004
次の日、僕はいつもより起きるのが遅かった。
昨日の帰りの、翔夜が投げ掛けてきた奇妙な質問のせいか、と言われればそうなのかもしれないのだが、珍しく悪夢を見た事が理由の大部分を占めている。
とても不思議な夢だった。
事実として覚めたのだから夢だったことは間違いないのだろうが、どうにも夢と片付けてしまうには生々しく、人間に備えられた野生とも言うべき五感で確かに何かを感じ取った。
夢なのかリアルなのか、一瞬どころか覚めるまで分からなかった。
そこはとても生臭く、埃っぽい場所。
およそ人が住む場所ではないだろうと思うほど汚れていて、まるで下水道の中にいるかのような異臭を放っていた。
見渡す限り瓦礫の山があるのみで、目立った建物は一つもない。
夜なのか、薄暗いため周りはよく見えないのだが、建物の気配は全く感じられないのだ。
そして誰かが僕を呼んでいた。
小さな男の子の声で「こっちにおいで」と四方八方から間をあけて聞こえてくる。
「どこにいるの?」「誰なの?」
僕の問いには答えてくれない。
そしていつの間にか僕の周りは闇に包まれる。
やがて声も聞こえなくなり、闇と静けさが僕を襲った。
──そこで僕は目が覚めた。
学校に遅刻しないように急いで準備をし、朝食を速やかに済ませ──今に至る。
学校へ行く為にいつも使っている通学路。
いつもより一つ遅いバスに乗り、いつもより一つ遅い電車に乗る。
けれど窓から見える景色はいつもと同じだった。
少し遅れた程度では遅刻にはならなかったものの、いつもよりは遅れてしまった。
明らかに僕のクラスに人集りが出来ていた。
がやがやと騒がしく、朝から元気だなぁと思い間を縫って進んでいく。
「おはよう……どうかしたの?」
とても不安そうに教室の中を眺めていた花に声をかけた。
手を胸の前に置き、眉に強めの力が入っている。
「う、うん、翔夜くんが……」
そこで僕はようやく状況が理解出来た。
とは言え、理解出来たのはこの騒ぎの中心にいるのが翔夜で、その周りを星をモチーフにした管理局のマークが着いた制服を身にまとった、局員が取り囲んでいるという事実だけ。
「これは……?」
「私にも詳しくは分からないんだけど、翔夜くんが政府の方針に反対する反乱分子だからって……」
「反乱分子……」
この国の今の方針は疑問を持つことを許さない、そんなこと今時小学生でも知っている事だ。
なまじ賢くなってしまったがために反対意見を持ってしまうものが現れるが、このように管理局の局員が来て連れていかれることが少なくはない。
「嫌だ、やめてくれ! 俺は反乱分子なんかじゃない! ナンバー制度にも納得しているし、何不自由なく生活も送れてる! ここまで尽くしてくれる政府に反対なんかするわけない!」
「……ではこれはどう説明する?」
一人の局員が取り出したのは、携帯型のボイスレコーダーのようなもの。
再生ボタンを押すと、すぐに翔夜の声が聞こえてきた。
『僕達はさこの世界に飼われているのかな……? 全てが番号で管理される社会なんてただの鳥籠とりかごだとは思わないか? あの壁の向こうのことを政府は隠蔽しすぎじゃないか? 高度情報化社会と言われながら、僕達に情報なんて与えられてないんじゃないのかな? 僕達は何者なんだろうね……』
「……ちがっ! これは……っ」
「これは、なんだね? もしこれが君の声でないと言うのならば、その証拠を提示しなさい」
迂闊だった。
確かに昨日の分かれ道に監視カメラは無いように見えた。
だが、確かにボイスレコーダーに録音されているのだから、隠れたところにでも仕掛けてあったのだろう。
言い訳のしようがない、翔夜が反乱分子であることを裏付けしてしまう強い証拠が上がってしまった。
「…………」
「認めるな? 自分が反乱分子であることを認めるな?」
異常に筋肉の付き方がいい局員二人が、翔夜の両側から威圧をしている。
僕ならこれが嘘だったとしてもYesと答えてしまいそうだ。
「……はい」
「翔夜くん……」
「花……こればっかりは……」
どうしょうもない。そう言いかけて飲み込んだ。
翔夜と目が合い、咄嗟に逸らしてしまう。
僕に何か非があるわけではないが、少し気まずいのは確かだ。
「なぁ……叶、助けてくれよ……なぁ」
「…………」
両脇を局員に抱え引きずられながらも、首だけはしっかりとこちらを向いている。
「……なんで黙ってるんだよ、昨日は一緒にいたじゃないか、なぁ」
「…………」
局員の足が止まる。
一人の局員がこちらを向いているのが、視界の端でぼやけているながらも分かった。
「その話は本当か? お前は反乱分子か?」
「……」
「質問に答えなければ反乱分子と見なすぞ」
「──ません」
「はっきりと答えろ」
「知りません!」
やめろ……
「全てそいつがでっち上げたデタラメです!」
もういいから……
「あなたは反乱分子と健全な市民のどちらを信じるのですか!」
……やめてくれ!
「そんな奴知り合いでもなんでもない!」
やめて……くれ……
「そうか」
「叶……そう、かよ……この、裏切り者が!!!
てめぇ覚えてやがれよ!
俺がお前に少し優しいからって調子に乗りやがって!
俺のお陰でクラスで浮かないようになってたことを忘れたわけじゃないよな、てめぇは俺に助けられてたんだよ!
恩を仇で返すとはまさにこの事だなぁ!
あぁ?
今後は罪悪感の中で暮らすんだなぁ、この寄生──」
局員が暴れる翔夜を教室から引っ張り出し、扉を強めに閉めた。
「叶、大丈夫……? まさか翔夜くんがあんな人だったなんてね、残念だね……」
「…………」
言葉にならない驚きと、嘘をついたという罪悪感が頭の中でぐるぐると回る。
声にならない声が喉に引っかかり、針のように突き刺さる。
頭の奥からすっと血の気が引くのを感じた。