第41話 2月12日 非通知電話
その晩はなかなか寝つけず、ソーニャと千紗姉ちゃんの小さな寝息を聞きながら布団に横になっていた。午前1時頃、ほぼ真っ暗な室内、不意に、枕元のガラケーがマナーモードで振動し、着信のランプが点灯した。
手を伸ばしガラケーのフタを開ける。『非通知』の表示。
おれは着信応答のボタンを押して、会話の声で千紗姉ちゃんとソーニャを起こさないように、台所の洗い場の前まで移動した。
「・・・こんばんは、守くん」
電話の相手は香川万里恵さんだった。電話に出る前になんとなく、彼女からの電話だと直感めいたものがあったが、正解だった。
「どう、エアメールは届いた?」
おれは沈黙していた。
「私ってヒドイ女よね、守くんもそう思うでしょ?」
無言がおれの返答だった。
「ああ、そんなつまらないことのためにでんわしたんじゃないの」
酔っている? 万里恵さんの口調に軽い錯乱のようなものを感じた。
「ねえ探偵小説はお好き? 今度の土曜日の夜8時から連続テレビドラマ放送が始まるの。チャンネルは、ええと、ええと・・・」
おれはいろいろ問いただしたいことがあったが、彼女に対して沈黙をつらぬいた。
「ま、ドラマなんていいか。現実のほうがドラマよりはるかに波乱に満ちているからね・・・」
軽いため息が聞こえる。
「・・・そう、今日こんな時間に電話したのは守くんにさよならを言うために電話したの」
おれは次の言葉を待った。
「いろいろ巻き込んじゃってごめんなさい、守くん。そして永遠にさようなら。短い間だったけど、ありがとう」
そして一方的に通話は切れた。
おれは、ツーツーというガラケーの音に耳をしばらく当て続けていた。
もぞもぞとソーニャが動く気配がした。起こしてしまったかと心配したが、ただ寝返りをうっただけだった。
ーー永遠にさようなら、か
おれは寝付けるか不安感をいだきながら、ガラケーを枕元に戻し、布団に入り再び目をつむった。