第42話 2月12日 インターネット
今朝は千紗姉ちゃんに、いつもの日課の経済新聞を買いに行かかされることがなかった。
「考えてみれば、わざわざ紙媒体で新聞読まなくても、ノートPCで電子新聞読めば済んだ話なのよね。2013年にもなって私、何やってたんだろう。というわけで、そこの守くん、君は今日から新聞買いに行くのお役目終了だから。今までご苦労さん」
と、非常に軽い口調で申し告げられた。
こたつの上に私物のノートPCを置いて、電子新聞を読んでいる千紗姉ちゃん。その姿を、キョトンとした目で眺めているソーニャ。その視線に気づいた千紗姉ちゃんは、ノートPCをぐるりと回転させてディスプレイをソーニャに見えるようにして、次のように言った。
「これが21世紀、2013年現在世界中に普及しているパーソナルコンピュータってやつ。いわゆる、超小型電子計算機。特にすごいのが、この機械でインターネットに接続すれば、全世界とつながることができるのよ」
そこでソーニャが口をはさんだ。
「チサさんのもっている、タイプライター付き小型カラーテレビジョンーー超小型電子計算機ですか? それとインターネットというのが、そんなにすごいとは思えないのですが・・・」
とどことなく申し訳無さそうに言う。
「え、だって電子メールで地球の裏側にいる相手に瞬時にメールを送れるのよ?」
ポンポンとノートPCのディスプレイの上部を軽く叩きながら千紗姉ちゃんは答えた。
「情報伝達の問題で言ったら、1953年現在、モスクワからニューヨークに国際電話をかけることが可能です。緊急を要する要件なら、メールなど使わず電話一本で済むではないですか。チサさんのお持ちの携帯電話でも、世界中どこにでも連絡が取れるのではないですか? 別にインターネットとやらが無くても困らないではないですか」
そうソーニャに言われて、こたつの上に置いていた自分のスマホを手に取って思わず眺めいる千紗姉ちゃん。
「そ、そりゃそうだけど・・・インターネットがあれば世界中の情報が瞬時に入手できてチョー便利なのよ」
「その情報の信憑性は何によって裏打ちされているのですか?」
「確かに、インチキ情報がネットにはあふれかえっているけど・・・」
「私には、その超小型電子計算機とインターネットの組み合わせより、よっぽどすごい物が21世紀にはあります」
「それは何?」
インターネットの利便性を受け入れてくれないソ連の少女に少しいらだちながら、千紗姉ちゃんは聞く。
「それは、全自動洗濯機と乾燥機の組み合わせです」
「え?」
千紗姉ちゃんが少し間抜けな声を出す。
「私の日課・・・朝起きてマモルさんと駅前のキオスクまで経済新聞を買いに行って・・・ああ、これは今日から行わてくて良くなったんですね。それから、朝食の用意をしてそれを食べ、皿洗いをしたら、テレビで国会中継を観て、続いて昼のニュース、それから台湾の連続昼ドラマの放送を観てから、昼食の準備にとりかかるというものですが、その放送の合間に流れるコマーシャルで、全自動洗濯機の紹介がされています。全自動洗濯機・・・!! あの洗濯という全世界の女性を苦しめる重労働から解放されて、しかも乾燥機に洗濯物を放り込めば、自然に乾くなんて・・・!! まるで夢のようではないですか。しかも、その全自動洗濯機をテレビの通信販売で買うと、なんとスチームアイロンが一台おまけで付いてくるんですよ!! ああ、21世紀の科学の発達は本当にすごい!!」
少し陶酔したようなほのかな赤みをほほに浮かべて、ソーニャは一気に言い切った。それに対し、あ然として言葉を返せない千紗姉ちゃん。
「インターネットを使えば、本の通販が数分でできて、翌日届くというのは・・・ダメ?」
千紗姉ちゃんが恐る恐る言う。
「読みたい本があったら本屋さんに注文すればいいだけです。数日かかりますが、そこには待つ喜びがあります」
ツンとすましたソーニャの返答。
インターネットの素晴らしさをうまく説明できない千紗姉ちゃんが、視線でおれに助けを求めてきたが、おれはそれに気が付かないふりをして読みかけの漫画雑誌に目を落とした。
「さて、そろそろ朝食の準備をしますね」
そう言ってソーニャはコタツから立ち上がり、せまいキッチンへと向かった。
残された形になた千紗姉ちゃんは、うーんとうなったあと、「インターネット、インターネット」とぶつぶつとつぶやいていた。