battle1 ビアンカvsフローラ(中編)
「古来より、主人公と幼なじみの異性は惹かれ合うものと決まってるだろ?」
「はあ!? 貴様は何を言っている。そんなご都合主義がまかり通ってたまるものか!」
「なんだと、コラ! 幼なじみ同士はくっつくもんだろうがっ! 幼なじみが幸せにならない、そんな物語は俺は認めんぞーっ!」
「貴様、私情が入りすぎだぞ!」
なぜか、委員長と黄村は俺を見ながらニヤニヤしている。
「お前ら、何がおかしい?」
「いや、だって、その……ねえ?」
「なあ?」
「なんだ? 煮えきらない奴らだな。俺ははっきりしないのが一番嫌いなんだよっ!」
その時、ガラガラガラーっと入口の扉が開く。
「あれ~、あおいちゃん? 大きな声なんか出してどうしたの~?」
間のびしたアニメ声に皆が目を向けると、そこには皆が見知った少女の姿。
左右のお団子頭、丸顔に大きな瞳、でもタレ目。
だが、それがなんとも言えない愛嬌を醸し出すチャームポイント。
そして、目を引く肉付きの良い体型。
ムチムチだけどデブと言うには失礼な、絶妙なバランスで形作られたぽっちゃり娘、黒田真白がそこにいた。
「真白……。お前、帰ったんじゃなかったのか?」
「ううん。校内をぷらぷらしてただけだよ~。それより、さっきはなに怒ってたの~?」
「別に。怒ってなんかないぞ」
真白は無遠慮に顔を覗き込んでくるので、俺はぷいっと目をそむける。
「え~、すっごい声出してたじゃない。怒ったら色男が台無しだよ~。そんなだから『怒れる闘牛』なんて、へんてこりんなアダ名を付けられちゃうんだよ~」
「へんてこりん言うなよ、俺はけっこう気に入ってるんだから」
赤井青なんていう、トチ狂ったような自分の名前よりはよっぽどな。
「翼をさずける~」
「やめなさいっての」
真白は回りを見渡すと、委員長と黄村と緑野の姿をみとめる。
「ゆかりん、もしかしてまた2人がケンカしてたの~?」
「見てのとおりよ」
真白の問いかけに、少しげんなりした様子の委員長が答え、黄村と緑野はバツの悪そうな表情を見せる。
「も~、キミたんもハヤとんもしょうがないな~」
真白は、るりるりら~っとブレザーのスカートをヒラヒラくるくる踊りながら、俺の隣にやって来た。
「じゃあ~、わたしたちがみ~んな幸せになる方法を探してあげるね~」
あーあ、また始まったよ、こいつの『みんなしあわせ大作戦』。
誰かが不幸になる事を好まない真白は、どんな手段を使ってでも、皆が幸せになる方法をしぼり出そうとする。
そうして、いつもとんでもない方向に突っ走ってしまい、結局話がまとまらない。
それが、『一気呵成』をモットーとする俺が、こいつを苦手にしている理由の1つなんだよな。
例えばこの前、犬派か猫派でクラスを割っての大論争が起こった際に、真白が黒板に描いたイラストが、猫耳でしっぽが犬、性格はさみしいと死んじゃうウサギさんという獣人娘。
神絵師と言われてもいい出来映えに、萌えーっの喝采を受けながら戦いは収束したが、言わせてもらえば、それは犬でも猫でも何でもないし、犬猫論争の根本的な解決にはなってない。
ていうか、わたしたちがって、勝手に俺まで巻き込むなよ。
「で、2人は何でケンカしてたの~?」
しょうがないので、俺と委員長は要点をかいつまんで、真白に説明する。
「ほうほう。1人の男の人を巡って、ビアンカさんとフローラさんで取り合いになっちゃったのか~。なるほど~」
すると真白は良いこと思いついたとばかりに、ぽむと手を打つ。
「じゃあ~。まずは、3人でパスポートを取ると良いよ~」
「パスポートって、海外旅行に行く時に使うあれか? なんでだ?」
「みんなでアフリカへ行って、マサイ族になるの~」
「ちょっと待て、いきなり意味が分からんぞ」
「マサイ族は一夫多妻制だから、ビアンカさんとフローラさん、同時にお嫁さんにできるよ。ハーレム最高、いえ~い」
「いえ~い、じゃないよ」
「「おおーっ!」」
おおーっじゃないよ、黄緑コンビ。ドラクエのキャラがアフリカに行くなんて、シュールすぎだろ。
「でも、黒田さん。それでビアンカやフローラは本当に幸せなのかしら」
「ん? だめかな~?」
「ダメじゃないけど、例えば黒田さんと別の女の子が、2人で赤井くんと結婚したとしたら、黒田さんはどう思う?」
「なんで、そこで俺の名前が出るんだよ?」
「例えばの話よ」
「そうだね~……あおいちゃんには、わたしだけを見て欲しいよ~」
そう言って、真白は瞳をうるうるさせる。
いや、そんなに感情移入しないでくれ。例えばの話だからな。
「あおいちゃ~ん、わたしを捨てないで~」
「うわ、しがみついてくんな! 例えばの話だって言ってんだろ!」
「はいはい、例えが悪かったわね。ごめんごめん」
「ぐすん。じゃあ、これは却下~」
別に泣くほどの事でもないだろうに、まったくこいつは。
「ブル、ずいぶん嬉しそうじゃねえか」
「なんだかニヤニヤしているな」
「は? 何言ってんだお前ら。俺は真白の事なんか何とも思ってないからな」
それを聞いて、含みのある笑顔を見せる黄村と緑野。
なんだよこいつら。俺はむしろ真白の事を苦手だと思ってるってのに。
ぐう~、ぐう~。なんだ? この音。
「おなかすいた~、もぐもぐタ~イム」
「お前の腹の音かよ」
最近の流行語を言いながら、真白はアルミの袋にくるまれた羊羮を取り出す。けっこう大きめのサイズだな。
それを切り分けてみんなで食うのかと思いきや、下から絞り出すと、そのまま頭からかぶりついた。
唖然とする委員長たち。まあ、そうだろうな。
「なあ、羊羮ってそんな食べ方するもんだったっけ?」
「あげないよ~?」
いや、いらないし。
「でも~……あおいちゃんになら、あげてもいいよ」
上目遣いでドキっとするような事言いなさんな。多分わかってないと思うけど。
あと、歯形のついた羊羮を押し付けてくるのはやめて欲しい。
「あおいちゃんも好きな抹茶味だよ。おいしいよ~」
俺はそれを一口だけかじる。抹茶の渋みがアクセントになってて、甘みが引き立って確かにうまい。
「これって、間接キス~?」
絶対に違うと思う。
そして、そこの3人。俺たちを生暖かい目で見守るのは勘弁してくれ。
しかし、こいつは本当にうまそうに食うなあ。
俺は真白の事は苦手だが、幸せそうに食べる姿は素直に可愛いと思う。
「ふっ、ブルさん鼻血が出ているぞ」
「おっと、これは失敬。はしたないところを」
俺はティッシュを巻いて鼻に詰め、真白はけぷと一息ついて、次のアイディアをご披露する。
「じゃあ次は~、ドラ○もんの道具に『半分こ刀』ってのがあるの~」
「初めて聞く道具だけど、名前からして穏やかじゃないな」
「で、男の人を真っ二つにぶった斬るの~」
「うわ」
それで半分ずつになった主人公を、それぞれ引き取るってのか?
すごい猟奇的。ビジュアル的にも完全にアウトな奴だ。
「そしたら、男の人が2人になるんだよ~」
「ちょっと待て、言ってる意味が分からない」
「そういう道具なの~。半分こ刀で斬られた物は2つになるの。これで、ビアンカさんもフローラさんも意中の人と結婚できるよ。やったね~」
へえ、便利なものもあるもんだな。
例えば宿題が間に合わない時なんかにそれを使えば、俺を2人にできるのか?
「ちょっと待ったー! オレっちもその道具の話は見たことあるが、2人になった男は半分ずつの大きさになるんじゃなかったか?」
「確かそうだったと思う~」
黄村の質問に答える真白。
なるほど、2つに分かれた物の体積は半分になるという事か。質量保存の法則ってやつだな。
「じゃあ、チ○コの大きさも半分になるんだろ? 男はそれで幸せと言えるのか?」
なるほど、質量保存の法則ってやつだな。
「おう、そうだ! チ○コにビッグライトを当てれば良いじゃねえか! これなら、男も女も大満足だ!」
オレっち天才! と言わんばかりに ガッと拳を握る黄村。
さすが、キング・オブ・ガサツと言われる男。ビッグライトなら全身に当てれば良かろうに。
すると、委員長はピーッとホイッスルを鳴らして、イエローカードを黄村に指し示す。
「黄村くん、減点1!」
「はあ?」
「下ネタ禁止、黒田さんを見てみなさい」
見ると、真白は顔を覆っていやいやをしている。
「キミたんのエッチぃ~」
「ほら、この娘はそういう話に耐性が無いんだから、やめてあげなさいよ」
「ああん? チ○コぐらいでガタガタ言うなよなー。チ○コチ○コ」
委員長が胸ポケットからレッドカードを取り出そうとしたので、黄村は低身低頭あやまりだす。
「はーっはっは、語るに落ちたな! ビッグライトなら、全身に当てれば良いではないか。だから、貴様は猿と言われるのだ」
ほら、俺が思ったのと同じ事言われてら。
「んだと? オレっちが猿なら、てめえは犬じゃねえか。いつも女どもにへらへら尻尾振りやがって」
「ふっ、彼女たちの方から寄って来るのだから仕方あるまい。自分が女子から好かれないのを棚に上げて、人を犬呼ばわりするのはやめてもらおうか」
「んだと、てんめえーっ! ぶっ飛ばされてえのか!?」
「やれるものならやってみろ、貴様ぁ!」
再び殴り合おうとする黄村と緑野の間に割り込むと、俺は2人の頭を掴んで、ガツーンとシンバルのように叩き合わせた。
「「ぐわあああああっ!」」
「だから、ケンカはやめろっての」
「助かったわ、赤井くん。あなた、見た目は華奢なのに良くこの2人を完封できるわね。さすが『1人で暴走族を2つ潰した男』なんて言われるだけの事はあるわ」
「ちょっと待て、それは噂が一人歩きしてるぞ」
「あ、そうなの? まあ、1人でそんな事ができる訳ないとは思ってたけど」
「あれは三つ巴の戦いだったからな。俺1人で全員を叩きのめした訳じゃない」
「2つ潰したって所は本当なのね」
「キミたん、ハヤとん、大丈夫~?」
うずくまる黄緑コンビを心配する真白。
委員長は2人に向かって、大上段から言い放つ。
「だいたい、ビアンカ・フローラばっかり言ってるけど、第3の存在のことを忘れてるんじゃない?」
「「「何だと?」」」