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カスタムドール  作者: 神崎 凛
始まりの丘と美しき虚の街 -西方地区-
9/18

マナの欠片

「それって……」


「マナの欠片だ。お前もひとつくらいは持っているだろう」


 確かに、俺はミッションの報酬としてマナの欠片を手に入れた。

 家を出る際に報酬のアイテムはまとめてアイテムボックスに放り込んで来たのだが、もしかして常に持ち歩くべきアイテムだったりするのだろうか。レアアイテムだというのは何となく察しが付いているが、持ち歩くことで何か効果があるという話は聞いてないぞ。


「さて何から話してやろうか……そうだな。まずはドールについて話しておくか」


「ドールのこと、ですか?」


「ドールは人間とは違う。この体には内蔵もないし、血液も通ってない。だが、根本的にはよく似ているとでも言おうか。人間が栄養と水分、そして睡眠を必要とするように、私たちにはこいつが必要なんだ。この、マナの欠片がな」


 言葉を紡いだファベルさんは机に置いたマナの欠片を軽く転がす。


 俺はその言葉の裏に秘められた趣旨をイマイチ把握することができない。

 そんな俺の様子を見てか、ファベルさんは少し困った様子で液状の前髪を弄る。


「結局何が言いたいのかという顔だな。まぁ、なんだ。つまりだな、こいつはこの世界の魔力が結晶化したようなもので、私たちドールの原動力として欠かせないものなんだ。お前のような人形師が生きてるうちは特に使う機会は無いが――」


 そう言いかけたファベルさんが、何かを思い出したように口を塞ぐ。

 右手で口を覆った姿勢のまま金色の瞳が右へ左へと視線を移し、ちらりと伺うように俺を見つめた。そんなファベルさんの髪の毛は忙しなくうねり、蠢き、形を変え、大口を開けてダークマターを貪り食う。


「……」


 急に黙り込んだファベルさんにつられて言葉を噤んでしまった俺は沈黙の中で姿勢を正し、隣に座るミゥの様子を横目で伺う。いつの間にやら、ミゥは机に突っ伏してすやすやと寝息を立てていた。道理で大人しいと思った。


「……少し喋りすぎたな。話を戻すが、ドールはこの結晶に含まれる魔力(マナ)をエネルギーとして活動している。燃料を切らした機械が動かなくなるように、マナを切らしたドールは動かなくなる。そいつは今まさにその状況だ」


 蠢く髪が腕のような形を成し、鋭い指でミゥを指し示す。

 ミゥは自らの腕を枕にすやすやと愛らしい寝息を立てている。


 寝ているようにしか見えないのだが、燃料を切らしてダウンしているのか。


「……この場合、俺はどうすれば?」


「放っておけ。若いドールはすぐマナを切らして休眠状態に入ってしまうんだ。俗に言うバッテリー切れだな。しばらく放っておけば勝手に回復して、そのうちまた動けるようになる」


「な、なるほど……」


「説明ばかりで悪いな。聞いていてもつまらんだろう」


「いえ。俺もまだ、知らないことばかりなので」


 小さくため息をついたファベルさんはすやすやと眠るミゥを一瞥し、小さなマナの欠片を指で捏ねるように転がしながら「私だって、こんな話をしたいわけじゃない」と消え入るような声で呟いた。その意味を尋ねようとした俺は言葉を飲み込み、ぐっと口を結ぶ。


「とにかく。マナの欠片は今は使わずに取っておくことだ。そいつのためにもな」


「取っておく、ですか……でも」


「絶対に使うなとは言わん。だが――」


 

 ずるりと伸ばされた黒い腕が俺の胸ぐらを掴み、ぐっと引き寄せる。

 同時にファベルさんも軽く身を乗り出し、俺は幼さを残しながらも美しく整ったその顔と互いの吐息が混ざるほどの距離にまで引き寄せられた。幾重にも渦巻くような金色の瞳は見事な切れ長を描いており、射抜くようなその視線に思わずぞくりとしてしまう。


「――マナの欠片を造れるのは、お前たち(・・・・)だけなんだ。それだけは絶対に忘れるな」

 

 静かでありながらも、その言葉は鋭く俺の心を貫いた。

 俺はただ頷くことしか出来ず、やがて俺は黒い腕に押し戻されるようにして元の位置に座らされた。不覚にもドキッとしてしまった俺がその余韻にため息をつくと、ファベルさんは帽子を被り直しつつふいと目を逸らして立ち上がる。そのまま積み上げられたガラクタを漁ったかと思うと中から何かを取り出し、小声で呪文のような言葉を呟いてからぽいと投げ渡してきた。


 勢いのままにキャッチしたそれは、デフォルメされた小さな人形。

 赤い光を宿す不思議な紋様が描かれた和装のような服を身に纏い、ポニーテールに結んだ黒髪が凛々しくも愛らしい。腰に刀でも据えれば立派な戦巫女じゃないか。小さいけど。


 三頭身ほどにデフォルメされたその人形は短い手足をぱたぱた動かして起き上がり、立ち上がろうとしてころりと転び、手のひらの上でもがくようにじたばた動く。デフォルメされているせいか、ドールというよりは文字通りフィギュアが動いているようで何とも可愛らしい。


「そいつは東方地区から仕入れた身代わり人形だ。名前は確か、リンと言ったか。所有者が死に至るようなダメージを一度だけ肩代わりしてくれる便利な代物だ。私には必要のないものだからな……持っていけ」


「あ、ありがとうございます」


 身代わり人形ということは、この子はアイテム扱いなのだろうか。

 聞いた限りでは大樹の葉や不死鳥の羽と似たような効果を持っていると考えて良さそうだ。見た目も動きもちまちましてて物凄く可愛らしいのだが、この子はその時が来れば文字通りその身を犠牲に俺とミゥを守ってくれるのだろう。この子が使命を果たすような事態はどうにかして避けたいところだ。


「……ところで、いつごろ目覚めるんですかね。こいつは」


 未だ寝息を立てているミゥを軽く撫でながら尋ねてみる。ただ退屈だからうたた寝をしているというわけではなく、いわゆる充電中だということは分かったのだが、流石に他人の自宅で数時間も熟睡されては色々と困る。正直な話、ミゥが目覚めるまで場を持たせる自信がないのだ。


 触手状の腕を器用に使ってガラクタを積み上げていたファベルさんは首を捻って俺の方に視線を向け、髪を動かしながら軽くため息をついた。初見でこそ気持ち悪いと思ったが、こうして見ると結構便利だな。あの髪。


「じきに目を覚ますはずだ。若いドールはすぐマナを切らす代わりに回復も早い」


「そうですか……」



「――私たちと違ってな」



 ぼそりと呟かれたその言葉にハッと顔を上げると、ファベルさんはうねる髪を揺らしながら入口の方へと歩いてゆく。どこへ行くのかと尋ねようと声を出しかけたその時、ファベルさんは軽く振り返って流し見るように俺を見つめた。


「悪いが私はこれから用事があるんだ。しばらく席を外すが、お前はそいつが目覚めるまで傍に居てやってくれ。退屈なら品物を見ていても構わんが、壊したら買い取ってもらうからな」


「は、はい」


「あぁ、それと。帰るときには外の人形に軽く挨拶をしてから帰ってくれ」


 それだけ言うと、ファベルさんはひらりと手を振ってそのまま立ち去ってしまった。

 その背中が見えなくなると同時に、どっと疲れが押し寄せてくる。結局のところ、ドールは不思議な力で動いてるから理屈は通じないってことでいいんだろうけど……


 ……まぁ、いいか。

 俺はミゥの寝顔を眺めつつ、柔らかな頬を軽く撫でてやる。


 結構街の中歩き回ったし、少し疲れてしまったのかもしれないな。それほど深く眠っているわけではなさそうだが、さてどうしてくれようか。品物を見ていいとは言われたが、品数が多すぎる上に分類されてないからどこに何があるのかさっぱりわからない。下手に触るのは止しておこう。



「……はぁ」


 ぼんやりとミゥの寝顔を眺めつつ、ため息をつく。


 何だかんだ順応しつつあるけど、慣れたら色々とまずいよなぁ。

 この状況がいつしか当たり前になったら、それこそ帰れなくなってしまう。


 これはゲームなんだとはっきり認識しているうちに、帰る方法を探さないと……


 でも、どうせなら帰る前に思う存分満喫してからでも遅くないような……

 それよりまず、これからのことを考えなきゃ……ミゥが起きたら、次は…………



「――……」


 

 そんなことを考えているうちに、やがて俺の意識はまどろみに沈んだ。





◆◆◆





「ふー……」


 吐き出された紫煙が揺れ、虚空へと溶けてゆく。

 そんな様を見つめながら柱に背を預ける少女、ファベルは火の灯る煙草を指先で擦り潰し、細い路地に放る。放物線を描いて落ちたそれは石畳が敷かれた道に塵を残すこともなく、すぐにノイズとなってかき消された。ファベルは塵芥の一つすら存在しない路地を見つめ、深く長いため息をつく。



「……お客さん、放っといていいの?」


 ぽつりとそんなことを呟いたのは、椅子に腰掛ける小さな人形。

 目を伏せたまま椅子に腰掛けた姿勢のまま、その細い足がぱたりと揺れる。


「いいんだよ。今日の役目は果たしたからな」


「ふぅん……説明役って大変そうね。私が選ばれなくて良かった」


「ただ座ってればいい置物よりはいくらかマシだ」


 ファベルは液状の髪を揺らしながら路地へと歩き出す。

 蠢く髪が絶え間なく垂らす液体も、地面を汚す前にノイズとなって消えてゆく。


「どこ行くつもり」


「茶でも飲んでくる。あいつらのことは頼むぞ」


 ファベルはぶっきらぼうに手を振りながら歩いてゆく。

 椅子に座る人形は目を伏せたまま肩をすくめ、軽くため息を零した。


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