1話 内定式
春が訪れ桜散る季節には、新たなる出会いが待っている。広い会場に、規則的に並べられている椅子に新入社員が300名ほど座っている。
ここはOA機器を販売する『大西商会』の内定式の会場である。気の弱そうな人もいれば、茶髪でおちゃらけた人がいたり千差万別だ。そんな中に、なにか違う雰囲気、異質なオーラを漂わせている男がいた。
いうならば、犬の集団の中に一匹オオカミが混じっている感覚。
その男の名は『青井龍』である。
身長は180cmくらいで、スーツの上からでも分かるほど筋肉が隆起している。髪型はスポーツ刈り、こぶしは分厚く黒ずんでいる。まるで、格闘漫画に出てきそうな男が椅子に座ってだるそうに副社長の話を聞いている。
(あーつまんねぇ。トイレでタバコ吸おっと)
龍は立ち上がると、会場の出口に向かって行った。当然、内定式を運営している人事部の人に呼び止められたが、
「ちょっと君、どうしたの?」
龍は、思いっきり睨みつけて答えた。
「うんこ!漏れそう!トイレ!」
龍のあまりの稚拙な答えと、顔面の迫力に圧倒され言葉を失っていた。堂々と会場の外を出て、トイレに向かった。洋式トイレに座ると、タバコを取り出し火をつける。ニコチンが肺に吸い込まれ、血液に溶け出して脳に届くとドーパミンが放出される。何もしてないのに、妙な達成感やリラックス感を得られる魔法の煙である。
(……内定式は面倒だな)
龍は5本目のタバコを洋式トイレの封水に捨てて流した。タバコ独特の香りがスーツに染み付いた。内ポケットから、コロンを取り出してスーツの全体に降りかけた。 混ざった匂いは、繁華街にいるような男達から発せられる危険な香りのようだ。龍はタバコを吸い終わると、会場に戻り、席についた。すると、隣のおかっぱ男が喋りかけてきた。
「あのー、具合は大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だよ」
おかっぱ頭は、スーツのポケットから怪しい色の薬を黒田に見せた。
「あのよかったら、僕の調合した万能薬があるんですけど飲みますか?」
「あぁ、お気遣いなく……」
龍は苦笑いを浮かべた。
「てか、まだ副社長の話終わってねーじゃん。
長すぎだろ」
「まぁ、そんなもんですよ――」
――龍は首を傾げておかっぱをじーっと見つめている。
「てか、お前さぁ……」
「なっなんですか? そんな急に僕の顔をじっと見つめて」
「男か女どっちなの?」
龍の言葉に、唇をとがらせて眉間にしわを寄せいる。身体がプルプル震えて怒っているようだ。
「失礼ですね。男ですよ!」
龍は首にぶら下げている社員カードを見る
「いや、『たまき』って名前、女じゃん!」
「女の子っぽい名前ですけど、僕は男です!」
たまきの背丈は170くらいで、ボブヘアーの髪、くるんとした目、雪色のような肌。まるで、女の子のような高い声である。
「あなたは、龍って言うんだね」
「おう、よろしくな!」
黒田はおもむろに、たまきの胸を触り感触を確認している。たまきはいきなりの出来事に身体が固まり動けない様子。
「な、な、何するんですか! やめてください!」
「冗談だよ! ほんとに男だな!」
たまきは、胸を押えてうつむいて赤面している。そうこうしている間に、副社長の話が終わった。
「やっと帰れるぜ。帰ってシコって寝よっと!」
「まだ社長の話がありますよ」
「嘘だろ」
副社長に替わり、社長が壇上に上がった。社長はブランド物のスーツを着て、右手にはダイヤのちりばめられた腕時計をつけている。オールバックの髪型で、ポマードがべったり。昭和の伊達男がイメージに当てはまる。長は満面の笑みで語りかけた。
「皆さん、こんにちは! 先に礼を言いたい。よく我が社を選んでくれた。君たちは我が社の一員となった。宝物である。企業は人なり。これから先、人生の大半を仕事が占める。それならば、仕事で成果を上げよう。自分自身も高めようじゃないか――」
――たまきは、目を輝かせて話を聞いている。
「社長、すごくいい人そうだね」
龍は呆れた顔で言った。
「胡散臭い。まるでマルチの勧誘みたいだな」
社長の話が終わり、内定式が閉幕した。