表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/59

6日目、漂着の部


嫌いな事がある。

私の聖域を荒らしに来る事だ。


嫌いな人種がある。

勝手に私を自分より下の地位と扱う連中だ。


嫌いな言葉がある。

人は寄り添いあって人だと言う、嘘をつけ、片方が楽をしているだろう。


嫌いな紙切れがある。

誰かに誉められる仕事がある、嘘つけ、任官して5年誉められた事なんて無かった。


嫌いな所がある。

暴力装置の土方刑務所だ。







嫌いな女が居る。

私が逃げろと言ったのに、嫌そうに私を見る比叡だ。


嫌いな行動がある。

ちっぽけな正義感で誰かを庇う事だ。


嫌いな言葉がある。

死なないでと言って現実から離れようとする人間を足止めする言葉だ。


...嬉しい事がある。

こんな私を看取ってくれることだ。


嫌いな表情がある。

普段仏頂面の癖に、こんなときだけちゃんと泣きやがるアイツの顔だ。



嵐は破片にまみれながら、内縁の妻に看取られて息絶えた。



熊野は自身が漂着した事を察した。

数分ほど夜目を慣らし、熊野は辺りを見回す。

戦闘騒音は微かに聞こえており、空は大部白んでいる。

海岸を良く見ていると熊野は思わず声を上げた。

同じように漂着した兵士等が辺りに転がっている、迷彩はバラバラでアメリカ人らしい見た目の者も混じっている。

昔歴史写真で見たガタルカナルの海岸で玉砕した一木支隊を思い起こさせるが、死体はその数倍はあるように思える。


「頼むから動かんでくれ」


罹患者ではないことを祈りつつ、文月を探す。

10分ほどすると岩陰に引っ掛かっていた文月を見つけたが、他に乗り組んでいた者は見当たらなかった。

頬を叩いて起こし、肩を掴んで海岸から離す。

寝起きにあんなもん観たら心の脆い文月は気が狂いかねない。

護岸された堤防を越えて、寂れたバス停のベンチに寝かせる。

...文月の身体は、心なしか軽く感じた。


「うっぷ...げほっげほっ!!んげぇっ」


文月は鼻などに残った海水に驚き、吐き出しながら回りを見る。

バス停の路線図を見るに、佐賀県から長崎に入ったらしい。

堤防にのぼって内陸を見てみるが、極めて閑散と田舎特有の豪華な一軒家があるのみ。

更に奥に伐採と製材所と、軽便鉄道が見える。

生きてる奴も死んでる奴も居なさそうだ。


「うぅ寒い、気持ち悪いよぉ」


文月が愚痴りつつ堤防に近づくので、見ないほうが良いと止めておく。

若干漂う死臭で察した文月はおとなしく辺りを見回して、一先ず脅威が無い事を安心した。

眼が良い文月にくすねた照準眼鏡を渡し、一軒家に車があるかないかを確かめさせる。

びしょ濡れでは風邪を引いてしまうし、体力を漂流中に失っている。

そして詳しい現在地を把握しなくてはならない、青森歩兵連隊(八甲田山)よろしく山中遭難とかはゴメン被る。

見渡した限り家は七軒、この九州の田舎で車無しと言うよく訓練された君子はまずあり得ない。

バスのダイヤは1日5本、新鮮な空気を輸送しているだけの過疎であったようであるから更に確率は低い。

つまり車が無いなら中に罹患者が居る確率は極めて低い。

その予想は正鵠を射ており、緊張感の満ちた20分の末一軒家を確保した。

ゆっくり牛歩のように、武器もなく制圧した。

今にして思えば海岸のホトケから銃と銃剣を貰ってくるべきだった。



「誰も居ないらしいな」

「ですね」


二階に足を踏み入れ、誰も居ない事を確認する。

この家は二階建て、部屋は各階五つある。

ただ物音もなく、部屋を確認したが人の姿が見えない。

飲みかけの紅茶がコップに注いであったりしているが。

熊野はそう思いながら、その部屋を出ようとした。


「動くな」


後ろから声、若い男の声と背中に何かが突きつけられる感触がした。


「...分かった」

「手を上げ腹這いになって伏せろ、声を上げるな」


言われた通りにしようとすると、文月が部屋に入ってしまった。

文月は「えっ」と声を上げ、幼い小学生位の女児の声で「お兄ちゃんもう一人いる!」と叫んだ。


「動くなァッ!!」


怒声が飛び、文月は大人しく両手を挙げた。


「これは本物だ、分かってるな?はったりじゃないぞ!」


大学生らしいその男と、妹らしい女児はイギリスのMPT迷彩服を着ていた。

良く見ると二人とも眼は青い。


「わ、分かった」


文月は両手を挙げたままその場に伏せる。

女児は「海岸から逃げ込んだだけみたいだ、武器も無いよ」と安心して言う。

だが兄らしき男は「いや、まだ分からない」と言った。


「分かった、すまない、車が無いから誰も居ないと思ったんだ」

「うるさい、大人しく...」


男の顔が慌てた表情になった。


「この女半長靴だ、自衛官だコイツ!!」


文月に蹴りをいれて、女児は慌てて兄を止める。

文月は必死に自分の身を守ろうと頭を守っている。


「離せマラヤ!脱走兵だ、俺たちを殺す気だぞ!」

「武器が無いって落ち着いて!」

「いいや分からないぞ!」


文月は決心したのか、チラリと顔を上げる。

そして男に向かって言った。


「おい」


男は再びK2小銃を構えて言った。


「なっ、なんだ動くな!」

「安全装置降りてないよ」


男は「え?」と一瞬確認し、文月は男のK2小銃を奪い取った。

熊野はその瞬間に飛び出して部屋の外に出て、文月は小銃の引き金を引いた。

PAPAPAMと乾いた発砲音が鳴り響き、三点射撃で放たれた5.56mm弾が男へと飛んでいく。

一発は外れたが、二発が腹部と肺を撃ち抜いた。

男がうつむけに倒れていき、床と迷彩服に血が広がる。

女児が「え...」と兄を見て、数時間の様に思える沈黙が数秒続く。


「あ...」


文月は訓練で仕組まれたまま撃った。

今になって手が震え、熊野がコッソリと顔を出す。

女児は肩から吊り下がった9mm機関けん銃を震えながら構える。


「わああああ!!!」


絶叫と共に女児が乱射し、フルオートで吐き出される9mm弾が飛び散る。

熊野の耳には弾丸が掠める風切り音が聞こえ、必死に伏せる。

文月は六発発砲し、その内の四発が足と肩を撃ち抜く。

極めて短時間の銃撃戦が終わり、残ったのは女児が反動を抑えて無かったため擦り傷しか負ってない熊野と文月だけだった。

正確に言うと二人とも生きている、だがもう手遅れだ。


「...あ、ああ...ああああ!!!」

「落ち着けメイ!!」


半狂乱の文月を、下の名前で呼び、頬を叩いて落ち着かせる。


「クソ...ッタレ...」 


血を吐き出しながら男がホルスターに仕舞っていたP225を向けるも、その前に自分の血で溺れ死んだ。

女児は殺意に満ちた形相で傷口を押さえようとしているが、出血は止まっていない。

太股を貫通して何れ出血多量で死ぬだろう。

無言で熊野は小銃を文月から取り上げ、女児の顔に毛布をかけて撃ち抜いた。

肩への反動が、無性に辛かった。


「なんでこうなったんだ、くそぅ...!!」


部屋の窓を小銃で叩き壊し、小銃を投げ捨て文月の手を引っ張ってその家を後にした。

【故人の紹介】



名前は駆逐艦嵐から取った。

社会と政府に鬱積した不満を抱え、文句しか言わない国民に本気で辟易していた自衛官。

人との接触を嫌っていたのもあり、罹患者騒動で最上級指揮官になってしまった。

比叡とは割りと共依存、多分寂しがりだったのかも。


マラヤ・ネルソン兄妹


どっちもイギリスの戦艦から。

車が無いのは両親が夫婦旅行に行っていた為、日英のハーフ。

兄がサバイバルゲーマーで、妹用のMPT迷彩服をプレゼントしたりしていた。

海岸の罹患者を射殺して安全を確保していた。

世界各地で飢えた兵隊が蛮行に走っている事を知っていたので、何もしてなかったら文月死んでた。

妹はいまだに罹患者騒動以前の倫理観を持っていたが、どっちにしろ死んでしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ