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第38話 2月11日 コスモナウト

 JR新宿駅に着いたら、ソーニャがそわそわしだした。お手洗いにでも行きたいのかと思っておれがたずねると、違うという。「本屋さんに、寄りたいです」というのが彼女の返答だった。

 それでは、ということで、私鉄に乗り換える前に新宿駅東口にある巨大本屋に寄り道していくことにした。

 ソーニャがなにか文学関係の小説でも探しているのかと思ったら、彼女が真っ先に目指したのは趣味の雑誌コーナー、それもミリタリー関係の場所だった。


「マモルさん、立ち読みしても怒られないでしょうか?」


「大丈夫だよ、こんなでかい本屋なら」


と答えると、彼女はおもむろに『月刊戦車ファン』という雑誌を手にとって開いた。

 そうしてパラパラ頁をめくり、不意に指を止める。


「T−80に、T-90……21世紀のソ連の戦車は、こんなにも高度に発達しているのですね。私が知っているT-34/85戦車とは大違いです。これならアメリカンスキーの戦車と勝負になっても我らがソヴィエト連邦の勝ちですね。……はあ……たまりません……」


 雑誌を立ち読みしながら恍惚とした表情の彼女。俺はソ連製の戦車が湾岸戦争でアメリカ軍の戦車を前にしボロ負けした事実を知っていたが、さすがにそんなこと言える雰囲気ではなかった。

 月刊戦車ファンを本棚に戻すと、今度は月刊航空マニアという名の雑誌を手にとってページをめくった。ぴたりと、ほっそりとしたソーニャの指先が止まる。


「航空機は、Mig-31ですかMig-15からこんなに進歩して……朝鮮半島のF-86セイバーなんてひとひねりですね……うれしいです、祖国の進歩した兵器の姿がおがめて。やっぱり、ソヴィエトが滅んだなんて嘘ですね。こうして新しい兵器が作られ西側に公開もされているのですから……」


 そう言ってソーニャは何度もうんうんと一人うなずきながら、雑誌を元の棚に戻した。


「ソーニャ、もっと雑誌見る?」


 おれがたずねると、ソーニャは首を振り、最新兵器が確認できただけで満足ですと答えてきた。

 新宿駅東口の本屋から駅に戻る道すがら、ふいにソーニャが、


「マモルさん、宇宙開発はどうなっていますか? わが祖国ソヴィエトは、火星あたりまで宇宙進出をなしとげていますか?」


 と、好奇心満々でじっと青い瞳で俺の瞳をのぞき込んできた。その瞳のあまりにも澄みきった青さになぜか俺の顔は赤くなり、視線をそらした。


「残念だけど……人類はまだ火星まで行ってない。月には行ったけど」


「もちろん我がソヴィエトのコスモナウト(宇宙飛行士)ですよね!?」


 ソーニャがずいと顔を近づけてくる。おもわずこちらが顔を引いてしまった。


「これまた残念だけど、月に最初に行ったのはアメリカの宇宙飛行士」


 そう答えると、しょんぼりとした顔つきになって肩を落とすソーニャ。


「そうですか……」


 かなり落ち込んでいる様子だったのでおれはあわてて、


「でも、人類最初の宇宙飛行士はソ連のユーリー・ガガーリンだよ」


「そうですよね! もちろん、そうでなくてはなりません! ああ、それを聞いてホッとしました」


 ソーニャは大げさな動きで両手を心臓に重ねる。


「あと、人類初の女性宇宙飛行士もソ連の人。名前忘れたけど、コールサインがヤー・チャイカっていうのは有名だよ」


「ヤー・チャイカ! わたしはカモメ……チェーホフの戯曲からコールサインを取るなんて、なんてロマンティックなんでしょう……ああ、わが祖国ソヴィエトの科学力と芸術性の高さに私はもう胸がいっぱいです!」


 そう言って彼女は自分で自分の体を抱きしめる。よっぽど感激しているのだろう。

ーー鎌倉までわざわざ行くより、はなから近所の本屋連れてきた方がソーニャはよっぽど喜んだじゃないのかな。

 と、俺はぼんやりと思った。


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