006
昨日のことにも関わらず、どこか遠い過去のように感じる。
突然電話がかかってきて、個人情報を持っていると脅し、挙げ句の果てに誘拐してやる宣言までしてきた。
カゲロウ? 自分の名前を偽り、その上存在しないとされているユースレスを名乗る。
とても古典的だが、確実に危ない香りがする。
「叶、俺と来い」
答えはもちろんノーだ。
確かに怪し過ぎるのもあったのだが、僕の中の第六感が危険信号を発していた。
僕は普通に生きていたいのだ。
僕の人生にハードなスパイスなど要らない。
「おはよう叶くん!」
「……おはよう花」
「やっぱり昨日の今日で体調は治らないよね……ごめんね」
「ううん、大丈夫。心配かけてごめんね……」
今の自分に出来る精一杯の笑顔で応じるが、恐らくただ頬が引き攣っているだけに見えているだろう。
「そう……なら、いいんだけどね……さ、早くしないと遅刻しちゃうよ」
「うん、行こっか」
もう忘れよう。
昨日のこと全て。
僕には後ろを振り返る余裕はない。
すぐ先の未来ですら、明るいか暗いかも分からないのだ。
過去を振り返って立ち止まるくらいなら、常に前を見て、確実な未来をこの手に掴みたい。
冷たいようだが、このご時世で親切なんて言葉は、最も信用ならない……と思う。
「これで元通りになるなら……」
「えっ?」
「いいや、何でもないよ、早く行こうか」
とにかくこれで終わり。
今日からはまたいつも通りで──
──ピリリリ
ポケットからの振動に、思わず歩みを止める。
まさかそんなことはないだろうと思いながらも、恐る恐る携帯端末を手に取り、そのまま引っ張り出す。
『着信アリ 番号非通知』
流石に自意識過剰かとも思うが、どこまでも世界は僕に厳しいのかもしれない。
『……よぉ、これが最後通告だ。叶、お前は近いうちに必ず俺の元へ来るんだ……決断は急げよ』
「いい加減に──」
『おっと、あまり声を荒らげるなよ……前みたいにカメラは抑えてあるが、お前の近くに管理局の犬がいる』
「は……?」
学校の中まで、というか僕が追われている?
何かした訳でもなければ、これから何かする訳でもない。
それならば管理局に目をつけられている、というのは……
『いいか、もし管理局に捕まったとしても、俺のことは絶対に話すな。自分のことも話すな。もう誰も失いたくないんだろう?』
こいつ以外に原因が考えられない。
しかし、カメラを抑えるぐらいなのだから、徹底して足跡を残さないようにしているはずだ。
それが逆効果になり、僕は準反乱分子のような扱いにされている、のだろうか。
「とにかく分かった。仲間の件はとにかく今は保留だ……僕は平穏な日々が保たれればそれでいいんだ」
『そうか……大切なものは、自分で守れ』
電話が切れる。
不自然に見えないように心掛けながら、周りを見渡し、局員がいるかを確認するが、見つけられるような場所にはいない。
「そりゃそうか……」
当分の間、僕は監視対象から外れないだろう。
ならば、大人しくしていればいいだけだ。
何も問題を起こさなければ、捕まることもない……はず。
よし、今日からも空気に徹して──
「風波 叶、お前を反逆罪で拘束する」
「え……?」
「もう一度言おう。我々管理局は、反逆罪でお前を拘束する」
「なん、で……?」
おかしい……おかしい……おかしい!
なんで、なんでだ!
「どうして僕が捕まらなければいけないんだ! 嫌だ! 僕は平和に暮らせればそれでいい……どうして、どうして僕が!」
「昨日の昼、学校を早退した後お前はどこで何をしていた? こちらの監視カメラの映像記録では、君は確か橋の上から川を見ていたな」
カゲロウが、あいつが言っていたことは本当だったのか……本当に監視カメラをハックしていたのか。
「そ、それが何か? 別に橋の上から川を眺めていたことは、そんなに悪いことですか? た、確かに学校を早退したのに、家に帰らなかったことは悪いのかもしれないけど……まさか、それで拘束なんて……」
「通話記録……と言えば分かるか?」
「……っ!」
意識が回らなかった……
これは推測だが、カゲロウ達が用意した監視カメラのダミー映像は、僕が川を眺めているだけの映像だったのだろう。
だとしたら、通話記録がその時間に残っているのは明らかに怪しい。
「叶くん! なんで……!」
「花……ごめん……ほんとに、ごめん」
そっか……翔夜も僕もいなくなってしまったら、残る美術部員は花だけになってしまうのか……
「必ず……戻るから」
戻れるなんて思っていない。
管理局に逮捕、拘束された者が帰って来た例など過去に見たことがないからだ。
僕の腕を掴む局員の手に、強い力が入る。
「早く歩け……車は校門の前に用意してある」
「はい……」
あぁ……僕はどうなるのだろうか。
刑務所送りだろうか。
管理局に拷問でもされるのだろうか。
それとも壁の向こう側に……
いや、よそう。
考えても無駄なことは、いくら頭を捻っても無駄でしかない。
「どうして……いつも、いつも、いつも、私の前から消えてしまうの……せっかく私があなたを助けてあげたのに……!」
「え……?」
「ぐずぐずするな動け」
こうなるなら、あいつの誘いに乗っておけば良かったな……
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