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「ねぇ叶、その色ってどうやって作っているの?」
「この色? あぁ、この色はね、これとこれとこれとを混ぜてるんだ」
日が傾き始め、ここ美術室に入る光も赤みを帯びてきた午後六時過ぎ。
僕、風波 叶の所属する鳳凰学園美術部二年の面々は、静かに筆を動かしている。
「そっか〜流石だね!」
「このくらい何でもないよ」
隣で筆をせかせかと動かす、低めの位置でツインテールにしている女の子は僕の……幼馴染になるのだろうか。
と言っても中学校の時からの付き合いなだけ、なのだけど。
向かって左側に花飾りの付いたヘアピンを留めている。
彼女の名前は雛菊 花。
僕の周りの男子は、最近成長してきた胸や、可愛らしい見た目をべた褒めしていた。
昔から一緒にいた僕には何も思わないのだが、姉や妹の事を可愛く思えない、みたいなものだろう。
「何の話だ? 俺にも混ぜてくれよ」
「翔夜……お前は色使い俺より上手いだろ?」
「なんだなんだ叶、やけに冷たいな」
「そういう訳じゃないけど……」
僕の少ない友達に数えられるこいつは、三上 翔夜。
僕よりも5cm高い175cm程度の身長に、長めのストレートの髪を真ん中で横に分けて目に入らないようにしている。
人当たりのいい翔夜には、人がよく集まるので、何故僕なんかと話してくれているのかよく分からない。
「ささ、二人ともいい所でキリをつけて早く帰ろう?」
「え、う、うん」
「そーだね、もう完全下校時間を過ぎたみたいだし、急ごうか」
花はいつもいいタイミングでフォローを入れてくれる。
それこそ僕が困っている時が分かるかのような、完璧なタイミングで。
付き合いがかなり長いこともあるのだろうが、元々花は周りをよく見て、その時一番の手だと思ったことをすぐに実行できる行動力があった。
僕が学校でぼっちになっていないのも、実は花のお陰なのではないだろうかと思えるほどに、彼女は僕のことをよく気にかけてくれている。
美術セットを全て鞄の中へ押し込み、キャンパスに布を被せる。
全員が出たことを確認して消灯戸締りをし、美術室を後にした。
「いやぁ、作品展の応募用の作品を描いてると自然と気持ちが高ぶってくるな〜」
「そうだね……」
「うんうん! なんかいつも以上にやる気が出るって感じ!」
夏休みが明けた今、僕達美術部が目指しているのは十月の作品展示会。
絵を描く者として、この作品展示会はとても大切な作品を発表する場であり、自分の作品に対する評価がされる数少ない機会でもある。
よって僕達も自分の作品に磨きをかけるため、こうして毎日遅くまで残っているのだ。
「頑張らないとね……」
「そうだね〜」
僕達が通う鳳凰学園はそこまでレベルの高い学校ではないのだが、努力で入れる……なんて甘いことをこの壁の中の社会が許すわけもない。
乳幼児定期健診の結果によって、僕達は人生が決まってしまう。
どの学校に進学して、どの会社に就職するかも全て。
唯一選べることとしては、分け与えられた職業に就くか、研究者となってナンバーズ達の情報を全て処理していくAIの研究をするかの二択。
僕達は決められた未来のために、本当に意味の無い"勉強"をしている。
「翔夜? どうかした?」
いつの間にか僕と花の間にいた翔夜は立ち止まり、数歩分後ろで腕を組むような格好で顎を支え、何かを考えている。
「翔夜くん……?」
「いや……何でもない。少し気になったことがあったけど、そこまで気にすることでもないと思ってね」
「ならいいけど……」
「じゃあ翔夜くんまた明日ね〜」
「ん? あぁ……」
T字路での別れ際、ちらちらと見た翔夜はまだ疑問とやらを消化しきれていないようだった。
その日も特に変わったこともないいつもと同じ一日で、けれどその日々の連続に、もはや何も思わなくなっている自分がいる。
ベッドに横たわり、枕に顔をうずめた。
掛け時計が時を刻む音が、枕越しに聞こえる。
「────……──」
ゴン、ゴン、とガラスを叩く鈍い音が不意に聞こえた。
けれどそんな音でさえ日常茶飯事となっている。
どうせ……
「やっ! 暇してた?」
花が屋根伝いに、僕の部屋の前のベランダに移って来ているだけなのだから。
「危ないからそこから来るの止めときなっていつも言ってるだろ〜」
「え〜だって近かったんだも〜ん」
暇になるといつもこうやってここに来るのだから、突然来られるこちらの気にもなって欲しいものだ。
「けどいつもちゃんと開けてくれるもんね〜!」
「開けないと怒るからだろ」
「え〜そうだっけ〜?」
そうやっていつも僕のベッドを占領する。
別に特別な話をする訳でもなく、ただただ世間話という名の雑談で時間を潰す。
「それでさ、今日の翔夜くんやっぱりおかしかったよね? なんかいつもと違って怖かったて言うか……」
「そっか……? 何か分からない問題でもあっただけじゃない?」
「えー! 絶対違うよ〜」
「そろそろ十時になるから帰って寝な」
もうちょっとくらい行けるのに、と言いつつ花は渋々自分の部屋へと帰っていった。