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第46話 2月12日 レニングラード包囲


 さて。

 いまおれは小さな台所に立っているのだが。

 目の前にスーパーで買い込んできた食材が並んでいる。

 牛肉・・150g、たまねぎ・・300g、人参・・120g、じゃがいも・・120g、にんにく・・20g。

 カレールー四人分、ワイン、ブランディー・・適量(レシピには適量と書いてあったのだが量がわからないので瓶一本ずつ買ってきた)、タバスコ、ケチャップ、ドミグラスソース、唐辛子、牛乳、ウスターソース、トンカツソース、醤油、鶏ガラスープ、インスタントコーヒー、バター・・適量。


 本格的に作ろうとしたら、結構な種類と量の食材がそろってしまった。

 さて、どこから手を付けようと悩んでいたら、


「メシまだ〜? こっちは腹減ってるんだけど〜。早くしてくれない?」


と、こたつの方から千紗姉ちゃんの酔っ払った声がしてきた。


「チサさん、待ちましょう、きっとマモルさんが美味しいカリーライスを作ってくれますから」


 ソーニャに他意はないのだろうが、ハードルを上げられて少々おれは困った。


 とりあえず、ガラケーのネットのレシピに目を通す。


 「1.牛肉を適当な大きさに切り、ワインを振りかけ揉み込んでおき一晩寝かせておく」


 いきなりつまづいた。一晩仕込んで寝かせておく余裕なんかないよ。

 とりあえず、できることから行うことにした。

 野菜を手頃な大きさにまず切る。さすがの料理下手のおれでも、じゃがいもと人参を切るぐらいは簡単にできる。自分の包丁さばきに思わずうっとりするほどだ。そしてにんにくの皮をむきスライスする。よし、ここまでは順調だ。


 しかし、包丁さばきに最大の難関が現れた。玉ねぎである。まず皮をむくのだが、もうこの段階で涙目になってきた。それに耐え、玉ねぎをスライスする。涙があふれてくる。手元が見えないのでうまくスライスできているのかわからない。玉ねぎの根が硬いがこれを力づくで切り立ち、やっと終了。


 えーと次は、なになに、鍋にサラダ油、バターをひき 切り置きのニンニクの半分を入れ香りが出てきたらあらかじめ切った玉ねぎを入れ、玉ねぎが飴色になるまで炒める。 炒め終わったら一旦皿に移して冷ましておく、か。それくらい簡単だ。さっそくサラダ油とバターをひき玉ねぎとニンニクを炒める。

 

 いい具合に飴色になってきたので、レシピ通り別の皿に移そうかと思ったが、ワインの事を忘れてた。いまちょうどワインを入れるといいのではないか? 思い立ったが吉日、おれはワインの栓を開け、適量・・・瓶の1/4ぐらい注ぎ込んだ。


「いい匂いがするわね」


 こたつから千紗姉ちゃんが話しかけてきた。


「まあまあ、完成までお待ち下さい」

 

 調子よく答えるおれ。なんだ、おれって料理の才能あるんじゃないか?


 炒めた玉ねぎとニンニクを別の鍋に移し、玉ねぎを炒めた鍋で肉、野菜を炒め始める。油をひいて、残ったニンニク、唐辛子を入れ香りが出てきたらブランディーを肉に少しふりかけ炒める。

 ブランディーが少し少ないかな? ワインに香り負けしちゃうよなあ。よし、もっとブランディーを入れよう。これも瓶の1/4ぐらいでいいだろ。


 お次はーータバスコ少々、鶏がらスープを入れ丁寧にアクを取りながら煮込む。 アクがだいたい出切ったところで、牛乳・ウスターソース・トンカツソース・ケチャップ・醤油・鶏ガラスープ・ドミグラスソースを入れ、さっき飴色に炒めたたまねぎを入れてさらに煮込む。

 おっと、隠し味のインスタントコーヒーを忘れてた。これもどれくらい入れればいいだろう? 瓶小さいから、半分ぐらいぶち込んでもいいか。


 なんとか形になったきた。やればできるじゃないか、おれ。


 煮込んでる鍋の火を止め、ルーを投入し、しばらく置いておく。

やった、ほぼ完成だ。

ルーが溶け切った頃合いを見計らって、小皿にカレーをよそって、味見してみる。


「うげぇ・・・!」


 なんだこの殺人的な不味(まず)さは。何を間違えてこうなった!?

 ワインを入れすぎたか? だがアルコールは揮発してそれほど影響を与えないはずだが・・・。

 タバスコとケチャップで味を整え直そうかと考えたが、余計ひどい味になるのは目に見えている。


 ーーこんな失敗するなんて、おれは昭和の少女漫画のヒロインかよ・・・


 暗澹たる気分に陥っている時、千紗姉ちゃんとソーニャの声が。


「守、もうできたでしょ? 早く持ってきてよ」


「マモルさん、私もおなか空いちゃいました」


 はははと暗い微笑を浮かべながら、おれは、カレーを2つの皿によそって、水の入ったグラスとスプーンとともにこたつの上にそっと差し出した。


「いっただきま~す」

「いただきます」


 ふたりとも明るい表情でスプーンを口に運ぶ。

 次の瞬間、千紗姉ちゃんがカレーをその場にぶはっと吐き出した。こたつの板が汚れる。


「な、何この味!? あんたカレーひつとまともにできないの!?」


 カチャン、とスプーンがカレーの皿に置かれる音が。ソーニャはスプーンを置いたまま、口元を右手で覆い隠しながら、必死に咀嚼してカレーを飲み込もうとしている。


「ソ、ソーニャ、無理して食べなくていいよ! 不味かったらそのまま残してくれればいいから!」


 ソーニャは再びスプーンを手にとった。真っ青な表情のまま次の一口に挑む。


「ソーニャ、残しなさいよ。こんな生ゴミ食べて体壊したらどうするの?」


 千紗姉ちゃんの辛辣なひとこと。だがソーニャは食べ続けるのをやめようとしなかった。コップの水で、カレーの残骸を胃に無理やり流し込んでいる。


「すみません、マモルさん、みずのおかわりを」


 ソーニャから差し出されたコップをあわてて受け取ると、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを注いで再び彼女に渡す。


 ソーニャはいったんスプーンを置いて、おれのほうに厳しい目つきを向けてきて次のように言った。


「マモルさん、私は幼少期の900日をナチス・ドイツの包囲下のレニングラードで過ごしました。その900日の間の死者は100万人です。ほとんどが餓死です。私もその過酷な飢餓を体験しました。・・・だから、この世で一つだけ許せないことがあるんです。それは食べ物を粗末にすることです・・・。ですので、私はこのカリーライスを残さず食べきります」


 そうして彼女は再びカレーの皿に向かい始めた。



 結局、ソーニャはそのひどく不味い『護衛艦いせのカレー』を最後まで食べきった。


 千紗姉ちゃんが冷徹な目をしておれに言った。


「守、あんた二度と料理作らなくていいから。つうか、台所の前に二度と立つな」


 おれは返す言葉がなかった。


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