第40話 2月11日 小さなミステリー
「じゃ私寝るから」
そう言うと千紗姉ちゃんはコタツにひっくり返って顔を片腕で覆って眠る態勢に入ってしまった。
やがて、数分も経たずに小さな寝息が聞こえてきた。
どうしたもんかとおれが考えながらソーニャの方を見ると、何か彼女は物思いにふけっているようだった。
「どうしたのソーニャ?」
おれが話しかけると、
「奇妙な点があるんです」
とソーニャ。
「奇妙なって?」
おれが問い返すと、
「私がハガキの表を見た時、切手のスタンプに『6th February』と押されていました。つまり、あのエアメールはフィジーで2月6日に投函されたというわけです」
そこまで細かいところを見ていなかったおれは、それが何を意味するのかよくわからなかった。
「私とマモルさんが彼女ーーカガワマリエと初めて会ったのは何日でした?」
「ええと、ーー2月8日だよ」
そのとおりだといった感じに大きくソーニャはうなずくと、
「つまり、あのエアメールは私達が初めて出会う前にすでにフィジーから投函されていた、ということになります」
あっ、と、おれも気づいた。そこで一つ大きな疑問がわいた。
千紗姉ちゃんがおれのアパートに転がり込んで来たのは2月5日。2月6日にフィジーにいた万里恵さんに、千紗姉ちゃんの正確な居場所はわかっていなかったはずだ。
「答えは簡単です」
ソーニャがほっそりとした右手の指を自分のあごにあてる。
「興信所の探偵あたりに、チサさんの動向を監視させていたのでしょう。そして、チサさんがマモルさんのアパートに宿泊していることを国際電話で探偵から報告を受け、それからエアメールを出したんです」
なるほど、それなら納得がいく。しかし、なんで万里恵さんは興信所まで使って千紗姉ちゃんの動向を把握しようとしたのか、そして初対面を装っておれに接触してきたのか。
そのことを、ソーニャにたずねてみると、
「まず、わざわざ守さんに会いに来たたのは、エアメールの差出人が見知らぬ人間からのものだったら受け付けてもらえない可能性があるからです。マモルさんが、『香川万里恵? 誰だそれ』と言ってハガキを捨てる可能性がありますから。それからーー」
ソーニャは語を続けた。
「興信所を使ってまでチサさんの動きを監視していたのは、何らかの引け目がマリエという女性にはあるからでしょう・・・」
「それは、千紗姉ちゃんに対し万里恵さんがなんらかの引け目を感じているということ?」
「そうです。そしてその答えは、写真に一緒に写っていた男性ーー彼にあると思います」
頭の回転の遅いおれにもようやく状況が飲み込めた。
「つまり、万里恵さんは千紗姉ちゃんとあの男性と三角関係にあったということ?」
「そのとおりです。そこであのエアメール。要は勝利宣言をエアメールでわざわざ送ってきたということです。・・・非常に不愉快な行動ですね。私はマリエという女性を軽蔑します」
ソーニャの表情が硬いものになった。
「万里恵さんがそんな事するような人にはおれには思えないけど・・・」
「エアメールという歴然とした証拠があります」
それを聞いて、おれは黙り込まざるを得なかった。
「なんにせよ」
ソーニャがおれの方をじっと見つめながら言ってきた。
「もう二度とあのカガワマリエという女と関わるのはやめましょう。おそらく、向こうもこれ以上こちらに接触してくることはないと思いますが」
おれはソーニャの視線から瞳をそらし、うつむいてコタツの布団を見つめた。なんだか、香川万里恵さんにはなから手玉に取られていたのかと思うと、悔しさというか、寂しさの用な感情が大きく膨らんできた。
「マモルさんはなにも気にすることなんてありませんよ。良くある男と女の関係にちょっと巻き込まれただけのことですから・・・」
ソーニャが俺に気を使って優しい口調でささやいてくれる。
それでも、何か釈然としないものがおれの中に残った。