battle3 ジャイアンツvsタイガース(前編)
ここは、空振高校。生徒たちがぞろぞろ登校する朝の時間帯。
~♪ ~♪ ~♪
俺はひいきチームの応援歌、『いざゆけ若鷹軍団』のテーマを口ずさむ。
「昨日のテレビ中継は、乱打戦でなかなか面白かったなあ」
俺は手に何も持たずに野球の素振りをしつつ、我が教室2-Aの門戸をくぐる。
すると。
「オレっちの、ファイヤーサンダーストロング魔球でぇ、てめえのどてっ腹に風穴空けたらあっ!」
「はっはっはっは! ボクの華麗なる打棒で、貴様の不様な顔面を吹き飛ばしてやろうではないか!」
クラスメイトの黄村と緑野が、紙をセロハンテープで固めたボールとバットに見立てた定規で、野球をしながら物騒な事を言っていた。
朝から元気な中坊か。
「死にやがれぇーっ!」
すると、ゴリマッチョの黄村が投げたボールが、なぜか俺に向かって飛んで来た。マジかよ。
「ちょっと借りるぞ」
俺は近くのモブ級友から定規を借りると、一本足打法で打ち返す。
「どりゃあーっ!」
バシッ!!
ドガガガガガガドゴゴゴガガンッ!
「ぐわあああああっ!?」
「うわあああああっ!?」
『わあああああーーーっ!?』
俺が打ち返した球がピンボールのように教室内を跳ねまくり、他のクラスメイト達にも被害が及んだようだが、ようやく騒動が終結した。
「お前ら、野球のマネ事なら外でやれ! 周りの迷惑を考えろよ!」
『「「お前が言うな!」」』
「……で、今度のケンカの原因は何?」
またしても、学級委員長の紫藤ゆかりに凄まれる黄村と緑野。2人並んで教壇の前でしょんぼり正座をさせられる。
この光景も、だいぶお馴染みだな。
「こいつが、ジャイアンツの事をバカにしやがったからだ!」
「もとはと言えば、貴様がタイガースを愚弄したからではないか!」
「「…………は?」」
ジャイアンツとタイガースって、プロ野球チームの事か?
「なーんだ、また下らない事でケンカしてんなあ」
「「「下らなくなんてねえぞ(ないぞ)(ないわ)!!」」」
おお、息ピッタリだ。
ん? 今、委員長も混ざってなかったか?
俺と黄村と緑野に注目され、はっと気づいた委員長は恥ずかしそうに咳払いをする。
「こほん。自分が愛するチームをバカにされたら、それはそれは怒るわよね」
「そのとおりだ。オレっちは今、猛烈に憤慨している!」
「はっ! ならばボクの怒りは、蒼天を駆ける日輪のように燃え盛っているさ!」
黄村のセリフは『巨人の星』のパクリか。
緑野はタイガースの応援歌をもじってるな。
「伝統あるジャイアンツこそが、球界の盟主! 長年、野球界に貢献してきた実績を考えるなら、ジャイアンツが一番に決まってんじゃねえか!」
「何を言う! 歴史ならタイガースもひけを取らん! 東京ではなく、関西から野球界を盛り立てて来た功績は大きく讃えられるべきだろう!」
なるほど。黄村は巨人ファンで、緑野は阪神ファンだったのか。イメージでいうと逆だけどな。
「てめえ、テレビ放送もあってないチームを応援して何が楽しい?」
「ふっ、何を今さら? 今は地上波だけでなく、BSや衛星中継があるだろうに」
「BSって何だ? 吉◯家の牛丼が食えなくなるやつか?」
そりゃ、BSE(狂牛病)だろ。
BS放送を知らんくせに妙な事知ってんな?
「はっはっはっ、それで野球ファンを名乗るとはおこがましいわ!」
「んだとおっ!」
キーン、コーン、カーン、コーン。
お、予鈴が鳴っちゃったな。
委員長は、うががるると睨み合う黄緑コンビに制止をかける。
「二人とも待って。これは世界を揺るがす重大な案件よ」
そんな大げさな。
「帰りのホームルームの議題に上げて、じっくりと皆の意見を聞いてみましょう」
*
あっという間に帰りのホームルーム。
「という訳で、第1回チキチキ『野球グラウンドの中心で愛を叫ぶ』。司会進行は私、紫藤ゆかりとアシスタントは赤井青くんでお送りするわ」
なんで俺。
「なあ、委員長。ツッコミどころが多すぎて、何から訊いていいか分からないけど」
「シャラップ! あなたの発言を拒否します」
「皆の意見を聞くんじゃないのか」
俺の意見も聞け。
今日の委員長はやけにノリノリだな。いつもよりヤバい感じがするぞ。
「あおいちゃん、いいじゃない。こ~んな楽しそうなゆかりんを見るのは久しぶりだね~」
俺の心配をよそにのほほんと声を上げるのは、教壇の目の前に座る俺の幼なじみ、黒田真白。
にこにこと、左右に揺れるお団子頭。
ぽちゃっとした丸顔に両手で頬杖をついて、るんるんと大きなタレ目を輝かせている。
「こ~んなゆかりんは、わたしに男の人同士がイチャイチャしてる本を見せてくれた時以来だね~」
お前、真白になんて事を吹き込んでやがる。
俺がジロリとにらむと、委員長はぷいすっと顔を背ける。
まったく、油断もスキもない奴だ。
「ウーーーッ(サイレンの音マネ)。それでは一回表の攻撃、ジャイアンツ代表の黄村くん、お願いします」
「おっしゃらあ! オレっちの熱いプレゼントで、メークミラクルを起こしてやるぜえ!」
『うおーーーーーっ!!』
丸太のような腕をぶん回し、教壇に登る巨漢は黄村公英。うちのクラスの二大パワーの1人。
ジャイアンツ出身の野球選手で例えるなら、2-Aの『ゴジラ松井』ってとこかな。
あと、メークミラクルは負けてる奴が言う言葉だぞ?
そして、野太い声援をあげるのは、黄村を支持する男子軍団。
相変わらず野郎にだけは人気があるなあ。
「まず、ジャイアンツは戦前から続く、全12球団で一番歴史が長い球団だ。メジャーリーグとの招待試合で、あのベーブ・ルースを打ち取った『沢村栄治』を初めとして、野球の神様『川上哲治』、ミスタージャイアンツ『長嶋茂雄』、世界のホームラン王『王貞治』など、数々の名選手を生み出してんだ」
この辺は俺でも知ってる。伝説の選手たちだもんな。
「そして、特にすげえのがV9! ペナントレースと日本シリーズ、両方とも9回連続優勝したチームは他にはいねえ!」
確かに、今後もこの記録を塗り替えられることはまずないだろうな。
「近年になっても、若大将『原辰徳』、不死鳥『桑田真澄』、ゴジラこと『松井秀喜』、雑草魂『上原浩治』とか、名選手がボコボコいるぞ!」
ふーん、こうやって並べて見ると、ビッグネームが目白押しだな。さすがジャイアンツだ。
「だがっ! 何といっても、一番すげえのはストイックに強さを追求してるところだ! 常勝を義務づけられているだけに、勝ちへのこだわりは凄まじいものがあるぜえ!」
「だからといって、『江川事件』やFAで他チームの主力を引き抜きまくるのは見苦しいと思うがな」
「うぐっ……」
緑野のビーンボールが、黄村の内角をえぐる。
さすがの巨人ファンも、ジャイアンツのダーティな部分については思うところがあるみたいだな。
もともと、黄村は一本気な奴だし。
「それに、常勝球団を標榜してる割に、ここ数年は日本シリーズにも出てないだろう」
「ぐぬぬぬぬ……っ!」
「はい、ストップ! 緑野くんは裏の攻撃を控えてますので、ヤジを飛ばすのは止めて下さい」
ここで委員長の制止が入る。ほどほどで止めないとまたケンカになるもんな。
真白なんか、はらはらした顔でこっちを見てるし。
「ま、それはともかく! 我が巨人軍は永久に不滅です! つう訳で、オレっちの弁舌は終わりでい!!」
『うおーーーーっ!!』
パチパチパチと野郎どもから拍手が上がる。
最後に長嶋さんの引退スピーチをぶっ込んできたか。
長引かせずにインパクトで終わるのが、黄村のプレゼンの特長だな。
「テテレテッテテー(メジャーリーグのなんかの曲のマネ)」
ノリノリだな。
「それでは、一回の裏の攻撃。タイガース代表の緑野くん。意見をどうぞ」
「ふははははっ! 虎の語り部、緑野葉矢斗! ボクの阪神愛で君たちをタイガース色に染めてやるぞ!」
『キャーーーーーッ♡♡』
教壇に登場する長身のイケメン、ツインタワーのもう1人である緑野。
阪神出身の選手で例えるなら、2-Aの『新庄剛志(SHINJO)』ってとこかな。大げさで目立つ男だし。
そして黄色い声を上げるのは、緑野を応援する女子たち。
相変わらずモテモテだなあ。うらやまし……くはないぞ。
「タイガースは日本プロ野球発足時にジャイアンツに対抗して関西で生まれた、こちらも戦前から続く歴史ある球団だ。物干し竿バットの『藤村富美男』、巨人キラー『村山実』、不動の四番『掛布雅之』と、連綿と続くミスタータイガースの系譜は、今もなお燦然と輝いているぞ!」
なるほど。ということは、2番目の古参チームって事になるのかな?
でも、掛布はいいとして、あとの二人は古すぎてピンと来ないな。
「特に魅力的なのは、粗削りな戦いぶりだ! バース・掛布・岡田のバックスクリーン三連発! 『江夏豊』のオールスター9連続三振! お上品ぶった巨人に、そんな破天荒な伝説はないだろう?」
おー、爽やかイケメン緑野らしからぬセリフ。
こいつにこんな熱い所があるとはな。
「まあ、粗削りなのが魅力なのは認めるが、暗黒時代の15年間で最下位10回は粗すぎねえか?」
「むっ!」
黄村のフルスイングが、ジャストミートでクリーンヒット。
昔の阪神が弱かったのは聞いたことがあるが、相当だったみたいだな。
2連勝しただけで、破竹の勢いとか言って盛り上がっていたらしいし(笑)。
「それに、味方をヤジったり、優勝したら道頓堀にダイブして、カーネルサンダースを投げ込むような迷惑なファンはいただけねえよな」
「むむむむっ!」
「そこ行くと、『巨人軍は紳士たれ』。我々ジャイアンツは選手もファンも紳士の集まりだからな」
「はっ、何が紳士だ。ゴリラのくせによく言うぞ!」
「そうか? オレっちは皆から『森の紳士』と呼ばれているが」
「「ゴリラじゃねーか!!」」
思わず俺までツッコんじゃったぜ。




