battle2 つぶあんvsこしあん(後編)
のほほんと現れたのは、皆が見知った1人の少女。
左右に揺れるお団子頭、少したれ目のぱっちり瞳。
むちむちボディは幸せの象徴。
黒田真白が、白いビニールのレジ袋を持って現れた。
「おお、ちょうど良いところに帰って来た。お前もこっち来いよ」
「なあに~、あおいちゃん?」
ぽよぽよ歩いて近づいてくる真白。
「あおいちゃんはやめろって言ってるだろ」
赤井青という、どっちやねんってツッコミどころ満載の名前だし、『あおい』って響きが女みたいで嫌なんだよ。
そして何度言っても、お前は『あおいちゃん』呼びをやめないし。
俺は真白の、こういう無遠慮なところも苦手なんだよな。
真白は黄村と緑野の顔を見比べると。
「あ~、またキミたんとハヤとんがケンカしてるんでしょ~」
「そのとおりよ」
黄村と緑野は照れくさそうに頭をかく。
真白が持つ雰囲気のせいか、さっきまでいがみ合っていた2人も、不思議と表情が柔らいでいる。
あいつはそこにいるだけで気分が和むんだよなあ。
愛玩動物みたいだしな。
俺と委員長はかいつまんで、現状を真白に説明する。
「え~、つぶあんとこしあんでケンカしてるの~? どっちも美味しいのに~」
「いや、うめえのは分かんだけど、どっちが好きかって話でな」
「ボクはつぶあんは受け付けないがな」
「んだと、この野郎!」
「何だ、やるというのか?」
「はいはい。という訳で、黒田さんが買ってきたパンの中身を見せてもらえないかしら?」
「いいよ~」
真白は、白いビニール袋の中からパンを取り出す。
フォルムは一見あんパン風。だが、表面にゴマがふってない。
「これは?」
「クリームパンだよ~」
「カスタードかあ」
これじゃあ勝負にならないな。
「あ。でもこれは、中にカスタードとホイップクリームが入った、新商品のWクリームパンだって~。美味しそうでしょ~」
「ふーん、確かにうまそうだな」
「じゃあ、あとで半分こしてあげるね~。あと、こんなのもあるよ~」
真白は見た感じ、ホットドッグのようなパンを机の上に置く。
「一応聞くけど、これは何だ?」
「ホットドッグで~す」
「今度はマスタードかあ」
甘いのの次はしょっぱいパンか。これも勝負なしだな。
「あと~……」
「おいおい、お前昼メシ普通に食ってたよな。どんだけ食べるんだよ。太るぞ」
「失礼だな~。わたしもちゃんとカロリーの事は考えてるよ。はい、銀チョコ~」
「考えてるのは、摂取する方向になんだなあ」
「だって~。わたし食べないと、おっぱいから痩せちゃうから、維持しないとだもん」
ドキッとする事言いなさんな。ほら、クラスの男たちがお前の方を見てザワザワしてるぞ。
俺はさりげなく真白の前に立って、好奇の視線を遮ってやる。
真白の事は苦手だけど、幼なじみがそういう目で見られるのはなんか嫌だしな。
まったく、無防備な女だぜ。
「ふっ。ブルさん、鼻血が出ているぞ」
「おっと、これは失敬。はしたないところを」
「そうかーっ! 黒田の乳が太てえのは、日々の努力の賜物だったんだな! 感心感心、がははははっ!」
すると、委員長がピィーッ! と、ホイッスルを吹く。
「黄村くん、減点1」
「はあ!? なんでだ!」
「ほら、黒田さんを見てみなさいよ」
見ると、真白が顔と胸を手で覆って、いやいやしている。
なんか知らんけど、そのポーズめっちゃエロいぞ。
鼻血が止まらなくなるじゃないか。
「キミたんのエッチぃ~」
「この娘は恥ずかしがり屋なんだから、煽るような事を言っちゃダメでしょ」
「はあ? 元はといえば、黒田が言い出した事じゃねえか!」
「はーっはっは! さすがはキング・オブ・ガサツ。女性への配慮が足りない男だな! つぶあんなどという、野蛮な食べ物を好む訳だ」
「なんだとーっ! ぶっ飛ばすぞ、てめえ!」
「ふっ、とっととかかって来るが良かろう!」
黄緑コンビは、お互いにパンチを繰り出そうとする。
ガシッ!
だが、俺はその間に入り込み、両手でそれぞれの拳を受け止める。
ブンッ! ドガガッ!
そして、2人の腕をひねってやると、黄村と緑野は1回転して教室のフローリングに叩きつけられた。
「「ぐわあああああっ!」」
「いちいち、ケンカをするなよ。女の子も近くにいるのに危ないだろ」
「さすが、赤井くん。『プロレスラー相手にガチの腕相撲で10人抜きした男』と言われるだけはあるわね」
また、どこからそんな噂を聞いてくるんだ、委員長?
「それは、話が大きくなりすぎてるぞ。レスラー相手にガチでやって勝てるわけないだろ」
「あ、そうなの? 赤井くんなら、やりかねないと思ってたんだけど」
「あの時は試合の後だったから、みんな疲れてたんじゃないのかなあ」
「レスラー10人抜きは本当なのね」
「キミたん、ハヤとん、大丈夫~?」
黄緑コンビを心配して駆け寄る真白。2人の手を取って助け起こした。
「そんな事でケンカしないで~。つぶあんさんもこしあんさんも、2人が自分たちのために争ってるって知ったら、きっと悲しむよ~」
あんこに悲しむという感情があるかは別にして、真白は2人の心情に訴えかける。
「『みんなちがって、みんな良い』って言うでしょ~? だから、小倉あんは両方の良いとこどりをするために、こしあんの中に煮た小豆のつぶを入れてるんだよ~」
「ん? 小倉あんって、つぶあんの事じゃねえんかい?」
「うん。勘違いされがちだけど、小倉あんとつぶあんは別物だよ~。たぶん、つぶあんもこしあんも好きな人が、発明したんじゃないかな~」
へー、完全につぶあんの別名だと思ってたよ。食いもんに関してはさすがの知識だな。
「だが、ボクはその粒の感触が嫌なのだが……」
すると真白は、ぽむと手を打つ。
「そうだ~、Wクリーム!」
「は?」
「ちょっと待ってて~」
真白はダッシュで教室を出ていき、レジ袋を持ってダッシュで戻って来た。
レジ袋から、ドラ○もんが大好きなアレをおもむろに取り出す。
「真白、これは?」
「どら焼きで~す」
「そりゃ見たら分かるよ。どうすんのって聞いてんの」
「これにはつぶあんが入ってます。それをぱかんと割っていきま~す」
真白は器用にどら焼きを2枚におろす。
そして、おもむろに取り出したホイップクリーム……って、どっから持ってきたんだ、そんなもん。
それを割ったどら焼きのあんこの上に、むりむりむりと絞って、ぺたこんと挟みこんだ。
「は~い! 和洋折衷、ホイップドラ焼きかんせ~い!」
真白はそれを6等分に切り分け、しれっと自分の分を2切れ確保した。おいおい。
「さあ、みんな食べて食べて~、もぐもぐタ~イム!」
「お、うまい」
「私、これ好きよ」
「うめえうめえ」
「ハヤとんはどう?」
緑野も特製どら焼きにかぶりつく。
「うむ、ホイップクリームが口当たりを滑らかにしているおかげで、粒が気にならないな」
「でしょ~」
おおむね好評みたいだな。
まあ、あれだけクリームを入れたら、完全に別の食い物になってた気もするけど、野暮は言いっこなしで。
「わたしは食べ方によっても、好みは変わると思うんだ~。例えばお餅なら、かけて食べるならつぶあんで、中に入れるならこしあんの方が好き~」
場合によって好みが変わるか。お餅みたいな顔して良い事言うなあ。その頬っぺたつまみたくなるぜ。
「うや~、なんでほっぺたひっぱるの~」
気が付いたら俺は、真白のほっぺたを両手でもちもちと引っ張っていた。
「すまん、無意識でやってた。悪気はなかったんだ」
「そういうのは2人きりの時にやってよ~」
「分かった、次は気を付ける」
そこの3人、『次あるのかよ』って顔すんな。あるに決まってるじゃないか。
『もう、お前ら付き合っちゃえよ』って顔をするんじゃない。俺は真白の事が苦手なんだって。
「ま、まあ、言いたい事は良ーく分かった! おはぎなら断然つぶあんだが、赤福もうめえし、紅葉まんじゅうはやっぱりこしあんじゃねえとな!」
「確かに、言われて見ればそうかもしれないな」
俺もかき氷の宇治金時なら、つぶあんしか思い付かないしな。
「じゃあ~、同じあんこ好きという事で仲直りしよ~よ」
「そうだな! つぶあんとこしあん、形は違うが同じ小豆あんの仲間ということで!」
「道は違えど、志を共にする同士ということで!」
黄村と緑野はがっちり握手を交わす。
ここに、つぶあんこしあん戦争が終結した。
まあ、どっちが上かという決着は結局うやむやになったけど、これはこれで良かったのかな?
今回の結論:つぶあんとこしあん、どっちも美味いし、どっちが美味いかは食べ方にもよる。
「ふふふ、黒あんの内乱は終わったようね。なら、次は私の相手をしてもらいましょうか」
「次?」
「何の相手だ?」
ゴゴゴゴゴという書き文字が見えそうなオーラを纏いながら、委員長が黄村と緑野の前に立ちはだかる。
「白あんこそが、あんこの中の最高峰! 白あんを語らずしてあんこを語るなかれ! あなたたち、よくも白あんをハブにしてくれたわね。覚悟しなさい!」
「「えっ?」」
なんと、委員長は第三勢力の白あん派!
拳をペキペキならして、黄緑コンビに凄む委員長。
彼女が本気で敵対すれば、2人の理論など紙の装甲のようにペラペラに吹き飛ばされるはず。これはあせるぞ黄緑コンビ。
「あー、おめえさんと討論したいのは山々だが、ほら、もう昼休みも終わりだぜ」
「そ、そうだな。黒あんと白あん、共にその良さを語り合いたかったところなんだが……」
『みんなー、喜べー! 5限は自習だってー!』
『ヒャッホーイ!』
そこへ、クラスメイトから2人にとっての凶報がもたらされる。
顔を見合わせ冷や汗を垂らす、黄村と緑野。
委員長は眼鏡をくいくいっと上げて、端正な顔にアルカイックなスマイルを湛えながら。
「だそうよ? さあ、心ゆくまで語り合いましょうか」
「ブル、頼む! 助けてくれーっ!」
って、言われてもなあ。俺はどっちの味方もしてやれないぞ。
「だったら、俺も抹茶あんを愛する者として参戦させてもらおうかな」
「ブ……ブルさん、貴様もか……」
万策尽きて、ガックリと肩を落とす黄緑コンビ。
すると真白は、いいこと思い付いたとばかりにぽむと手を打ち。
「じゃあ、そのあんをみ~んな混ぜて、アルティメットあんを作っちゃお~」
「「「「それは絶対やっちゃダメ!」」」」