battle5 ポテトチップス 塩味vsコンソメ味(中編)
「さあ、仮免夫婦は放っといて、『ポテトチップス』の議論を始めるわよ」
「それを言うなら、仮面夫婦だ……って、誰が夫婦だ!?」
俺のクレームを気にも留めず、委員長はやれやれと呆れたように仕切り直しをした。
「しゃらあっ! オレっちの熱き血塩で、塩味のスゴさをお見舞いしてやるぜぇーっ!」
バカみたいに元気良く教壇に上がるのは、ゴツくてデカい柔道野郎、黄村公英。
とにかくガサツで声もデカいが、一本気でさっぱりとした性格。
ジャガイモで例えたら、見た目ゴツゴツして味が濃い『男爵いも』ってトコかな。
「黄村くん、それは血塩じゃなくて、血潮よ」
「細けぇ事は気にすんな! まずはポテトチップスの歴史からだ。ポテトチップスが発明されたのは、1853年のアメリカはニューヨーク! ジョージっつうコックがレストランでフライドポテトを出したら、『芋が太え』と客に文句言われて、嫌がらせにめちゃくちゃ薄い奴を作ったら逆に評判になっちまったのが起源らしいな」
へえ、ポテトチップスはクレームから生まれた産物だったんだな。
「日本で初めてポテトチップスを製造販売したのが、ハワイ帰りの濱田っつうおっさんで、1940年代後半に『フラ印』のポテトチップスとして売り出したのが最初みてぇだ。塩味のポテチの歴史はこのあたりから始まったと考えて良いだろう。世界的にも味付きチップスが大量生産できるようになったのもこの時期らしいしな」
おお? ポテチといえば『カルビー』とか『湖池屋』が元祖かと思ったけど、意外だな。
『フラ印』のポテトチップスって、あのフラダンスのデザインの袋のやつか? カルディで売ってたから輸入品とばかり思ってたけど、国内の企業だったとは知らなかった。
「そして70年以上経った現代に至るまで、塩味の系譜は途切れる事なく受け継がれ、各メーカーが研鑽を重ねて今だに進化を続けている。『塩味』こそがポテチ界のトップランナーであり、王と言っても過言じゃ無ぇ! これで、オレっちのプレゼントは終わりでいっ!」
さすが黄村、塩味だけにシンプルにまとめたな。
「ふん、所詮は塩味よ。ずいぶんとプレゼンが淡白ではないか」
「ああっ!? てめえ、塩をナメんなよ!」
高血圧になるもんな。
「本気を出しゃあ、塩は奥が深くて一言じゃ語り尽くせねえ。種類も豊富で、『伯方の塩』とか『ゲランド産の塩』とか色々あるぜぇ!」
「ならば、伯方の塩の『伯方』はどこの県だ?」
「『はかた』っつうくらいだから、福岡じゃねぇのか?」
「黄村くん、伯方は福岡県の博多じゃないわ。愛媛県の島の一つよ」
それは俺も知らなかった。そうだったのか?
「では、ゲランド産の『ゲランド』とは、どこの国か言ってみたまえ」
「げらげらげらっ! 細けぇ事は気にすんな!」
「笑ってごまかさないでよ。ゲランドはフランスのロワール地方の市の名前よ」
さすが委員長、塩にも地理にも詳しいな。
「ふん、やはり『うすしお』よ。貴様の知識や人格と同じく、さぞかし薄っぺらい事だな!」
「てやんでえっ! 闘んのか、この野郎ーッ!」
「はい、実力行使はやめてください。それでは後攻のコンソメ緑野くん、お願いします」
「はーっはっは、吹き荒れろ黄金の嵐! ボクが迷える子羊たちに、コンソメ味の真髄を叩き込んでやろう!」
尊大な台詞回しで舞台に上がるのは、イケメン長身バスケ野郎。緑野葉矢斗。
イケメンのくせに気配りが出来て良いヤツなのだが、セリフが芝居がかった感じでキャラが濃い。
ジャガイモで例えたら、その名もド派手な『インカのめざめ』ってところか?
「まず、コンソメ味の元となるコンソメスープは、牛・鶏・魚から取った出汁で野菜と赤身肉を煮込んで作るものだが、語源である『コンソメ』とはフランス語で『完全なるもの』を意味する!」
へえー、俺はてっきり、コンビーフかなにかと関係あるからコンソメと言うのかと思ってたよ。
「色は美しく澄んだ琥珀色でなくてはならず、濁りを取るために濾したり卵白などでアクを取り除き、焦がしたタマネギやカラメルで琥珀色を加えたりするなど、見た目の割に非常に手の込んだ、まさに『完璧』を求められる代物であることを忘れてはならないだろう」
ふーん、コンソメスープは固形スープの素で簡単に作れるから、そんな奥が深い物とは知らなかったな。
「そして、コンソメ味チップスの初出は1978年、スナック業界の雄、『カルビー』から発売された『コンソメパンチ』! 塩一色だったポテチ界に新星のように現れ、空前の大ヒットを飛ばしたのさ」
なるほど、ここでようやく大御所『カルビー』の登場か。
塩味ばかりの中にコンソメ味が出てきたのは、まさに革命的だったんだろうな。
「各社で多種多様なフレーバー開発が始められたのも、カルビーがキッカケとも言われている。歴史は40余年と浅けれど、数々の変わり種ポテトチップスの始祖とも言える『コンソメパンチ』は、まさに完全にして完璧な、皇帝とも称えられるべきものではなかろうか。これにてボクからのプレゼンは終わりだ! ご清聴ありがとーう!」
天を仰いで両手を広げ、劇的に終幕を告げる緑野。
王を超える皇帝とは、黄村のプレゼンにかぶせて来たか。緑野はこういう所がうまいな。
「何だぁ? その『コンソメパンチ』っつう、くそダセェ名前は。熱血硬派くにおくんの必殺技か?」
そりゃ『マッハパンチ』だろ。なつかしいけど。
「否! コンソメパンチの『パンチ』とは元気を表す言葉だ。食べた人に元気と楽しさを与えようとする、カルビーの志を込めた立派な名前だ、侮辱する事は許さんぞ!」
「へっ、何がコンソメスープだ。日本人ならみそ汁飲みやがれ、みそ汁を!」
「ふっ、鎖国でもあるまいし、異国の文化を受け入れられないとは哀れな男だな」
「だったら、米軍仕込みの必殺技を見せてやらあっ! 『サマーソルトキック』!」
「ならば、ボクも魅せてやろう! 『完璧なる双拳』ッ!」
「きゃーっ! 赤井くん、2人を止めてーっ!」
あーあ、結局またケンカになっちまったよ。委員長1人じゃ止めんのは無理だろうなあ。
そういや、争い事が苦手でポテチが大好きな真白がやけにおとなしいなと思って見たら、すぴ~すぴ~とのんきに寝てやがった。
食ったから寝たんだな。どおりで大人しいはずだぜ。
「おいこら、真白。また黄村と緑野がケンカしてるぞ。すぴ~すぴ~と寝てる場合じゃないぞ?」
「くぴ~くぴ~」
「そうじゃなくて、起きろっての」
「うや~ん……、あおいちゃんのエッチぃ~。そんなとこ触っちゃだめだよ~」
俺が真白を揺さぶると、いきなり寝言で嬌声を上げる。
うわ、ドキっとするような事言いなさんな。ほれ見ろ、3人とも固まっちまったじゃねーか。
「赤井くん……、どさくさに紛れて何をしてるの?」
「いや、俺はただ、真白を起こそうとしてただけだが」
「え~、あおいちゃん、そんなこともしちゃうの~? それはまだ、おあずけだよ~……」
にへにへと幸せそうに微笑みながら、真白は寝言を言い続ける。
「おいブル、てめえまさか……?」
「い、いや、俺はまだ真白に手は出してねーぞ」
「まだって事は、予定はあるんだな?」
「まどろっこしいわね。黒田さんの事だから、お願いしたらおっぱいぐらいすぐ触らせてくれるわよ」
「むちゃくちゃ言うな」
俺の幼なじみを何だと思ってんだ。
しかし、まいったな。ケンカが収まったのは良かったけど、矛先がこっちに向いちまったぞ。なんとか話題を変えねーと。
「そ、そういえば、委員長が好きなポテチは何味だ?」
「え、私? 私はそうね、『のりしお』かしら」
「へ、へえー、それはなかなか委員長らしいな」
「そうかしら?」
第三勢力が好きそうだもんな。三国志で言ったら『呉』とか、マンガ雑誌で言えば『サ◯デー』とか、小説投稿サイトなら『カ◯ヨム』とか?
「まあ、塩味も良いけどね、私はさらに華やかな海苔の風味が加わった、のりしおが一番だと思うの」
そう言って、アルカイックなスマイルを見せる俺たちの学級委員長、紫藤ゆかり。
品行方正で怒ると怖いが、面倒見が良い性格でクラスメイトからの信望は厚い。
三つ編みメガネで一見地味だが、これでいてなかなかの美人で、エキセントリックな部分も持ち合わせている。
じゃがいもで例えたら、シンプルな見た目で身がしっかりしている『メイクイーン』ってところかな。
女王様気質だし。
「ちなみに、のりしお味は1962年に『湖池屋』で発売されたのが最初で、日本人向けの味付けにしようと考えたのが生まれたキッカケらしいわ」
なるほど、『のりしお』の元祖は湖池屋なのか。さすがは老舗だな。
「あまり知られてないけど、実は湖池屋の方がカルビーよりもポテチの歴史は長いのよ。だから、スナック売り場でのりしおを見かけたら、頭を垂れて蹲え。平伏せよ」
「急にどうした?」
スナック菓子の前で土下座してたら、ヤバい人だと思われるぞ?
「の、のののの、のりしおだと……?」
すると、黄村が急にガタガタと震え出す。
何かに怯えるように身を縮め、顔色が青ざめて、宇宙戦艦ヤマトのデスラー総統みたいになってるぞ?
「どうしたというのだ、黄村? 顔が悪いぞ?」
「緑野くん、それじゃただの悪口よ?」
だが黄村は、緑野ではなく委員長に向かって取り乱したように叫んだ。
「紫藤……、てめえ! あ、あんな恐ろしいもんを、よく食えるな!?」




