battle4 コーヒー牛乳vsフルーツ牛乳(前編)
ここは、空振町一丁目の住宅街。
夕方、暮れなずむ時間帯。
二階建ての一戸建ての俺ん家の玄関先から、のんびりとした少女の声が聞こえてくる。
「あおいちゃ~ん、一緒にお風呂入ろ~」
のっけからドキッとする事言いなさんな。近所の人が聞いたらどうすんだ。
俺は二階の自分の部屋の窓から身を乗り出して、玄関口を見下ろす。
そこにはパンダ耳のような2つのお団子。丸顔たれ目のぽっちゃり娘。
ウチのお隣さんで俺の幼なじみの黒田真白がにこにこしながら立っている。
手提げバックからヘチマのたわしが顔を出している。おそらく銭湯に行く準備だな。
あ、こっちに気付きやがった。
「お~い、あおいちゃ~ん。一緒にお風呂入ろ~」
「こら! それを言うなら、『一緒に銭湯に行こう』だ。人聞きが悪いぞ!」
「ん~? あ、そっか。ごめんごめ~ん」
全然悪びれてないな、まったく。
「どうした? また、風呂釜でも壊れたのか?」
「うん。ボイラーの調子が悪くって~。あと、たまには大きいお風呂に入りたいな~と思って」
「親父さんとおふくろさんは? 一緒じゃないのか?」
「お父さんは仕事が忙しいから帰って来ないみたい。お母さんは寄り合いがあるから、水シャワーですますんだって~」
真白の親父さんは刑事だから、ちょくちょく家を空けがちだもんな。
7月とはいえ豪快だな、真白のおふくろさん。
「うちのお母さんが、あおいちゃんと一緒なら銭湯に行って良いって~」
「どういう理屈だよ」
「わたしは可愛い女の子だから、一人じゃ危ないんだって~」
そういう事は自分で言うなよ。
たしかに、夜道の女性の独り歩きは危険だとは思うけど。
好みは分かれるかもしれないが、可愛い女の子っていうのもまあ否定はしない。
「あと、あおいちゃんは白馬の騎士様だから守ってもらいなさい、だって~」
そういう事は本人に言うなよ。
こいつ、言われた事をなぞってるだけだろうけど、こういうところがホント苦手なんだよなあ。
真白のおふくろさんも、なに勘違いしてるんだか。
だああああ、もう!
「はあ……。わかったわかった、俺も行くから。で、どこの風呂屋に行くつもりだ?」
「近いところだと、『紫湯』か『ディア風呂』だけど、どっちがい~い?」
『紫湯』は昔からある老舗の銭湯で、タイル張りの浴槽とサウナがある普通の銭湯だ。
『ディア風呂』は最近できたスーパー銭湯で、火傷するくらい湯が熱い。あと、日替わりで唐辛子風呂とかやってたりする。誰得だ?
「紫湯だな。仕度してくるからちょっと待ってろ」
「は~い」
*
そんなこんなで、俺たちがやって来たのは『紫湯』。
風情のある古い外観、煙突がある屋根、大きな濃い紫色ののれん。まさに、昔ながらのザ・銭湯って感じだ。
入り口には『わ』板がかけてある。店休日じゃなくてよかったな。
「俺の方が上がるのは早いと思うけど、気にしないでゆっくり入って来ていいからな」
「うん、ありがと~。また後でね~」
俺たちは、男湯と女湯に別れて入る。
すると。
「いらっしゃ……あら、赤井くん。こっちは黒田さんも」
「あ~、ゆかりんだ~」
「!」
昔ながらの番台に鎮座するのは、三つ編みかっちりメガネの少女。俺たちのクラスの学級委員長、紫藤ゆかり。
「何で、委員長がこんなところに!?」
「なんでって、ここはウチが経営している銭湯よ。知らなかった?」
「そ~なの?」
「マジかよ」
たしかに、店の名前は『紫湯』だけど、まさか委員長の実家だったとは。
「今日はウチのおばあちゃんもお母さんも留守だから、代わりに私が番台をやってるのよ」
どうやら、紫湯では番台は女性がするものらしく、紫藤家の男性陣はボイラーの調整などをやってるらしい。
かま焚きは重労働だし、番台に男が座ってたら女性が入りにくくなるからだろうけど、男の夢が果たせないのはちょっと不憫だな。
って、そうなると俺も委員長に裸を見られるって事か!?
委員長は、俺の不安を察してか。
「心配いらないわ。私、男の裸なら見慣れてるので」
なんだ、その淫乱ビッチなセリフは。
ドクター◯ックスか?
「男性経験も無いのに、裸だけ見慣れてるってのも滑稽だけどね。アレの時に初々しい態度が取れなかったらどうしようかしら」
はふうと、アンニュイなため息をつく委員長。
女性が番台するのも大変なのは分かるが、ぶっちゃけすぎだろ。
真白も顔を真っ赤にしてるみたいだな。番台の向こう側から湯気がぽっぽと沸いてるぞ。
「でも、ちょうど良かったわ。赤井くん、あの2人の面倒を見てもらえない?」
「あの2人?」
嫌な予感を覚えながら脱衣場を見ると、見知った2人の巨漢がマッサージチェアに座って頭を殴られていた。
ポカポカポカポカ!
「がっはっはっ! なんのこれしき、オレっちの石頭にゃ通用しねえぞ!」
ポカポカポカポカ!
「ふっ、貴様が石ならボクの頭は金剛石だ。この程度ではビクともしないな!」
ポカポカポカポカ、ポカポカポカポカ!
「……何やってんだ、お前ら」
「おっ、ブル! こんなところで会うとは土偶だな!」
奇遇だろ。
案の定、アホな事をしていたのは俺のクラスメイト、短髪ゴリマッチョの黄村公英とイケメン細マッチョの緑野葉矢斗。
江戸っ子みたいに口が悪いのが黄村で、王子みたいに尊大な口調なのが緑野。
二人とも、パンツ一丁で元気なもんだ。
「ちょっと意見が食い違ったのでな、勝負をしていたところさ」
「そうだな、一つブルにも意見を聞きてえ」
「意見って?」
「風呂上がりに飲むのは、『コーヒー牛乳』一択だよな!」
「何を言うか! 『フルーツ牛乳』に決まっているだろう!」
「はあ?」
今度は『コーヒー牛乳vsフルーツ牛乳』かよ?
また、しょうもない事でケンカしてんなあ。
「「しょうもなくなんかねえぞ!(ないぞ!)」」
また、息ぴったりな。
ああ、『ブル』ってのは俺のあだ名ね。
「風呂上がりに飲むのは、コーヒー牛乳が一番! コクのある牛乳と深みのあるコーヒー! この上ない甘さが五臓六腑に染み渡るぜえ!」
「何を言うか! 火照った心と体を癒すのは、爽やかなフルーツ牛乳をおいて他にはあるまい!」
番台の委員長の顔をみると、あきらめたように首を振って返してくる。
本当こいつら、しょうこりも無くよくやるな。
「ブル! お前は風呂あがりにはコーヒー牛乳だよな!」
「否! ブルさんは、フルーツ牛乳に決まってるだろう!」
がるるるると咆哮を上げながら、2m近い半裸の巨漢たちが迫ってくる。
そこへ『ケロロン』と書いてある黄色い桶がヒュンッと飛んで来て、カポーンと黄村の頭に直撃した。
「痛ってえ! 紫藤、何しやがる!」
「脱衣場で騒がない! 他のお客様の迷惑よ!」
「うがっ……」
番台の注意に、がさつな黄村も言い返せない。
まあ、ごもっともな指摘だからしょうがないが。
あい変わらず、委員長は黄村に厳しいな。2人が同中とは聞いているが、なんか因縁でもあるのかね?
『キミたんもハヤとんもケンカはやめて~』
ほれ、真白のやつも壁の向こうから心配そうな声を上げてるぞ。
「ん? ブル、黒田も来てんのか?」
「ああ、真白に付き合わされて一緒に来たが、それがどうした?」
「嫁同伴かよ、夫婦じゃねえか」
誰が嫁だ。
「『神田川』の世界だな……」
今どき『かぐや姫』を知ってる高校生はなかなかいないぞ、緑野。
「ふーん、じゃあ向こうの脱衣場には、黒田がいんだな? おい、紫藤! 黒田の生着替えを実況してくれよ!」
「おいおい」
冗談めかして言う黄村。また委員長から風呂桶を食らいたいのか?
しかし。
「今ちょうどショーツに手をかけてる所よ。うらやましいくらい真っ白なもち肌ね。体型的には土偶みたいだけど、これくらいぽちゃぽちゃの方が男好きするのかも。あと、泣く子も黙るロケットおっぱいだわ。乳首の色は……」
『うや~、ゆかりん言わないで~』
「委員長、そのくらいでやめてあげてくれまいか」
「なに、緑野くん。やっぱりあなたも巨乳派だったって言うの?」
「いや、黒田さんにも悪いが、それ以上にブルさんが出血多量で死にそうだ」
ドクドクドク……。
「あら、赤井くんの鼻血でウチの銭湯が『別府温泉・血の池地獄』になりそうだわ」
『え~、あおいちゃん!? しっかりして~』
「がっはっは! いくら自分が貧乳だからって、まさか本当に実況っちまうとはなあ!」
ヒュンッ! カッポーン!