battle5 ポテトチップス 塩味vsコンソメ味(前編)
キーン、コーン、カーン、コーン。
ここは空振高校、時は昼休みを迎えたばかり。
「るりるり~る~、るりるりら~♪」
と、廊下を鼻歌混じりにぽよんぽよんと歩くのは、毎度おなじみ俺の幼なじみ。
人懐っこい丸顔たれ目と、二つのお団子頭がチャームポイント。
お菓子で例えるなら、カスタードプリンかパンナコッタ。見た目も性格もふわふわ娘、黒田真白だ。
「お前、今日はずいぶんとご機嫌だな?」
「えっへへ~、久しぶりにあおいちゃんと購買に行けるから嬉しくって~」
俺と購買に行くだけで嬉しいなんて、かわ……った事言うじゃねーか。
「今日は何をおごってもらおっかな~」
「おい」
一言もおごるなんて言った覚えはねーぞ。かわいくねえ奴だな。
「えへへへ~」
まあ、本気で言ってる訳じゃないんだろう。真白は悪びれず、ふにゃっとした笑顔で楽しそうに歩く。
俺こと赤井青は、今日はおふくろが寝坊して弁当を作ってくれなかったもんで、メシを買いに購買に向かっているところだ。
ちなみに真白は、早弁したせいで食うもんが無くなったから購買に行きたいらしい。
俺たちは連れ立って廊下を歩くと、その突き当たりに購買部のカウンターとそれに群がる黒山の人だかりが見えて来た。
昼休みの購買部は戦場だ。ひとたびチャイムが鳴ると、昼飯やおやつを買い求めようとする生徒たちが殺到する。
人気のスペシャル焼きそばパンを巡って小競り合いが起きることもしばしばで、カウンターの前はいつも騒々しいのだが。
どんがらがっしゃん! ちゅどどーん!
それにしたって、今日はちょっと五月蝿すぎやしないか?
「ぐおおらあぁーっ!! 今日という今日は、もう我慢ならねえっ!」
「ふっ! その言葉、そっくりそのまま返してくれようぞ!」
さらにダミ声とイケメンボイス、2人の男の怒声が廊下に反響する。
何だ?
「あ、ケンカだ~。止めなくちゃ~!」
「おいおい?」
騒ぎに向かってぽよぽよぽよぽよっ! と駆け出す真白。
「みんなごめ~ん、道を開けて~」
『あっ! 『購買部のプリンセス』だ!』
『よろこんで!』
真白が一声かけると人の海が真っ二つに割れて、あいつはモーゼのように花道を突き進んで行った。いつの間にそんな二つ名で呼ばれてたんだ?
……っと、そんなにのんびりもしてらんねーな。
「おーい、お前ら! ちょっと、俺にも道を開けてくんねーか?」
『うわーっ! 『怒れる闘牛』だーっ!』
『早く逃げろっ! ◯されるぞ!』
俺が声をかけると、購買部に群がっていた奴らは怯えながら廊下の壁にへばりつく。
この反応の違いよ。俺、お前らに何かしたかな?
「まあ、誰が暴れてるかは、だいたい予想はつくけどな」
せっかく道を開けてもらったので、ゆうゆうと騒ぎの元にたどり着くと、ケンカしていたのはゴリマッチョと長身イケメン、予想どおりクラスメイトの黄村公英と緑野葉矢斗だった。
やっぱりな。
購買部のカウンターの真ん前で、黄緑コンビが取っ組み合っている。
「今日こそ、てめえを『粉ふき芋』にしてやらあっ!」
「はっ、ならば貴様を『マッシュポテト』にしてやろうか!」
お前ら何だ、その脅し文句は?
「うや~! キミたんもハヤとんも、ケンカしちゃダメだよ~」
そこへ真白が、黄村と緑野の間に割って入った。
「く、黒田……」
「黒田さん……と、青さんも?」
「また、お前らケンカしてんのか? 何があったか知らねーけど、飽きもしないで良くやるなあ」
「ブルよ、止めてくれるな。オレっちは今度こそ、カンニング袋の緒がブチ切れた」
「ふっ、それを言うなら堪忍袋だ。自ら不正を明らかにするとは、殊勝な事だな」
「何だと、この野郎ーっ!!」
「かかって来たまえ!」
あーあ。こんな購買の真ん前で、迷惑ったらありゃしないぜ。
「ケンカはやめて~。お腹空いてイライラしてるんだったらオゴってあげるから~。あおいちゃんが」
「おい」
「そういう事なら」
「我々も矛を納めざるを得まいな」
「おいおい?」
こら、揃ってテヘッとした顔すんな。お前ら本当は仲良しじゃねーのか?
「これでケンカが収まるなら良いじゃな~い。わたしも半分出すし、『オゴる平家も久しからず』って言うし~」
「オゴった平家は滅亡してたぞ?」
そもそも、意味が違うからな?
「はいは~い、じゃあ1人一個ずつ好きな物を買って良いよ~」
「こら、勝手に仕切んな」
真白に促され、黄村も緑野もいそいそとカウンターに向かう。
まあ、少々の出費で俺もガタガタ言うつもりはないが、ハ◯ゲンダッツとか買いやがったらひっぱたくぞ?
すると、黄村と緑野はカルビーのポテトチップスの袋を持って来た。
ふむ、黄村が『うすしお味』で、緑野は『コンソメパンチ』か。
しかし2人はお互いの物を見比べると、再び怒りをぶり返した。
「てめえ! なんでまた、コンソメなんざぁ邪道な食いもんを持って来やがる!」
「何を言うか! 塩味こそ、調理に手がかかっていない野蛮な食べ物であることが、まだ分からないのか!」
「え~? なんで、ポテチでケンカしてるの~?」
「もしかして、お前らがケンカしてた理由って、それか?」
「「そのとおりだ!」」
黄緑コンビが、揃って答える。
半信半疑で聞いたつもりが、まさかビンゴだとは。
「ポテトチップスは、塩味こそが原点にして究極! 他の味付けなんかいらねぇんだよ!」
「何を言うか! コンソメこそ、人類の叡智の結晶! その旨さが分からぬとは、舌の貧しさが窺い知れるわ!」
「何だと、この野郎っ!」
「ふっ、やる気か!?」
「うや~! ケンカはやめて~」
あーあ。結局、元のもくあみかよ。
しょうがねえなあ。二、三百発ほど殴って物理的に大人しくさせるか、一撃でスマッシュブラザーズにしようかと俺が拳を構えた、その時。
バリッ! バリバリバリーッ!!
雷鳴のような、ポテトチップスの袋を開ける音に黄緑コンビはピタリと動きを止める。
『その勝負、私が預かるわ!』
コツコツコツと革靴の音を響かせて、メガネをクイクイしながら現れたのは、俺たちの学級委員長であるかっちり三つ編み女、紫藤ゆかり。
「おっ、助かった。もう少し来るのが遅かったら、死人が出るとこだった」
「どんな状況?」
そして、彼女はポテトチップスの袋を高々と掲げ。
「ポテトチップス『塩味』と『コンソメ味』、プレゼンテーションで思うぞんぶん雌雄を決するが良いわ!」
*
という訳で、2-Aの教室に戻ってきた俺たち。
委員長は教壇に立ち、プレゼン大会を取り仕切る。
「では、さっそく始めましょうか。まずは『塩派』の黄村くんから張り切って、どうぞ!」
「まあ、プレゼントをやっても良いけどな」
「正直あまり、気乗りがしないな」
「あら? あなたたち、さっきまでバチバチだったのに、いつもの威勢はどうしたの?」
「てめえ、あれ見てそれが言えるか?」
「おお~、あおいちゃんが買ってきた『幕の内弁当』美味しそうだね~」
「ん? ああ、今日初めて食ったけど、500円で結構ボリュームがあって美味いな」
「それ人気だから、いつも売り切れでなかなか食べれないんだよ。いいな~、一口ちょうだ~い」
「ああ? お前、絶対一口じゃすまねーだろ」
「いいじゃな~い、玉子焼きの先っちょだけでも~」
「玉子焼きの先っちょってどこだよ?」
「あ、そ~れ、まっくのうちっ、まっくのうちっ」
「あっ!?」
真白は∞の字の動きのデンプシーロールでフェイントをかけて、素早く俺の玉子焼きをかすめ取った。
「いっただき~。もぐもぐもぐ、んふふ~、お~いし~!」
「お前……っ! 普段のんびりしてるくせに、何で食いもんがかかるとそんなに速く動けんだ?」
こいつ、俺の部屋の『はじ◯の一歩』を読みやがったな?
「じゃあ、お返しにわたしの『ミルクフランス』をかじって良いよ~」
ニコニコしながら、真白が細いフランスパンの先っちょを突きつけてくる。
『ミルクフランス』は、細くて柔らかめのフランスパンに、練乳を混ぜたバタークリームをホットドッグのように挟んだもの。
濃厚な甘さで真白はもちろん、俺も好きなパンではあるが。
「いや、俺はまだメシ食ってるから甘いものは……むぐっ!」
「ど~お、美味しい~?」
「むぐむぐむぐ……。やっぱりうまいな、ミルクフランス」
「良かった~。じゃあ、もう一回あ~ん」
「いや、だから、俺はメシ食ってる途中だって……」
「「「イチャイチャすなっ!」」」
「うわっ!?」
気が付いたら、黄村たちが忌々しげにこっちを見てた。
「どうした? 俺たちは別にイチャイチャなんかしてないぞ」
「いつもどおりの平常運転だよ~」
「素面でそれをやってる方が恐ろしいわよ」
普通にメシ食ってただけだけどな?