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第43話 2月12日 CCCP

 朝食が終わり、ソーニャは皿洗いを終えてコタツに戻ってくると、千紗姉ちゃんに向かってやおら口を開いた。


「昨日のカマクラ旅行はとても楽しかったです。ご配慮、どうもありがとうございました」


 すると千紗姉ちゃんは、


「いいのよ。ソーニャが楽しんでくれたなら喜びこれに過ぎるはないわ」


と、朝っぱらからブランデーのグラスを片手に答えた。


「そこでなんですが」


「何?」


「カマクラまでの旅費をマモルさんに支払って頂きました。それだけでなく、今日までのこの部屋の滞在費、食費を私は支払っていません。いつまでも食客(しょっかく)の身でいるのは、私は、とても心苦しいです。ですから、わずかばかりですがお金をお支払するので受け取って頂けませんか?」


 そこまで聞くと、千紗姉ちゃんはニヤッとして、


「1950年代のルーブル紙幣はお断りよ。もちろん、ドル札でもね」


と、勝ち気な笑みを浮かべて答えた。

 するとソーニャは紺のスカートの腰回りの裏の部分をごそごそといじくり、そして、そこから一枚の金貨を取り出した。

 すっと、その金貨をこたつの上、千紗姉ちゃんの前に差し出す。


「この一枚で一ヶ月分ぐらいの費用はまかなえると思いますが・・・足りないようでしたらまだ金貨はあります」


 ソーニャは淡々と言った。千紗姉ちゃんは興味なさげにそのコインを見下ろしていた。おれは好奇心から手を伸ばし、コインを手に取って眺めいってみた。

 金貨の表面にはレーニンの肖像と、「CCCP」という文字が浮かび上がっていた。試しに裏返してみると、そこには(かま)(つち)のマークが描かれていた。金額を表すような数字の表記は表面にも裏面にもない。おれはコインをもう一度裏返し、「CCCP」と表記されている表面を見つめてみた。


「シーシーシーピー?」


 おれがアルファベットを読み上げると、ソーニャがそっと身体をおれの横に寄せてきた。

 なにか、彼女からとてもいい香りがした。

 ソーニャは言う。


「シーシーシーピーではありません。正確にはキリル文字の読み方で、『エス・エス・エス・エル』となります。あっ、エス・エス・エス・エルとは、『Союз Советских Социалистических Республик(ソユース サヴィェーツキフ サツィアリスチーチェキフ リスプーブリク)』ーーソビエト社会主義共和国連邦の頭文字4つを取って、こう読みます。ロシア人は、自国ソ連のことを呼ぶ時に、『エス・エス・エス・エル』か、『ソヴィエツキー・ソユース』とだいたい言います」


 そこまで言って彼女はほほにかかる横髪をかき上げる動作をした。・・・やっぱり、いい香りがする。


「エス・エス・エス・エル・・・」


 そうつぶやいてみたが、なんだか現実感がなかった。

 不意に、千紗姉ちゃんが手を伸ばしおれの手から金貨を取り上げた。そして彼女はしげしげとそのコインに眺めいる。


「金貨ねえ・・・たしかに、世界中いつの時代どこに行っても、普遍的な価値を有しているから海外での工作資金にするにはうってつけね。有名な話では、チェ・ゲバラが南米をバイクで放浪してた時、純金のローレックスの腕時計を身に着けてたそうね。アマゾンのジャングルでもお金として使えるし。あと、イギリス軍の特殊部隊が常にソブリン金貨を持って敵地に潜入するって話聞いたことあるわ」


 そこまで言うと千紗姉ちゃんはコインをいきなり右手で空中に弾きーーコイントスして、左手の甲の上でそれを受け止めた。

 コインを覆っていた右手をどけると、再びその金貨に見入って、


「今日の金市場、1グラムあたりいくらかしら?」


と、首をかしげた。


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