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まるで

 自分の教室に荷物を置き、すぐに三階を目指して歩き出す。

 まだ朝のHR前の時間だが、我慢できなかった。

 友達維持活動とか、そんなもの以上にサクのことの方が重要だ。そう思っている自分自身に驚く。いつの間に俺はこんなにも部員想いの人間になったのだろう。

 今まで隠し通してきた朱音先輩やサクとの関係がバレようがもういい。そんなこと言っていられる状況ではない。


 俺は堂々と廊下を歩き、朱音先輩の教室を目指す。

 三年一組の、確か窓際だったはずだ。

 廊下側から中の様子をうかがう。

 俺はその場から動けなくなった。

 朱音先輩がいた。いたことにはいたのだが、その人を朱音先輩と呼んでいいのかどうかはわからなかった。


 なぜかというと、普段の先輩とはあまりにもかけ離れていたから。

 仕草、口調、表情、そのすべてが違う。

 一言で表すとお嬢様。上品な笑い方、たおやかな指先の動き、完璧なまでな微笑。慎ましやかな唇からは丁寧すぎるほどの言葉たちが吐き出される。

 その演技の仕方が、仮面の被り方があまりにも自然で、だからこそ余計に痛々しい。


「朱音さんほんとすごいよねー。なんでもできちゃうんだもの」

「そんなことないよ。わたしにだってできないこと、たくさんあるわ」

「えー信じられなーい」

「人間一人にできることなんて限られてるの。なんでもできるように見えてるのはきっと周りのみんなのおかげね。ありがとう」

「そ、そうかな。えへへ」


 サクのリアルとネットでの違いよう以上に、部室での先輩と教室での先輩の解離が激しくて。

 一見、平和な教室のワンシーンのはずなのに。

 俺はなぜだか涙を流していた。

 教室の廊下側にいた三年生がそんな俺に気づき驚く。それからは連鎖的に視線が集まってくる。

 必然的に、先輩も俺の方を見ることに。

 先輩の貼り付けたような笑顔が瞬時に崩れ去り、勢いよく立つとまっすぐに俺のところへやってきた。


「屋上に行くぞ」


 それだけ言って、教室中の注目を一身に集めながらも、背筋を伸ばし颯爽と俺の手を引っ張って歩く。

 先輩しか入れない屋上に足を踏み入れるのはこれで二回目だ。

 俺の手を離した先輩はこちらへ振り返ると、目尻を下げ、今にも泣きそうな声でこう言った。


「なぜスイが涙を流す必要がある」

「自分を偽り続けている先輩を見ていられなかったからです」

「……よくわかったな。教室でのわたしが偽物だって」

「誰だってわかります。サクだってきっと」

「サクは薄々気づいてるかもしれないな。わたしたちは似たもの同士だから」

「知らなかったです。先輩が教室であんな風に振る舞っていたこと。なんであそこまでする必要があるんですか」

「そうだな、わたしが度を超した臆病者だから、かな。ほら、わたしって超絶美人だし、運動も勉強もできるだろ? だから周りは期待するわけだ。理想の『春藤朱音』をね。だからなるべくみんなのイメージ通りのわたしになろうとしたら、ああなったわけだ。今ではもうすっかり仮面を被ることに慣れてしまったよ。何の問題もない。だから、スイが涙を流す必要なんてないんだよ」


 先輩はとてもおだやかな顔をしていた。ほんとになんでもないかのように。


「問題、ありまくりですよ。先輩に自分の理想を押しつけるまわりの人たちも、それにバカ正直に応える先輩もおかしいです。仮面を被ることに慣れてしまったなんて、そんなの、慣れるまで何度も何度も自分にウソをつき続けたってことじゃないですか! そのたびにきっと先輩は、息苦しくなって、みんなに囲まれているのにそこに一人ぼっちでいるかのような孤独を感じて。そんなのまるで、まるで」

「まるで、スイみたいだ」


 呼吸が一瞬止まる。握りしめていた拳が力なく下がり、俺の中で張りつめていたものがプツンと切れてしまった。

 そうだ。俺がなぜあんな先輩を見て涙を流したのか。それは、俺自身を客観的に見つめているような気持ちになったからだ。それとは別に、ただ無理をしている先輩を見ているのが辛かったっていうのもあるけど。


「まるで、俺、みたいだ」

「そうだ。そして、サクみたいでもある。わたしが近代機器研究部を作った理由は、わたしの、わたしたちの楽園を作るためだと以前言ったのを覚えているかな。最初はサクのためにあの部活を作ろうと思ったんだ。サクもひどく臆病で、ネットの中でしか素をだせなかった。だけどどうしてもネットだけじゃ限界がある。実際に顔を合わせて交流することが必要なんだ。だからサクが入学したらすぐ入部させようと思っていた。でも部員はわたし一人。それじゃ家と変わらない。だから他に部員が必要だった。そんなとき、偶然スイ、君の存在を知ったわけだ」


 朱音先輩はまっすぐな瞳で俺を見据える。先輩は、息をのむほど慈愛に満ちた瞳をしていた。

 一時間目のチャイムなどとっくになってしまっていたが、そんなのおかまいなしに先輩は話を続ける。


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