003
「結局花は進路どうするの? 芸術関係は展示会の結果によっては就きたい職業につけるんでしょ?」
「うん、美術とか音楽は才能だけでは測れないところがあるからって、実力主義のままなの。後は大学卒業者には選択肢が少しはあるかな」
「へぇ……初めて聞いたなぁ……そんな制度もあったんだね。叶も美術で行くのか?」
「いや、僕は花程実力もないし、職に就けるだけ有難いかな」
放課後の美術室、いつもの三人で、いつものように雑談をしながら用具の片付けをする。
展示会用の作品を、やっとの事で描き上げた時には、既に七時を回ってしまっていた。
顧問の先生の協力の元、展示会が近くなると美術部員はいつも帰りが遅くなる。
「翔夜くんはやっぱり大学進学?」
「うん、俺はナンバーズ中枢の研究施設で働きたいからね。才能が無い分努力しないとだから」
「やっぱり凄いな翔夜は、いつも学年順位もトップにいるもんね。それに比べて僕はいつも真ん中だ」
「いやいや、平均あるだけでもすごいと思うよ。この学校の偏差値意外と高いみたいだしね」
人それぞれ進路は自由……とは言えないが、受け皿はあるのでそれなりに挑戦していける。
聞いた話では、ギリギリでナンバーズに残った人達には、肉体労働などの過酷な仕事が割り当てられるらしい。
それに比べれば、生活に困らない程度のお金を貰えるのならば十分だろう。
しかし、ユースレスの人達の生活レベルはどれほどのものなのだろうか。
ナンバーズになれなかった人達。
ナンバーズを光側の人間だとすれば、ユースレスはその影側の人間。
彼らがいなければ、この国は安定していなかった……のだと思う。
何かしらの理由がなければ、日本を壁で分断するということも、そのせいで人が分かれることもなかったはず。
「僕はどうするべきなんだろう……」
「突然どうしたの?」
「さっきも言ったけど、花には絵を目指す道があって、翔夜には研究者を目指す道がある。今の時代ではどっちの仕事も選ぶ人が減ってきて、世の中のためになるんだよね……それに比べて僕はさ、何も目指すところもなく不毛な日々を過ごしているんだ……」
「何が言いたいんだよ……まるで俺達が今の制度を否定する異端者みたいな言い方だな!」
翔夜は片付けの手を止め、僕の胸ぐらを掴みあげる。
「い、いや……そういう訳じゃ……」
服が押し上げられ、首を圧迫するため上手く息が出来ない。
苦しさから声もはっきりとは出ていないだろう。
「翔夜くん……! もうやめなよ!」
花が目に涙を浮かべながら、叫んだ。
夜の学校の廊下に、花の声が響く。
「え……あ、悪い……ちょっと頭に血が上った……」
「いや、大丈夫……こっちこそなんかごめん……」
お互いに冷静になった……少なくともなった僕は、今までの言動を振り返り、頭を抱える。
僕と翔夜は、学校を出るまでお互いに目を合わせないようにし、誰も言葉を発しなかった。
◇◆◇◆◇◆
「そういえば最近はすっかり変わったよな」
「……なにが?」
低く突き刺さるような声色。
あまりにも唐突なその質問に、一瞬僕に対する苛立ちが出ているのかとも思ったが、流石に自意識過剰と言うべきか、ちらりと見た翔夜の目線は僕からは遠く外れていた。
帰宅のためか、すぐ横の大通りを走る車の数はそれなりに多く、道沿いのお店からは、客寄せのための音楽や声が響いている。
仕事帰りのサラリーマンも、自転車に乗った学生も、もう見慣れた。
翔夜が見つめている方向、ビルの隙間から見える月を見ているようにも思える。
「……少しだけおかしなことを言ってもいいかな?」
「……どうしたの?」
「何かあるなら私、聞くよ?」
まだ僕達とは目線を合わせようとしない。
流石の花でもこれはお手上げなようで、困ったように僕と翔夜を交互に見つめてくる。
流石に人が多いからと、路地裏へと移動した。
「さっき叶が言ったことってあながち間違いじゃあないのかもしれないね。
僕達はさこの世界に飼われているのかな……?
全てが番号で管理される社会なんてただの鳥籠だとは思わないか?
あの壁の向こうのことを政府は隠蔽しすぎじゃないか?
高度情報化社会と言われながら、僕達に情報なんて与えられてないんじゃないのかな?
僕達は何者なんだろうね……」
「翔夜……? あまり滅多なことは言わない方が……」
「どういう意味なの? 急にどうしたの?」
別に僕だって考えたことがなかった訳では無い。
政府が情報を隠蔽するなんてどこの国でも行われているからと、深く考えていなかったのだ。
しかし、この国に置いては少しだけ違ったのかもしれない。
高度情報化社会への移行に伴って、消されていった人々のことを僕達は伝えていかなければならない。
政府の記録からも、学校教育の教育課程からも、そんな迫害の歴史は消されてしまっているのだから、ナンバーズとしてあの聳え立つ壁の向こう側の事を誰かに語り継いでいかなければならないのだ。
「いや、すまん、忘れてくれ。幸いここには監視カメラも無かったみたいだし……」
どうかしていたよ、とだけ残して翔夜と僕達二人はそれぞれ帰路についた。
この時僕はもっと考え、理解しなければならなかったのかもしれない。
疑問を持つことの意味を。