battle3 ジャイアンツvsタイガース(中編)
「黄村くん、それ以上の反論は……」
言いかける委員長を、スッと片手で制する緑野。
「たしかに阪神は弱かった。あの頃はひたすら闇の中をもがいていた……。しかし! それでも見捨てず応援し続けるのが真のファン! 強いというだけでひいきにするのなら、毎年応援するチームが変わってしまうではないか!」
「うっ、ぐぬうっ……!」
おっ、ディスりを逆手に取ってのセンター返し。
インコースの球を、肘をたたんで上手くさばいたって感じだな。
「味方へのヤジも、愛ゆえのムチ! 弱い時期があるからこそ、応援に熱も入るというものだろう?」
「……いや! 巨人は常に強くねえといけねえ。そうじゃないと野球界が盛り上がらねえだろうが!」
「はっはっは、語るに落ちたぞ! すなわち、巨人は他チームにはだかる悪役ポジションという事を認めたということだな!」
「なんだとお!」
「はいはい、ケンカはダメよ。勝負はプレゼンでつけて下さい」
ここで、すかさず委員長がストップをかける。
さすが討論となると、理論派の緑野の方が黄村よりも一枚上手だな。
「以上! ボクの話に心動かされた者たちよ、これで君もタイガーだ!」
『グゥーレイトォ♡♡』
古っ!
ケ◯ッグコーンフロストかよ。
お前ら、揃いもそろって懐かしいCM知ってんなあ。
さて、一見緑野のタイガースの方が優勢にも思えるが、しかし……。
「赤井くん、審判をお願いできる?」
「何で? 観客がいるのに、多数決を取らないのか?」
「それは一番最後。一回の攻防が終わったから、とりあえずね」
まさか九回までやるつもりか? 日が暮れちまうぞ。
俺は頭をボリボリかきながら、わざと面倒くさそうに。
「しょうがねーなあ……。そもそも、お前らなんでそれぞれのチームのファンになったんだ?」
「ああ、オレっちん家は昔から家族全員ジャイアンツファンだからな。テレビで流れてるのは巨人戦ばっかだったし」
「ボクは母親が宝塚の出身だから、タイガースに縁があるのさ」
宝塚? 兵庫県宝塚市の事か?
なるほど、黄村が巨人で緑野が阪神ファンなのは違和感があったが、いちおう合点は行った。
まあ、答えは最初から決まってるんだが。
「ドロー!」
「「なんでだっ!?」」
「いや、俺ホークスファンだし、どっちか選べってもなあ」
「ブル! あんな金満球団のどこが良いんでえ!? ブルのブルは『ブルジョア』のブルか!?」
「あ゛ぁん?」
「っと、すまねえ……」
失礼な。言っとくけど、それ黄村にそのままブーメランだからな。
あと、『ブル』ってのは俺のあだ名ね。
「ふーん、ホークスか。ブルさんにしちゃ無難なところだな」
「どういう意味だよ? だいたい、地元に球団があるのに、わざわざ他所のチームを応援する方がおかしいだろ。ドーム球場も車で行ける距離にあるってのに。なあ、真白」
俺は、晩飯の事を考えながらぽややんとしている真白に話を振る。
「んん? ごめ~ん。夕ごはんの事を考えてたら話を聞いてなかった」
だろうな。
「俺たち、けっこうドーム球場に行ってるぞって話だよ」
「ああ~。うん、野球ならあおいちゃん家とウチで、昔から良く見に行ってるよ~。球場のアイスは高いから、二人で分けっこして食べたりしてね」
「それは違うぞ。お前はいつも自分の分を食った上で、俺のを半分強奪してんじゃないか」
「あれ~、そだっけ? えへへ。ごめんね~」
ふにゃっとマシュマロみたいな笑顔でごまかす真白。まあ、別に気にしてないからいいけどさ。
そして、なぜか教室に広がる生ぬるい空気。
なんだお前ら? その『家族ぐるみの付き合いかよ、お安くないな』みたいな顔しやがって。
『もう、早く結納を済ませちゃえよ』だって? 勘違いするなよ、俺たちはまだそんな間柄じゃないぞ。
「ふむ。ということは、黒田さんもホークスファンだったりするんだな」
「?」
「いや、『?』じゃなくて」
すまん、緑野。そいつはドームにうまいもんを食いに行ってるだけだ。
ああ、ついでだからこっちも聞いとくか。
「委員長もそうとう野球好きなんだろ? ちなみにどこファンだ?」
「わ、私? 私は……、ゴ、ゴールデンイーグルスよ」
なぜか、キョドりながら委員長は答える。
東北を拠点にしてるチームか、この辺じゃ珍しいな。委員長のことだから、いぶし銀なカープあたりのイメージだったけど。
「モウ、ガマンできない!!」
やにわ声を上げる黄村にクラスの注目が集まる。
お前は、ケロッ◯コンボの方かよ。
懐かしいが、わさわざゴリラに寄せなくてもいいんだぞ?
「ブル! 引き分けじゃあ納得いかねえ! はっきり勝ち負けをつけてくれ!」
「んじゃ、緑野ウィン」
「なんでじゃーっ!」
自分が勝ち負けつけろって言ったくせに。
「強いて言うなら、俺アンチ巨人なんだよ。他チームから主力を獲りまくるばっかじゃ、プロ野球自体がつまんなくなるだろ?」
「うがっ!」
「はっはっはっ! 生え抜きを育てられないくせに、周りを相対的に弱くしようなど言語道断! そのくせ、獲得した選手は飼い殺し! ジャイアンツは墓場か何かか?」
「おいおい、それは言い過ぎ……」
「何言ってやがる! 最近じゃあ、阪神も広島から戦力を漁獲りまくってるだろうがぁ!」
「それは認めよう。だが、それでも巨人よりはマシだ。断然マシだ!」
「んだとおっ! 闘んのか、コノ野郎ーっ!」
「ふっ、かかって来たまえ!」
あーあ。ついにというか、なんというか。
俺は、拳を交わそうとする黄緑コンビの間に割って入ると、素早くしゃがんでジャッキー・チェンばりの回転足払いをしかける。
パシパシッ!
「「うおっ!?」」
バランスを崩す二人。さらに緑野の両足をひっ掴むと。
ブオンッ! ドゴォッ!!
「「ぐわあーーーっ!!」」
野球のスイングのように振り回し、黄村に叩きつけてぶっ飛ばした。
まったく。
「せっかくクラスメイトに集まってもらってるのに、ケンカすんなよな!」
「さすが、赤井くん。やはりアクション俳優の事務所からスカウトされるだけの事はあるわね」
いつも思うけど、どこから情報を仕入れてるんだ、委員長?
「それは偽情報だな。俺はアクション俳優の事務所から声をかけられた事はないぞ」
「え、そうなの? 赤井くんなら十分ありうると思ってたんだけど」
「ジャ◯ーズならあるけどな。芸能界に興味ねーから断ったけど」
「芸能事務所にスカウトされたのは本当なのね」
「二人とも大丈夫~?」
ダメージを受けて倒れ伏す黄緑コンビに、真白はぽよぽよ走りよって助け起こす。
「ううう……。すまねえ、黒田」
「ありがとう、黒田さん……」
「も~、二人ともケンカしちゃだめだよ~」
真白のとりなしに、毒気を抜かれた様子の黄村と緑野。
さすが、ゆるキャラ。あいかわらずの仲裁上手だな。
「じゃあね~、進撃の巨人さんと阪神さんが仲良くなれるように、わたしが良いアイディア出してあげるね~」
来たよ、真白の『みんなしあわせ大作戦』。
巨人、阪神にさん付けすると大御所漫才コンビ感が半端ないな。
あと、『進撃の』はいらない。
真白はう~んと考え、ぽむと手を打つ。
「巨人さんの応援歌『闘魂込めて』と~、阪神さんの『六甲おろし』は同じ人が作ったって知ってる~?」
へえ。スポーツ音痴の真白にしては、良いアプローチだな。
「おう! 知ってるぞ。野球ファンなら有名な話だからな。妙なところで阪神なんざと共通点を持つハメになっちまったが」
「それは、こっちのセリフだ!」
「じゃあ~、試合をするのをやめたらどうかな~」
「「はあ!?」」
また、身もフタもない事を。
黄緑コンビも当然のリアクションだ。
「勝ち負けをつけようとするから、ケンカになるんだよ~? 歌を作った人もおんなじなんだし、いっそ試合しない方がいいんじゃないかな~」
「いや、野球ってそういうもんだぞ?」
「オーナーが一緒って訳でもないし、そもそも野球チームの存在意義が……」
「だめ~? じゃあ~」
真白はまた、ぽむと手を打つと。
「チームを合併したらどうかな~?」
ピクッっと、委員長のこめかみに青筋が走ったような気がしたが、気のせいか?
「全員同じチームに入ってもらって~、チーム名は『オール阪神巨人ジャイアントタイガース』はどうかな~?」
「「そ、それは、ちょっと……」」
さすがにおよび腰の黄緑コンビ。
とりあえず、吉◯興業と師匠たちに謝っとこうか。
「あと~、昔はプロ野球チームって10チームしか無かったんだって~」
「そんな時代もあったかもしれねえが、だいぶ昔の話じゃねえんか?」
「うん。昔は『レールウェイズ』とか、『フーズフーズ』っていうなかよし連合チームがあったんだって~」
「黒田さんは一体、何の話をしているんだ?」
すまん、緑野。それは野球ゲームの話だ。しかも初代の。
「あと、ナ◯コスターズってチームがあって~、『ぴの』って選手はすごく足が速いんだって~」
「「ファミ◯タじゃねーか!!」」
「『ぴの』の話してたら、ピ◯食べたくなっちゃった~。購買に行って来ま~す」
「「おいおいっ!」」
ぴゅーんと、『ぴの』のようなスピードで教室を飛び出す真白。
本当に食いもんがかかると素早いな、あいつ。
まあ、ホームルームの時間はとっくに過ぎてるから良いけど、黄村も緑野もポカンとしてるぞ。
気ままな奴だなあ、まったく。
「うううう……」
突如、もの悲しげなうなり声が教室に響く。
見れば、委員長がうつむき、わなわなと肩を震わせていた。
「うわ、どうした委員長?」
「き…………、ず…………」
「きず? 傷か? どこか痛むのか?」
「違う……」
ぶわあっ!
『!?』
その瞬間、俺たちは衝撃の光景を目の当たりにする。
委員長は人目をはばからず、滝のような涙を流してこう叫んだ。
「近鉄バファロォォォーーズゥゥゥッッッ!!」