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カスタムドール  作者: 神崎 凛
始まりの丘と美しき虚の街 -西方地区-
7/18

路地裏のカフェ

「いらっしゃい。あら、珍しいお客様だこと」


 ドアを開けた先に広がっていたのは、ごく普通のお洒落なカフェ。

 店内に用意されたいくつかのテーブル席に客の姿はなく、カウンター席には先ほどの甘そうな女性が座り、その膝の上にミゥがちょこんと座している。そんな店内にある調理場を兼ねているであろうカウンターの奥に目を向けた俺は、思わず腰を抜かすほどの驚きに声を上げることすらできなかった。


「あぁ、彼はこの子のマスターさんです。ファベルさんに愛を伝えに行くんですって」


「また妙な勘違いして……あんまり新入りさんを困らせちゃダメよ」


 ミゥをその胸に抱き抱えるようにしてカウンター席に座っている甘そうな女性と言葉を交わす、恐らくは店主と思わしき長身豊満な栗毛の女性。俺はしばらくの間、その女性から目を離すことが出来なかった。ごく平然と言葉を交わしながら手を動かす女性の姿、目の前に蠢くその現実を脳が理解するまでに、一体どれほどの時間が掛かったことだろう。


「ほらメリーちゃん、はちみつラテ出来たわよ。貴方にはホットココア。サービスよ」


「相変わらず素晴らしい手際ですねぇ」

「……」


 栗毛の女性はグラスを磨きながら軽くフライパンを振るっている。それと同時に火にかけた鍋をかき回しながら、二つのグラスをカウンター席に差し出した。


 言葉で説明しても、理解できる者などいないだろう。

 実はというと俺もよくわからない。いや、何が起こっているのかは理解できる。ただ、何をどうやっても一人の人間には絶対に不可能なその動きは、抵抗もなく受け入れるにはあまりにも奇怪すぎた。



――――腕が、多いのだ。



 右腕と左腕が、それぞれ三本。栗毛の女性は六本もの腕を同時に操り、食器洗いや調理などをたった一人で同時にこなしているのである。ようやく状況を飲み込んだ俺は、彼女もまたミゥと同じ造られた存在、ドールであるとすぐに理解することができた。

 

 メリーと呼ばれた女性とミゥは平然とその手からグラスとカップをそれぞれ受け取り、驚く様子もなく飲み進めてゆく。しばらくの間呆然と立ち尽くしていた俺はハッと我に返り、ひとまずはカウンター席に歩み寄る。


「ど、どうも」


「ふふ。ごめんなさいねぇ。驚かせちゃったみたいで」


 メリーと呼ばれた女性――メリーさんと呼ぶ事にする――に手招きされるままに席に着くと、栗毛の女性が多腕を操りながらにこりと微笑んだ。光沢こそ控えめではあるが柔らかな栗色の髪を三つ編みに束ねた優しそうな女性だ。メリーさんと並べば多少陰りこそするだろうが、こちらも中々どうして立派なモノをお持ちのようだ。


「いえ。貴方も、その……ドール……なんですよね」


「えぇ、そうよ。私も、メリーちゃんも、外に居るシルヴィアちゃんも、貴方が会いたがってるファベルさんも……この街に居るのは皆ドールよ。昔はもう少し賑やかだったんだけど……」


「他の人たちは、どこに……?」


 言い終わると同時に後悔した。女性は沈黙したのだ。

 動き続けていた腕がぴたりと止まり、ほんの一瞬ではあるが、その表情から笑みが消えた。しかしすぐに女性は優しく微笑み、再び無数の腕を動かして作業を再開する。聞かなければ良かった。俺はすぐに沈黙の理由を察し、自らの軽率な発言を悔いた。迂闊だった。この疑問は、決して口に出すべきではなかった。


「はい、貴方にもココアのサービスよ」


 優しい声と共に、ふわりと甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。

 ハッと顔を上げると、ミゥに渡していたものと同じ柄のカップに注がれたココアがカウンターに置かれていた。ミゥにも渡していたことから、恐らく初めてのお客さんにはココアをサービスすることになっているのだろう。そっと受け取ると、メッセージが視界に浮かび上がった。


『ドリンク:ホットココア』

『ほっと一息つきたい貴方におすすめのドリンク。子供にも大人気』

『付与効果:疲労回復Lv.1』 


 そういえば、アイテムに触れるとこうして説明文が表示されるんだったか。

 当たり前だが、少なくとも不味いものではなさそうだ。「ありがとうございます」とお礼を言ってから一口啜ってみると、どこか懐かしくさえある優しい甘さがじんわりと身に染みるようだ。


「私はこのカフェのオーナー、シュラよ。これからご贔屓にして頂戴な」


「あ、佐々木 裕太です。この子はミゥです。よろしくお願いします」


 シュラと名乗った女性は炒めていたチャーハンらしきものを皿に盛り付けながら右手の一本を伸ばし、にこりと微笑む。俺は慌てて席を立ってその手を握った。何だかんだで自己紹介するタイミングを失っていたが、これでようやく知り合いと呼べる人物との繋がりを持てたわけだ。現行のミッションとは関係なさそうだが、知り合いを増やしておいて損は無いだろう。


「わたしはメリーです。わたしとも仲良くしてくださいねぇ」


「は、はい。こちらこそ……」


 ラテを飲みつつ幸せそうに目を細めるメリーさんも改めて名乗ってくれた。

 その膝の上に座らされているミゥは、ココアを啜りつつどこか落ち着かない様子だ。


『【NPC:シュラ】と交友関係を結びました』

『【NPC:メリー】と交友関係を結びました』

『交友関係を結んだNPCを【NPC図鑑】に登録しました』

『開放条件を達成しました。【カフェ:Arcadia(アルカディア)】が利用可能になりました』


『カフェ:Arcadia(アルカディア)

『【NPC:シュラ】がオーナーを務める路地裏の小さなカフェ。街に住むNPCたちの憩いの場であり、交流の場でもある。ランダムでNPCと出会えるほか、ゴールドを払うことで飲食が可能である』


 ピコピコと音を立てて、いくつかのメッセージが視界に現れる。

 ラビがいなくてもメッセージは表示されるんだな。システム通知のようなものか。


『チュートリアル:NPCとの交流』

『街では、NPCとの交流を行うことが出来ます。街に居るNPCと交友関係を結び、NPCごとに定められた条件を満たすことで、利用可能な施設が開放されたり、様々なサービスを受けることが出来るようになります。また、交流を重ねることで好感度が上がり、プレイヤーに対する態度も徐々に変化します』

 

 表示されたメッセージを読みながらココアを啜る。

 好感度による態度の変化、か。中々リアルで面白そうだが、これもまたやり込み要素なのだろうか。初めは素っ気なかったNPCともやがては仲良く会話が出来るとなれば夢が膨らむが、全員ドールということもあって当然のごとく美人揃いだから困る。とりあえずNPCを見かけたら挨拶くらいはしておくことにしよう。


「今回は無料サービスだけど、次回からはちょっぴりゴールドを頂くわ。ドリンク類の他にも、ちょっとした食事くらいなら出せるから、いつでもお茶しに来て頂戴。この店には他のドール達もよくお茶を飲みに来るから、運が良ければ珍しい子に会えるかもしれないわよ」


「じゃあ、街に来た時にはなるべく顔を出しますね」


「えぇ、ありがと。貴方みたいな若い男の人が来てくれれば、きっと皆喜ぶわ」


 くすりと微笑んで無数の腕を絡ませるシュラさんに緩い笑みを返しつつ隣を見ると、メリーさんの膝の上に座らされているミゥが背後からほっぺたをもちもちされているところであった。膝の上に座っているミゥの頭がメリーさんの胸の辺りに収まっているのを見る限り、案外メリーさんも長身であることがよくわかる。


「あぁ~ん、か~わいいですぅ~」

「……」


 露骨に嫌そうな顔をしながらも抵抗しないミゥの様子を見るとほんの少しばかり心が痛むが、ただでさえ柔和なその顔を蕩けそうなほどに緩めるメリーさんにやめろとは言えない。ミゥも嫌そうな顔をしてはいるが、抵抗せずにいるということは少なくとも敵意を抱いているわけではなく、単純に鬱陶しがっているだけだとは思うが……


「メリーちゃんは小さい子が大好きなの。まぁ、ある種の本能みたいなものね」


「ほ、本能ですか……」


「小さい子を捕まえると無条件に愛でてしまうの。もちろん本人に悪気は無いし、ひたすら愛で続けるだけで乱暴するようなことは絶対にないけれど……多少無理にでも引き剥がさないとずっとこの調子で離そうとしないわよ」


 話を聞きつつ再び隣に目を向けると、メリーさんは文字通り人形を弄ぶようにミゥのことを抱きしめたり、頬を寄せたりと物の見事にべったりだ。やはり抵抗せずにいるミゥは膝の上でぎゅっと手を握り、目尻にほんのり涙を浮かべながら俺を見つめてくる。ずっとあんな調子で絡まれては誰だってうんざりするだろう。これで悪気がないというのだから尚更タチが悪い。これは早急に助け舟を出したほうが良さそうだ。


「じゃ、じゃあ俺たちはそろそろファベルさんを探しに行くので……!」

「あっ……」

 

 言いつつメリーさんの胸からミゥを抱き上げ、引きつっているであろう笑みを浮かべながら一歩後ずさる。メリーさんは名残惜しげにミゥを見つめ、寂しげな表情を浮かべるが、背に腹は変えられぬ。目を合わせないようにしよう。そもそもファベルさんのもとに案内してくれるというから着いてきたのに、どうしてカフェでお茶をすることになってしまったのか。


 NPCとの交流が出来たのはいいが、こんなことをしている場合ではない。

 メリーさんも悪い人ではないのだろうが、時と場合を考えて接したほうが良さそうだ。


「ファベルさんの家なら右の突き当たりよ。雑貨屋さんだからすぐわかるわ」


「あ、ありがとうございます! それじゃ、お先に」


「はぁい。また来てね」

「さよーならぁ」


 手を振る二人に会釈し、ミゥを抱いたまま店の外へ出る。

 細い路地裏は相変わらず静かで、俺は思わずため息を零してしまう。


 誰もいないテラス席を何気なく横切り、俺は路地の突き当たりを目指して歩き出した。

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