第44話 2月12日 カレーライスかチャーハンか
一日がたつのが早い。
もう今日も夕方になっていた。
午後五時、外の世界は真っ暗な夕闇に包まれていた。
古ぼけた小さなコインランドリーにソーニャと二人きり。
アパートのすぐそばにそのコインランドリーはあった。
乾燥機が二台、ガラガラ回っている音がしている。
一台は、おれの洋服と下着。もう一台は、ソーニャと千紗姉ちゃんの洋服と下着。
このコインランドリーにソーニャを初めて案内した時、何台も並ぶ洗濯機と乾燥機に彼女は心底感動して目を輝かせていた。
よっぽど、1953年のソ連では洗濯は重労働らしい。ソーニャはコインランドリーがいかに便利か少し興奮気味に語ったものだ。テレビの通販番組での全自動洗濯機と乾燥機にえらい食いついていたのも納得できる。
以来、毎日洗濯でコインランドリーに来ているのだが、おれの洗濯物とソーニャと千紗姉ちゃんの洗濯物は二つに分けられている。おれの洋服と下着を一緒に洗濯するのはよっぽど嫌なのかと思い、思い切ってソーニャに聞いてみたら、別におれの洗濯物が汚いからわけているという事ではなく、単に男物の下着と女物の下着ーー千紗姉ちゃんとソーニャの下着だーーそれらを一緒に洗濯するのがソーニャは恥ずかしいからだという説明を受けて、おれは納得した。
思春期の娘に「お父さんのパンツ汚い!」という理由で一緒に洗濯するのを拒否された時の世の父親の哀しみがもう少しでわかるとこだった。
おれはパイプ椅子に座ってボロボロの漫画雑誌を読みながら乾燥が終わるのを待っている。
ソーニャも椅子に腰かけ、彼女もまたボロボロのファッション雑誌のページをめくっている。
「この冬のトレンドはグリーンを基調としたパンツルックだそうですよ、マモルさん」
ソーニャが話しかけてくる。
「そのファッション雑誌、去年の冬のやつだよ、ソーニャ」
そうおれが指摘すると、その事に気づいた彼女は急に少し顔を赤らめ、
「恥ずかしいです。去年の流行を語っていたなんて」
と言って椅子の上ですらりとした体躯を少しちぢこませる。
「ん・・・でも、一年の違いなど私には問題ありません。私の持ち時間の長さに比べれば・・・」
ボロボロのファッション雑誌を雑誌受けに戻しながら、彼女はつぶやく。
「ところでさあ、ソーニャ、今夜の夕食、おれが作るからソーニャは何もしなくてもいいよ」
ポツリとおれはつぶやいた。
「え、なぜですか?」
ソーニャは突然のおれの言葉にちょっとびっくりしたようだった。
「千紗姉ちゃんにお昼に言われたんだ、ソーニャが皿洗いしている間。今の時代、料理のできない男なんて考えられない、だから守、あんた今夜なんか夕食作ってみなさい、って」
「それは素晴らしいことです!」
ソーニャは即答した。
「料理は女のものという古臭い既成概念に捕らわれず、男の人も料理する、真の男女平等です! 共産主義の理想とする世界です、それは!」
よっぽどおれが料理することがソーニャは嬉しいらしい。
「今晩の夕食、期待して待っていますからね」
そうしてどこまでも優しげな笑みを向けてくるソーニャ。
うん、ソーニャの期待にこたえる料理を作らなきゃ。
でも、おれが作れる料理ってチャーハンとカレーライスだけなんだよなあ・・・。