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カスタムドール  作者: 神崎 凛
始まりの丘と美しき虚の街 -西方地区-
8/18

蠢く髪のNPC

「……ここ、だよな?」

「……」


 シュラさんに聞いたとおり、路地を右に進んだ突き当たりには小さな雑貨屋が店を構えていた。路地の移動中に抱っこから肩車に変更してからというもの、俺の頭に頬を乗せてだるんと四肢を放り出したまま動かないミゥに声をかけてみるが、やはり返事はない。疲れているのだろうか。


 とはいえ、この様子ならわざわざ確認するまでもない。

 右の路地の突き当たり。雑貨屋。間違いない。ここがファベルさんの自宅だ。


(にしても……こりゃまたお洒落な……)


 お洒落な街の外観に溶け込むレンガ作りの一軒家である。

 窓から中を覗き込むと、様々な道具類や家具が所狭しと並べられている。


『OPEN』と書かれた札がついた入口の傍には、美しく仕立てられた木製の椅子。そこには、全高20センチほどの小さな人形が腰掛けていた。恐らくは手縫いであろう布の服を身に纏い、さらりとした茶髪が僅かな風に揺れている。伏せられた目元と、ゆったり座り込むその姿勢から、静かに眠っているようにも見える。


 結構な年代物なのか、服はすっかり色あせてしまっているが、見た限りでは汚れていたり、傷んでいる様子はなく、長い間大切に可愛がられた人形なのだということが何となく伝わってくる。決して派手ではないものの、丁寧に手入れされてきたのだろう。この雑貨屋の看板娘的な存在なのかもしれない。


 そういえばこの街の住民は人形(ドール)なんだから、この人形が動いたり喋ったりしてもなんら不思議ではないんだよな。まさかとは思うが、この子がファベルさんだったり……いや、割とありえるから困る。


「あ、あの……すみません」


 ミゥを肩車したまま軽く屈んで声をかけてみるも、反応はない。

 小さな人形は椅子に腰掛けたまま、じっと目を伏せている。

 

 おやすみ中だろうか。などと考えていると、ミゥが俺の耳を引っ張った。


「いででで、コラッやめ――……ぁ」


 引っ張られるままに視線を横に向けると、いつの間にか開け放たれた店の入口に佇む少女が呆れかえるような目で俺を見下ろしていた。明らかにサイズが合っていないカーキ色のコートを羽織って帽子を目深に被り、名伏し難いバールのようなものを担いだ少女である。俺をじろりと見つめる金色の眼は鋭く、小柄な身体に似合わぬ荒々しい雰囲気を醸し出している。


 そして何といっても、特徴的なのはその髪の毛であろう。

 艶のない漆黒の髪は束ごとに変質しており、その毛先に至ってはもはや髪の毛と表現することすら憚られるような、得体の知れない液状のモノが互いに絡み合って蠢いている。数本の指がある腕のような、尖った触手のような、長い髪の束がそれぞれ別の生き物であるかのように動いているのである。


 そりゃもう、ぐちゃぐちゃと。粘着質な音を立てながら絡み合っている。

 時折体液らしきものを垂らし蠢くその様子は、生物的嫌悪の象徴であるかのようだ。


 一目見た俺は思わず息を呑み、その悍ましさに顔を引きつらせてしまった。


「ど、どうも……」


「……」


 まずい。これはまずい。完全に怪しまれてる。

 無理もない。自宅の前で見知らぬ男が屈んでブツブツ言ってたら俺だって怪しむ。


 恐らくこの人形は単なる客寄せ。そしてこの人が家主のファベルさんだろう。


「……来い」


 誤魔化しの言葉を探っていた俺の意識に、低めの声が響いた。コートを着た少女、ファベルさんは蠢く黒髪とコートを翻し、滴る液体を気にもとめずに部屋の中へと歩いてゆく。俺はひとまずミゥを下ろし、共にファベルさんの後を追うことにした。


 そんなこんなで踏み込んだ内装は如何にもな雑貨屋である。


 至るところに用途不明のガラクタが積み上げられており、通路の脇に立ち並ぶ棚にもぎゅうぎゅうに詰め込まれている。整理整頓されているとはお世辞にも言い難いが、潰れかけのゲームショップみたいでわくわくするな。ごちゃごちゃした小さな店ほど、探せばとんでもないレア物が眠っていたりするものだ。とはいえ物色している暇はない。


 しかし、それはそうとして。


(……ちっちゃいな。この人)


 先を歩いてゆくファベルさんの身長はミゥと並ぶか、少し高い程度である。

 床に積まれた本や木箱を乗り越えながらもたもた進むその姿はどこか愛らしい。

 

 髪の毛ばかりに目が行って不気味な印象を受けたが、もしかしてこの人は結構可愛いのではないか。まぁ、美少女であることはまず間違いないが。それにしても色々と凄い髪だな……さっきからボタボタ滴ってるんだけど、掃除とか大丈夫なのだろうか。


 小さな身体に着込んだ渋いカーキ色のコートは裾を引きずっているし、そもそも室内で帽子をかぶる必要はあるのだろうか。見たところそのコートは液体をよく弾く素材で出来ているようだが……

 

 ちらりと、視線を背後に向ける。

 ミゥは床に落ちていたであろう蠢く破片をいつの間にか拾い上げ、指で引き伸ばして遊んだりしていた。これがまた柔らかいゴムのようによく伸びて面白いらしく、歩きながらも目を輝かせている。女の子はこういうの嫌がるだろうに、怯えるどころか平然とおもちゃにしてるよこの子。なまじ本人が目の前にいる以上、ばっちぃから捨てなさいとは言えないしなぁ……


「そこ、座れ」


 通路の先に用意された小部屋に積まれたガラクタを動かしながら、ファベルさんはぶっきらぼうに呟いた。蠢く髪の束のうちの一本が指し示す先を見ると、やはり用途不明のガラクタの山に埋もれかけた机と、立派な椅子が全部で三つ。


 大きな棚の隙間に無理やり用意したようなそのスペースは一応生活空間らしく、よく見れば読みかけの本が伏せてあったり、机の下には布団と思わしき布切れと枕が転がっていたりと生活の痕跡がある。決して広くはない、それどころか狭苦しいのだが、不思議と心安らぐこの狭さはかつての秘密基地を彷彿とさせる。


(この派手な椅子……もしかして)


 ふと、指し示された先に置かれた椅子に目が止まる。


 黒を基調に金で縁どられた豪華な椅子。何度か見かけたカラーリングだ。

 間違いない。これは、最初に目覚めたあの部屋にあった椅子と同じものである。俺の記憶が正しければとんでもない高級品だったはずだが、まさかこれも商品として扱っているわけじゃあるまいな。それとも単純に来客用の椅子だから質の良いものを用意しているだけか。


 高級品と分かった途端に座るのを躊躇してしまう俺とは逆に、ミゥは座り心地の良さそうな椅子にいち早く腰掛けて平らな胸を張っている。ふと目が合うと、ちょっぴり満足気なドヤ顔を見せてくれた。


 綺麗な椅子に座ってドヤ顔したくなる気持ちは分かるが、とりあえずその右手に握った黒いモノを離しなさい。すっかり気に入ったみたいだけどそれ髪の毛だからな。いや髪の毛と表現していいものかどうか分からないが、少なくともおもちゃではないぞ。


 そんなミゥを横目に俺も椅子に腰掛けると、なるほど確かに素晴らしい座り心地だ。クッションも程よい硬さで手触りも申し分なく、細かい装飾が施された背もたれは体全体をしっかりと支えてくれる。高級なだけあって立派な椅子である。


「……食え」


 ドン、と音を立てて机に置かれた大皿。

 どうやら菓子器らしいその皿には、無数の暗黒物質が積み上げられている。比喩でも冗談でもなく、ただ純粋に真っ黒な物質が山積みになっているのだ。大きさや形に統一性は無く、発せられる匂いは焦げ臭い。これが伝説のダークマターか。メシマズ嫁の代名詞として名高い存在ではあるが、実物を見たのは初めてだ。というよりこの人料理下手なのか。もしかして不器用なのか。

 

「……」


 何の迷いもなく口に放り込んだミゥの表情が曇り、目に見えてそのテンションが下がってゆく。確かに丸焦げとかいうレベルではない黒さではあるが、そんな「食わなきゃ良かった」みたいな顔するほどマズくはないだろう。恐らくは作った本人の前でそんな露骨にマズそうな顔をするんじゃありません。俺は必死にアイコンタクトを図るが、テンションだだ下がりのミゥは一向に気づいてくれない。


 こうなったら俺がフォローするしかない。俺は覚悟を決め、黒いそれに手を伸ばす。



『アイテム:焦げたお菓子』

『張り切りすぎた乙女が生み出す努力の結晶。愛の火力が強すぎた結果。

 味はともかく気持ちは込もっている。笑顔で受け取ってあげよう』


『付与効果:疲労回復 Lv1』



 あぁ、やっぱり焦げてるのか。

 それにしても、このダークマターは随分と乙女チックなアイテムのようだ。


 掴んだそれを恐る恐る口に含み、まずは舌の上で転がしてみる。


 うむ。このジャリジャリとした舌触りと吐き気を催すレベルの強い苦味。鼻から抜けてゆく独特の匂いは燃え尽きた炭以外の何物でもない。これは美味いとか不味いとかいう以前の問題だ。しかし手をつけたからには吐き出すわけにはいくまいと苦味を堪えて噛み砕くと、渦巻く苦味の中にほんのりとした甘味が遠慮がちに顔を覗かせる。


 飲み込んだ後味には微かながらもシナモンの気配がある。気がする。

 恐らくはクッキーなのだろう。来客用に頑張って焼いたのかと思うと微笑ましい。


「口に合わなかったか。今回はよく焼けたと思ったのだが」


 机を挟んだ向かい側のガラクタに腰掛け、ファベルさんは静かにため息を零す。

 その表情に変化はないものの、絶えず蠢くその髪の毛は心なしか項垂れている。よく焼けているどころかどう考えても焼き過ぎなのだが、自分では上手く焼けたと思っているのだろう。料理下手な上に味音痴か。ギャップ萌えってのはいいもんだな。


 ……なんて言える訳もないので、とりあえず笑って誤魔化しておく。

 ミゥは脱力した様子で四肢を放り出して机に顎を乗せ、不満げな吐息を零している。


「……本題に入ろう。お前には、伝えねばならぬことがある」


 ファベルさんはため息を付き、ごつい手袋に覆われた手のひらに頬を乗せる。

 傾いた帽子の下から覗く双眸はやはり鋭く、静かな光を宿していた。


「伝えねばならぬこと、ですか……」


「その通りだ。お前はまだ、これの正体を知らないだろう?」


 そう言ってファベルさんがガラクタの中から拾い上げたのは、小さな水晶。

 キラキラと七色の光を放つそれは、紛う事なきマナの欠片であった。


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