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働かない勇者と勤勉な呪術師  作者: 神猫 翼輝
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OP1 伝説

この世界には伝説がある。

千年も前にあった実話で、今なお色あせることなく語り継がれる物語。

働かない勇者と勤勉な呪術師においては大事な話なので、まずはその伝説から、おとぎ話形式で語っていこうと思う。


ーーこれは、千年以上も前の伝説である。


とある小島に、一人の男がいたという。

その男は黒い装束に灰色の髪、顔はフードに隠れて見えなかったが、とても生きているとは思えないような死んだ目をしていて、その目から放たれる視線は睨まれた者を凍らせ動けなくするような、とても残酷で冷酷で鋭利な視線だったらしい。

彼の生い立ち、故郷、親………その全ては謎に包まれたままである。

だが一つ明確に分かっていることがある。

それは、かつて人類を滅亡寸前まで追い込んだ災厄の人物であるということだ。


ある日のこと。

いつも通り、世界は平和そのもの。

特によく晴れたいい日だったらしい。

皆はいつも通り目覚め、遊んだり、子育てしたり、仕事したり、と、いつも通り平和に勤勉に勤めていた。


ーー誰が予想しただろうか。

この日を境に、しばらく人類が晴れた青い空を見れなくなると。

ーー誰が予想しただろうか。

この日を境に、人類が滅亡の危機を迎えると。

ーー誰が、予想しただろうか。


ーーかつて、世界の創造主「ゼウス」が人間の世界を守るために封じたという「パンドラチェイン」の封印が解かれ、世界に災いをもたらすと言い伝えられていた「災魔」が、人の世界を蹂躙する……………と。


ゴロゴロゴロ!!!


雷鳴が空いっぱいに響き渡る。

途端に黒く澱んだ闇の雲が世界を覆って、世界中の人類が騒ぎ立て始める。

かつてゼウスが残した言い伝えにはこうあった。

この世界に災いをもたらす、「災魔」が蘇るとき、世界に雷鳴が轟き、黒雲が世界を覆うだろう。

誰もが知るこの言い伝えは、この時、現実となった。


「キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!」


突如町に響く悲鳴。

皆の視線がその悲鳴のほうを向く。

そして、皆が息をのんだ。

そこには、四肢をもがれ、腹を貫かれた女性の死体があったのだから。

「…………ウガァァァァ」

直後、おぞましい呻き声が放たれる。

そこにいたのは、明らかに人とはかけ離れた生物。いや、生物ですらないのかもしれない。

禍々しい妖気と殺気をはなつそいつの手にはベットリとした朱がついていた。

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「ウワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

街が悲鳴で埋め尽くされる。

だが、その叫びも、遅すぎた逃走も、全くもって意味を持たず、儚く、残酷に、冷酷に、次々と命が散っていく。

逃げ惑う人々を次々と殺していくのは、災魔。

建物は次々に壊され、食料も根こそぎ奪われ、命は冷酷にも蹂躙され………

当時は強い武器も強い者もいなかった非力な人類は抵抗するすべもなく、逃げ延びる力もなく、ただただあの災いそのものの化け物に全てを奪われるしかなかった。


それからは人が死ぬことなど当たり前の時代がやってきた。

抗う力も逃げ延びる力もなかった人類はただただ理不尽に、残酷に、血も涙もない災魔に殺され殺され殺されて。

叫んでも泣いても笑っても何一つ感情を持たない殺戮兵器である災魔には寸分たりとも影響を与えられず、また一つ、また一つと消えていく。

もはや世界に未来などない。いつ、この地獄は終わるのだろう。

ーーーいつ、人類が皆この世界から消えるのだろう。

誰もがそう思っていた。



「…………うっ………うっ………姉ちゃん………姉ちゃん………いやだ……………しんじゃ、………いやだよ…………」

ーーある壊滅した集落にて。

血みどろになり、ボロボロの体で死んでいる姉と呼ばれた女性の傍らには、その女性の死を悲しむ妹と思われる女性が一人。

周りに人はもう(・・)いない。

さっきまでは、あんなに賑やかだったのに。

跡形もなく崩れ去った建物の中には、小さな屋台のようなものもたくさんある。

ーーさっきまで、この集落の人たちは、お祭りをしていたのだから。

皆、その時間の中で精いっぱい楽しんで、笑っていた。


どうせ逃げても死ぬのは避けて通れない。もともと我らが死ぬのは我らが生まれた時点で決まっていること。遅かれ早かれ人はいつか死ぬ。

ならば、死ぬ前に全力で楽しく生きてやろう。

それが、我らのすべきことだ。


村長と思しき人物が言っていた。

確かにそうだ。どうせどうにもできないのならーーー最後に楽しんでやろうじゃないか。

そう思えれば、この地獄で一瞬でも楽しんで生きていくことができるだろう。


ズシン


大きな足音。大型のサイクロプス。

その巨大な棍棒の一振りで、人は儚く叫ぶ間もなく一瞬で、肉塊と化す。

「…………あ。」

少女がその死の足音に気づく。

だが、少女は動かない。すぐそこにある死の未来を受け入れている。

これが、今のこの世界の人間だ。

あの男一人のせいで、全人類は死を簡単に受け入れる、生にしがみつかない生き物と化したのだ。

サイクロプスが棍棒を振り上げる。

次の一瞬には、あの少女は原形をとどめず、ぐちゃぐちゃの肉塊になる。

ーーいつからだろうか。こんなにも冷静に死の光景をみれるようになったのは。

俺は一吟遊詩人として、この生々しい歴史を残さなければならない。

だが、それ以前に俺も一人間だ。たとえどんなことでも歴史に残して語り継いでいかなければならないのだが、まったく情がないわけでもない。人が死ぬのなら尚更だ。

なのに、なぜこんなにも落ち着いた気持ちでこの光景を見ていられるのだろう。

なぜ、叫ばないのだろう。なぜ、少女を助けようと思はないのだろう。

俺はなぜ、----こんな非常な人間になったのだろう。

「…………クソッ。頼むよ………なんとか、助かってくれよ…………」

自分から動くわけでもないのに、口だけは勝手なことを漏らす。

ーー俺は、俺は、----

「……………さぁ、仕事だ。」

次の瞬間、世界から一体のサイクロプスが消えた。

「…………え?」

少女が呆気にとられた声を上げる。

「…………いくぞ。ついてこい。」

「…………………」

構わず男が声をかけ、歩き出すと彼女は無言でついてくる。

ひと昔前ーーーまだ、世界が平和な頃ならありえなかった。

だが、今の人類は死さえ簡単に、息をするように余裕で受け入れる。

知らない人についていくことなど、微塵も怖がりはしないのだ。

だが、問題はそこではない。

災魔は人類がどんなに努力しても傷一つつけることすら叶わない災いそのもの。

奴らが世界にいるだけで、人類は滅亡の危機を迎えている。

そのぐらい、人類と災魔の間には絶対的な差があるのだ。

そんな常識を鼻で笑うように、彼は災魔を一瞬で、一閃で、切り捨てた。

「…………彼は、この最悪の物語を変える英雄なのかもしれない。」

心の底からそう思った。


ーーー数か月後。

全人類は、たった一人の男によって、この世界のある一点に集められた。

皆が口をそろえて言う。

「ここにこれたのは、まさしく彼のおかげ」と。


「皆、ここは世界の創造主ゼウス様が作り上げた神殿だ。災魔共もここには来れない。

だから、この世から一匹残らず災魔が消えてなくなるまでは………悪いがここから出ないでくれ。」


皆をここまで連れてきた救世主は言う。

生を諦め、死を受け入れた人類をできるだけ多く救った彼の言葉に異論を唱える者はいなかった。


翌日から、災魔は確実に数を減らしていった。

たった一人の男によって。

強すぎるのだ。災魔がどんなに攻撃してこようと、その攻撃が男に届くことはなく、男の一閃で災魔は一瞬にして絶命する。

今までは災魔の一撃で人は肉塊へと変わった。

だが今度は、男の一撃で災魔は鮮やかな死体へと変わっていく。

一匹、また一匹と。

今度は災魔が消えていく。


一月経つころには、災魔の数は半分程度に減っていた。

男は、呪術師のいる小島にたどり着き、無数の災魔と激しく戦った。

災魔の攻撃はこれまで比べ物にならないほど苛烈になり、足を踏み入れるだけで肉塊と化すような、恐ろしい世界へと変わった。

だが、男につくのはかすり傷程度。

致命傷を与えることもできなければ、体力を削ることもできず、三日経つころには、ほとんどの災魔が死体へと変わっていた。

そして、男はついに呪術師の下へ辿り着き………………


「………………ここ何日か災魔を見ていない。誰か見たものはおらんのか」

避難民のリーダーに選ばれたある街の町長が問う。

ーー返事はない。

つまり、誰も見ていないのだ。

「………どういうことだ?まさか本当に災魔がいなくなったとでもいうのか?だとしたらーーー一体なぜ、彼は戻ってこないのだ………」

彼はこの神殿から出発する前言っていたのだ。災魔を滅ぼしたのち必ず戻ってくると。

だから彼らは、決してこの神殿から出てこない。

ーー俺が、真実を伝えなけえれば。

彼の戦いをすぐそばで見て、彼から最後の伝言を伝えられた俺がーーーーーーー



数年後。

世界は完璧に平和に戻っていた。

彼はあのとき呪術師との戦いに勝ち、呪術師を完全に亡き者にした。

それと同時に、世界に蔓延っていた災魔も忽然と姿を消し、人類の脅威は消え去った。

それから、人類は少しずつ住処、食料を確保し、町を復興させて、数年たった今。

ほぼ完璧にこの世界は元に戻った。

無数の死者を出した。

無数の建物、文明を失った。

それでも、人類は世界を取り戻した。

その名前も知らない救世主の伝説は、時を越えて語り継がれていくだろう。

俺は、最後に彼と初めて会ったこの丘に今どうしているのか、死んでしまったのかもわからない救世主に心から感謝と敬意をこめて、シオンの花の上で、この物語を終わりにしよう。














































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