セレナは、このパーティには父親と同伴で出席していた。


 セレナはフランスの名門エルナーゼ音楽院に在籍しており、将来はプロのピアニストを目指している。

 セレナの母親もプロのピアニストになることを夢見ていたのだが、その夢に一歩及ばず、娘のセレナに自分の夢を託したのである。


 ピアノの英才教育を受けてきたセレナは、今回のピアノコンクールの世界大会では、優勝候補の筆頭であった。

 彼女は自分を超える早弥香の演奏に感嘆し、悔しい思いをしながらも、その実力を素直に認めるのだった。


 フランス人のセレナが、早弥香にカタコトの日本語で話しかけてくる。


「ダレ、イッショ、オトコ、ミタヨ」


 どうやら彼女は、早弥香が正也といっしょにいるところを見ていたらしい。


 早弥香はセレナに答える。


「友だち、すごい、彼、音楽の才能」


 早弥香はふつうに日本語で話せば良いのだが、なぜかセレナの話し方に合わせてしまう。

 コンクールで優勝を争った間柄のセレナだが、その彼女が気さくに話しかけてくることに親しみを感じる早弥香だった。



 早弥香とセレナが、おたがいにカタコトの日本語で会話をしていると、突然マイクの声が響いた。会場にいるみんなは、そちらへ顔を向ける。


 司会者らしき人が英語で話しているのだが、どうやらこれから、ちょっとした演奏がはじまるようだ。


 マイクで紹介されるのは、世界的に有名なバイオリニストのグロス・ロゼッティオだ。グロスは、正也の父親である正人と同期であり、ふさふさの銀髪に身長180センチを超える恰幅のよい大男だ。


 彼は正人の親友であり、またライバルといえる存在でもあった。

 そのグロスを早弥香ははじめて目の当たりにするのだが、早弥香の目に映ったのはグロスだけではなかった。


「あれ?」


 巨漢のグロスの横に、なぜか正也がならんでいる。


「弓友くん?」


 正也を見た早弥香は、目が点になる。正也の手には、バイオリンがにぎられているのだ。



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