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007

 甘く見ていた。

 管理局にとって僕の存在は、大量にいるペットのうちの一つでしかなかったんだ。

 なぜ気づかなかったんだ。

 いや、気づかないふりをして逃げていたのか。


 校庭を通り、門の方へと向かう僕を、生徒達は校舎の窓から見下している。

 これが翔也を見捨てた僕に与えられた罰なのだろうか。


「この車に乗れ」


 全員が同じ制服を着て、同じ帽子をかぶり、同じサングラスをかけている彼らは、きっとこの社会に疑問一つ抱かずに従順だったのだろうな。

 運転手とその横の助手席、さらに僕の横に一人、計三人が僕を連行する係らしい。

 顔色一つ変えずにこの仕事を実行しているところを見ると、彼らにとっても僕の連行など数あるめんどくさい仕事の一つなのだろうな。


「……さて、答えを聞こうか」


「……ッ!」


 車が動き始めた時、横にいた局員が小声で話しかけてくる。


「おっと、声は出すなよ」


 この声には十分すぎるほど心当たりがあった。

 声を出すなと言われれば、従ったほうがいいことはついさっき証明された。


「俺の仲間になるならお前を助けてやるが、断るならこのままお前は豚小屋どころか地獄送りになる。時間は限られている、十秒で決めろ」


 なんとも卑怯(ひきょう)なやつだ。

 最初からわざと通話記録のみを残し、連行されることを作戦の一段階としていたのか。

 こんな状況で出せる答えは決まっている。

 コクリと黙って頷く。


「よし、お前は賢い判断ができるやつだと思っていたよ。そうと決まればここから脱出する、俺の指示に従って遅れるなよ」


 どこから取り出したのか、細いワイヤーのようなものを助手席に座っていた局員の首にかけ、思い切り下に引っ張る。


「貴様、何をしている! 反逆は重罪だぞ!」


 運転手は慌てたようにブレーキをかける。

 車の窓は黒塗りで見えないようになっていたので、自分が今どこにいるのか分からなかったが、どうやら森の中に入っていたようだ。


「こちとら元々犯罪者、だ!」


 止まったと同時に飛び降りたカゲロウは、軽いジャンプで車の上に飛び乗り、同じく降りてきた運転手の顔へと足を振り抜く。

 その威力は思わず局員に同情してしまうほどで、車のドアを壊してすぐ近くの木に当たるまで空中を飛んでいた。

 局員が気絶するとすぐに連絡が行くようになっているのか、壁の方から警戒体制を告げるアラーム音が聞こえてくる。


「さ、こっちだ走れ!」


「どこに行くんだよ。この壁の中に逃げ場なんてないだろ?」


 一瞬こちらを見たかと思うと、やれやれと言いたげに手を上げる。


「言わなかったか? 俺はお前らで言うところのユースレスだって。ユースレスが住んでるのはどこか知っているだろう? あっちさ」


 カゲロウが親指で刺した方向は、ナンバーズ居住区をぐるっと囲んでいる灰色で無機質な壁の方。

 だが彼が指したのはその先、壁の外側だろう。


「いったいどうやって……」


「ここからあっち側に行ける」


 カゲロウが見下ろしているのは、月に一度だけその硬い口を開くゴミの通り道。

 ナンバーズたちの出したゴミを壁の外側へと送るための施設なので、必然的にこの先は壁の外になっているということか。

 全自動でベルトコンベアがゴミを真っ暗な空間へと吸い込んでいる。


「文字通り俺達はナンバーズのゴミってわけだ! 全く面白くて仕方ないなこの世界は!」


「うっ……おえぇぇぇ!」


 ゴミの上に立ってみて改めて気付かされる。

 ひどい臭いだ。

 生ゴミは一つ残らず腐り、排泄物にはハエが集っている。

 こんな臭いは生まれてから一度も。


「……()いだことがない、か?」


「よ、よく耐えられるな……うっ!」


「いいかこれがナンバー制度の裏側の一つだ! よく目に焼き付けて、よく()いでおけ! こんな物壁の外にとっては日常茶飯事(さはんじ)みたいなものだよ!」


 イカれてやがる……だがこれが現実か。

 綺麗で先進的な設備や街は、やはりハリボテだった。

 汚れたものを全てユースレスに押し付け、才能の無い者を切り捨てるこの世界。

 生き延びてやる。


「さて、見えてきたぞ。これが俺たちの住む世界だ!」


 思わず言葉を失った。

 そこには僕が求めていた“本当の空”があった。

 どこまでも青く、遮られることのないずっと求めていた空が。

 今この瞬間のためにこちらに来たのだと思ってしまいそうだ。

 しかし広く続く荒野には瓦礫(がれき)が積み重なり、人が住んでいる気配など全くない。


「カゲロウ迎えにきましたよ。君がキョウですか……とりあえず乗ってください」


 僕とカゲロウの前に横付けされた車はかなり古い型のようで、車輪で動いている。

 それに排気ガスが出ているところを見ると、ガソリンが燃料のようだ。

 このタイプの車は僕が生まれる前に製造中止されたと聞いていたが、文献上の物に触れられる機会をこんなところで得られるとは、思ってもいなかった。

 運転席にいるのは細身の男性。

 歳は僕と大きく離れているわけではなさそうだが、年上であることは間違いなさそうだ。


「どこへ向かうんですか……?」


「これから向かうのは俺達、反ナンバー制度運動を行なっている“篝火(かがりび)”のアジトです」


 見渡す限りそれらしい建物は見えなかったが、少し車に揺られていると、遠くにトタンで作ったようなボロボロな家が建ち並ぶ集落が見えてきた。


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