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翔んだディスコード  作者: 左門正利
第五章 正也の秘密
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二人の親友

 いつになく多くを語る正也は、思い出したように早弥香にたずねる。


「まだ休憩してて、いいの?」


 腕時計に視線を移した早弥香が、目を見開いて顔を青くしながら叫んだ。


「いけない!」


 休憩が終わる時間を、三〇分以上も過ぎている。焦って椅子から立ち上がった早弥香は、持ち場にもどろうとして腰をテーブルにぶつけ、足を椅子に引っかけて転んだ。


 そんな早弥香を、萌美と弓友兄妹は、目を丸くして呆然と見ている。

 世梨香が、かわいそうな目を転んだ姉に向ける。


「あちゃー」


 彼女は、やっちゃったという顔で声をもらした。


「お姉ちゃん、ドジだから」


 正也たちは、世梨香のいったことが信じられなかった。地区大会の本選で見た、ステージから退場するときの凛とした早弥香の姿からは「ドジ」という言葉が浮かんでこない。


 しかし早弥香は、今日にしても休憩に入るまえに、コップを二つも割っている。持ち場にもどれば、みんなから「あんたは、もうちょっと休憩してていいよ」といわれる。


 同僚のみんなにすれば、早弥香がいない方が、ぶじに作業がはかどるのだ。完全に、お邪魔虫の早弥香である。


 天は、(たぐ)(まれ)なる音楽の才能を早弥香にさずけるとともに、それなりの欠点も彼女に与えたようだ。



 正也たちは、早弥香が席を外したところで、まだ立ちよっていない催し物を見てまわることにする。

 普通科の校舎へ移動中、萌美が正也に声をかける。


「正也先輩」

「なんだ」

「ヒロ先輩と、ユウ先輩のことですが」


 その言葉に、正也は足を止めて萌美の方をふり向いた。


「あいつらと話したのか?」


 ちょっと驚いた。正也には、彼らが萌美とかかわるような状況が、まったく想像できない。

 萌美は、少しうつむいて答えた。


「正也先輩のことは、ほとんどなにも教えてくれませんでしたが」


 萌美は、デパートでヒロとユウに出会い、正也の両親のことと、彼ら自身のことをきいた経緯を語る。

 世梨香は萌美の話に興味津々で、目を輝かせている。


 萌美は、彼ら二人と話していたときに思った疑問を、正也に投げてみる。


「ヒロ先輩とユウ先輩は、どうして正也先輩とお友だちになったのですか?」


 正也は、ぬぼーっとした顔で、逆に萌美に問いかける。


「なぜ、そんなことを訊く?」


 答えてくれるどころか、逆に問われた萌美は、あわてて言葉を返す。


「あ、あの、音楽のジャンルが全然ちがうのに、なんで二人の先輩と正也先輩がつながるのかなって……」


 なるほど、と思った正也は前を向き、止めていた足を進める。


「あいつらは、モノの本質がわかる人間なんだ」


 親友の一人「ヒロ」と呼ばれる彼の名前は、吉竹弘人(よしたけひろと)という。

 角刈りの頭に、一八〇センチに達する身長でガッチリとした体格は、どう見ても体育会系だ。というより、格闘技に通ずる感じだ。


 実際、彼の祖先は格闘技に精通している。ヒロの二人の妹は、剣道と空手で全国大会に手がとどくかというほどの実力があるのだが、なぜか彼だけが格闘技とは無縁である。


 尊敬する人は誰かと訊かれると、間髪を入れず「水木一郎」と答えるヒロは、その身体には似合わないアニソンオタクなのだ。

 だが、彼が好きなのは、主に自分が生まれるまえのアニメの歌だ。


 ルミが、ふと思い出す。


「ヒロくんは『マジンガーZ』の歌が、一番好きなんだよね」


 かなり古い、昭和の時代に放送されたアニメである。

 マジンガーZの他にも、宇宙戦艦ヤマト、初代ガンダム、はてはタイガーマスクと、非常に古いアニメの歌をヒロは好む。


 正也が中学二年生のとき、ヒロが携帯電話でマジンガーZの主題歌を流していたとき、彼はいった。


「やっぱりアニメの歌は、こうでなくっちゃな」


 彼らが生まれるまえのアニメの歌は、現在のレコード会社の戦略とはかけ離れ、アニメと一体となって子どもたちに夢を与えていた。


 正也は、ヒロを見て思った。


 ──あいつとなら、友だちになれるかもしれない


 そうして、正也とヒロの付き合いがはじまる。


 さらに、二人が中学三年生になったとき、やたら目つきの鋭い男子と同じクラスになった。


 当時から背が高かった戸田雄二(とだゆうじ)は、二つ上の兄がエレキギターを弾き、自身はエレキベースを弾いている。彼の現在の身長は一八三センチで、本当にエレキベースがよく似合う。

 バンドを組んでいるわけではなく、たまに兄に呼ばれて、兄のバンドの練習に付き合わされるようだ。


 ある日、学校で休み時間になったとき、クラスメートがユウに話しかける。


「おまえも、ギターをやれば良かったのに。ベースは目立たないだろう」


 ユウは、当たり前だという顔をして言葉を返した。


「別に、目立たなくていいんだよ」


 ベースの低音は、バンドを支える重要な役割を担っている。


「ベースは、ボーカルやギターがハメをはずしてぶっ飛んでも、ちゃんともどってこれるように、バンド全体を底から支えるんだ」


 ユウは己のやるべきことを、しっかりと理解している。彼が刻むベースのリズムは、驚くほど正確である。


 それとなく話をきいていた正也は思った。


 ──あいつとも、友だちになれそうだ


 数年前を思い出す正也は、萌美の方をふり返る。


「それから、俺たち三人の付き合いがはじまったんだ」

「………」

「ヒロもユウも、大事なことはなにかということを、よく知っている」


 その言葉に、萌美の胸がチクッと痛んだ。コンクールで勝つことにこだわっていた以前の自分を、思い出したのだ。

 あのころの自分は、ピアノを弾いていながら、音楽をまったく理解できていなかった。過去の自分を省みていると、恥ずかしくなってくる。


 正也の話をきいていると、正也は中学生のころから、同年代には似つかない達観した考えをもっていたようだ。

 やっぱり、惚れそうになる。


 ──わたしの想いは、正也先輩にはとどかないだろうけど


 好きだという想いは、消し去ることができない。


 世梨香が、正也に家族のことを問いかける。正也の口から出てくる話に、弓友兄妹の両親がふつうの親ではないことを、世梨香はそのときにはじめて知った。


 音楽家の両親──「孤高のサムライ」と称されたバイオリニストの父に、「月姫」と呼ばれたクラヴィーアの天才である母。


 世梨香が驚嘆する。


「すごいじゃないですか、先輩!」

「俺がすごいわけじゃないよ」


 うぬぼれることのない正也の謙虚な言葉に、恋心が募ってゆく。


 萌美は、ひょっとしてと思いながら、自分が考えていたことを正也にふってみる。


「正也先輩は、やっぱりバイオリンも?」

「弾くよ」


 当然だというように、正也は答えた。


「俺は、バイオリンがメインなんだ」


 なんといっても「孤高のサムライ」の息子なのだ。バイオリンを演奏できるのは当たり前だといっても、全然おかしくはない。


 ちなみに、ルミもバイオリンを練習している。この少女も、正也ほどではないにしても、かなりの実力を備えている。


 さらに、ルミはオルガンを弾くことを、萌美と世梨香は知らされる。ルミの家にはオーダーメイドのオルガンがあり、その音は電子的に作られたのが残念だが、足鍵盤はもちろんストップの構造も備わっている。


 萌美と世梨香は、話をきけばきくほど、知られざる弓友一家に驚かされる。


 正也は、ぬぼーっとした顔で、ふと思う。


 ──きょうは、よくしゃべったな


 自分に関することを、他人にこれほど話したのは久しぶりだ。

 そろそろ話題を変えようと思った正也は、ここへきた本来の目的へ彼女たちを軌道修正する。


「次は、どこを見るんだ?」


 その後、乙女三人組は文化祭を思う存分堪能し、帰るときには疲れてふらふらになった正也を、ルミが引っぱって行くのだった。



 足早に日々は過ぎ、早弥香がコンクール世界大会に挑む日が、目前に迫ってくる。




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