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カスタムドール  作者: 神崎 凛
始まりの丘と美しき虚の街 -西方地区-
6/18

虚の街

 そうしてたどり着いた街の門の前で、俺はふと立ち止まる。

 


「……『ファートゥムの街へようこそ』、か」


 門の上に掲げられた歓迎のメッセージ。

 ファートゥム、とはどういう意味だろうか。少なくとも英語ではなさそうだ。


 そんなことを考えながら周囲を改めて見渡してみる。街は3メートルほどの高さがある石造りの外壁に囲まれてはいるが、正門と思わしきその門は大きく開け放たれており、門番らしき姿もない。勝手に通れということなのだろう。こんなところで立ち止まっていても意味はないし、さっさと街に入ってしまおう。


「おぉ……」


 思わず、感嘆の息が漏れる。

 踏み込んだ門の向こうには、レンガや木材を基調とした家々が立ち並ぶレトロな街並みが広がっていた。この世界では、西洋建築が基本なのだろう。ぐるっと周囲を見渡すだけでも、テラス付きのおしゃれなカフェや、バーテンダーが居そうな雰囲気のあるお店まで見つけることが出来た。


 道路も一面にレンガが敷かれており、坂の上には豪華な城まで建っている。

 綺麗な、それでいてどこか落ち着きのある街である。


「……っ」


 見慣れぬ景色に興味津々なのは俺だけではないようだ。

 俺の手をしっかり握ったまま離そうとしないミゥも、しきりに周囲を見渡してはチラチラと視線を向けてくる。ミゥほどの小さい子であれば、目に映るすべてが新鮮に映るのかもしれない。こうして見ると、この子が人形であることなど忘れて本当に人間と変わらないように思えてくるから不思議だ。


「まずは、ファベルさんとやらを探そう。その後じっくり街を見て回ろうな」


 こくりと頷いてからじっと大人しくなるミゥを微笑ましく思いつつ、共におしゃれな雰囲気漂う街の中を進んでゆく。赤いレンガに彩られた通路、立ち並ぶ露店や民家の数々、静かに流れる水路と、それを跨ぐアーチを描いた小さな橋。そんな美しい街の様子をしばらくの間ぼうっと眺めていた俺は、やがて得も言えぬ違和感を覚えた。


 街の中が、異様なほどに静かなのだ。


 水路のせせらぎや風に揺れる街路樹の囁きは聞こえるものの、人々の語らう声や、道を行き交う動物の足音など、いわゆる生活音が全くと言っていいほど聞こえてこないのである。そういえば、街に入ってから誰ともすれ違っていないような気がする。まだ陽も高いというのに、こんな広い道で誰ともすれ違わないなんて事がありえるのだろうか。ハッと顔を上げて周囲を見渡してみるが、やはりどこにも人影は無かった。


 誰もいないのか? いや、そんな馬鹿な。

 ゴーストタウンであるはずがない。人の姿はなくとも、あちこちから美味しそうな香りが漂ってくるし、民家の窓には洗濯物だって揺れている。生活の気配は確かにあるのだ。そして何より、街にいるNPCと会話しろというミッションがある。どこかには、誰かがいるはずだ。


「……?」


 そんな俺の様子を見てか、隣を歩くミゥが訝しげな視線を向けてくる。

 ちょっぴり無愛想ではあるが、この子なりに心配してくれているのかと思うと、心を過る不安などすぐに忘れてしまう。俺は心配させまいと笑みを返すが、ミゥは特に安堵する様子もなくぷいと目を逸らしてしまった。噛み合わない。だがそこがいい。たとえ目線はそっけなくとも、繋いだ手の温もりは不安に染まりかけた心に安心感を与えてくれる。今はそれだけで十分だ。


「こんにちはぁ~」


 さて、ミゥの可愛さを再確認したところで街の住民を探すか、と再び歩き出そうとした俺の横を、一人の女性が平然と通り過ぎていく。ふわりと揺れる白い髪と、僅かな風に乗って俺の鼻腔を貫く甘い香り。煮詰めた砂糖のようなその香りに引っ張られるようにして俺が振り向くと、女性は特にこちらの様子を気にすることもなくのんびりと通路を歩いているではないか。


 パステルカラーのエプロンを着込んだ白髪の女性である。

 クセの強いモフモフとした長髪を、星やハート、キャンディなどを象ったカラフルな髪飾りで彩り、ピンク色の大きなリボンで束ねている。レトロな街の景観に溶け込むことのないその姿は、ゆるふわ系というか、スイーツ系というか、まるで派手なパフェのような姿であった。


「あ、あの……すみません。ちょっとお尋ねしたいんですが」


「ん~……?」


 くるりと振り返った甘々な女性は、柔和な顔立ちが特徴的な美人であった。

 着衣の下からエプロンを押し上げる胸の膨らみに思わず目が行くが、そんなことを気にしている場合ではない。どこから現れたのか全く気付かなかったが、ようやく見つけた第一村人ならぬ第一街人だ。住民からの情報収集は人探しの基本である。まずは自己紹介を、じゃなくてファベルさんについての情報を聞き出さねば。


「えっと、ファベルさんという方をご存知ありませんか?」


「……ファベルさんですかぁ。彼女へのプレゼントなら、適当な雑貨を送れば大抵喜んでくれると思いますけど……あ、そうだ。そういえば昨日、人手が足りないから猫を飼いたいとかぼやいていたような……犬だったかなぁ。あ、でもうさぎさんとかも可愛いですよね」


 本題を尋ねる前に話題がズレてゆく。選択を誤ったか。

 もしかしてこの人、かなり頭が緩いのか。それとも天然なのか。


「いえ、ファベルさんの居場所をご存知であれば教えて頂ければなと……」


「道具に頼らずに口説こうというその心意気……と~っても素敵だと思います」


「だから、あの、決してそういうわけではなくて……」


「恋の季節ですね。甘~いキャンディが美味しい季節ですぅ」


 女性は俺の言葉をまるで気にも留めず、ポケットからうずまき模様の棒付きキャンディを取り出してぱくりと頬張り、文字通りとろけるような恍惚の表情を浮かべている。何なんだこの人。話が通じないというか、全くと言っていいほど噛み合ってない。言動から察するに、決して悪い人ではなさそうだが……


「わかりました。そういうことならお手伝いしますよ。多分こっちですぅ」


 ……どうやら案内してくれるらしい。

 色々と緩そうな人だし、そうホイホイ信用していいものかと一瞬思ったが、善意ならば有り難く受け取るべきだろう。ふんふんと鼻歌を歌いながら歩いてゆく女性を横目に、俺はいつの間にか背後に回り込んでいたミゥの頭を軽く撫でてやる。


「とりあえず、ついて行こうか」


「……」


 ミゥは女性を警戒しているのか、ついて行くとわかった途端に嫌そうな表情を浮かべたが、優しく頭を撫でて宥めてやるとやがて渋々といった具合で歩き始めた。やっぱりこの子も人見知りするんだな。


 しかし今はあの女性が頼りなのだ。

 少なくとも、自分たちで街を探し回るよりは早いはず。



 それにしても、あの女性やたら動きが滑らかだ。

 ふわふわのんびりしてるように見えたが、その舞うように軽い足取りには迷いがない。慣れているのか、適当に進んでいるのか定かではないが、女性は細い路地を右へ左へすいすいと歩いてゆく。まっすぐ歩いていたかと思えば急に橋から飛び降りたり、路地に積まれた木箱を足場に塀を軽々と越えていったりと自由気ままなその動きについ翻弄されてしまう。気を抜いたら見失ってしまいそうだ。


 ミゥはテンション低めのまま女性の後を追ってゆくが、ここしばらく運動不足だった俺には結構きつい。入り組んだ街の中はただでさえ起伏が多く、歩き回るだけでも結構なスタミナを消費するのだ。


 女性とミゥは平然と飛び降りてゆく小さな橋も、下の道まではおよそ5メートルほどの高さがある。下が柔らかい土や芝生ならまだしも、待ち受けているのは硬いレンガの道である。勢いのままに飛び降りて下手な着地をしようものなら、ほぼ間違いなく骨が折れるだろう。かといって、綺麗な受け身を取れる自信など無かった。


 その後ダッシュで近くの階段を降りて橋を回り込み、ようやく追いついたかと思えば、二人は既に敷地を区切る塀の向こうにいるではないか。胸ほどの高さがある塀を軽々と飛び越えることなんか出来るはずもなく、俺は半ば自棄になりながら塀を乗り越えて再び走る。


 これじゃまるで障害物競走をしている気分だ。

 いや、むしろ障害物競走の方がいくらか楽かもしれない。


 中学生の頃は部活でテニスをしていたこともあり、それなりに運動神経には自信があったのだが、高校に入ってからはめっきり運動する機会が減ってしまった。おかげですぐに息も上がり、額には汗が浮かぶ。こんなことならテニス続けとけば良かった。後悔先に立たずである。

 

 建物の合間に張り巡らされた路地は迷路のように入り組んでいる。

 派手な女性の姿を追うだけで正直精一杯ではあるが、軽く周囲を見渡してみてもやはり誰もいない。風もぴたりと止んでいる。路地に入ったことで、水路のせせらぎも聞こえなくなってしまった。今、聞こえているのは自らの息遣いと足音、そして少し先をゆく女性が口ずさんでいるらしい済んだ歌声のみだ。


 よく響く甘い声は、まるで俺を誘っているかのように思えた。

 本当に、ついて行くべきなのか。俺の脳裏にそんな思いが芽生え始める。


 いや、それよりも今は何とかして追いつかないと。俺としても頑張って距離を詰めようとしてはいるのだが、一向に追いつける気がしない。向こうはスタスタと歩いており、こっちは直線通路を全力ダッシュしているのに追いつけない。それどころか少しづつ距離が開いている気がする。このままではまずい。体力的にも精神的にも限界は近いぞ。


「!」


 細い路地を抜けた先には、井戸付きの小さな広場。

 黒猫の看板を掲げたカフェに駆け込むミゥの姿が見えた。


 屋外に三席ほどのテラス席を持つ小さなカフェだ。そのうちの一つ、入口のドアに最も近い席には全身黒ずくめの少女が腰掛けており、じっと俯くような姿勢のまま微動だにしない。ドレスのような服や恐ろしく長い髪はもちろんのこと、その顔は目深に被った帽子と黒いフェイスベールで覆い隠され、膝の上に置かれた手には漆黒の手袋。さらにその傍らには黒い日傘と上から下まで物の見事に真っ黒だ。


 あの子も、この街の住民なのだろうか。


 底知れぬ暗闇が形を成したような、恐ろしくも美しい影のようなその姿に、俺は無意識のうちに惹きつけられてしまう。しかし同時に、形容しがたい悪寒が背筋を駆け回る。あれには関わるべきではないと、本能が訴えかけてくるのだ。


「……ッ」


 俺はごくりと唾を飲み、黒い少女をなるべく直視せぬように視線を逸らしながらテラス席の合間を歩いてゆく。やはり微動だにしない黒い少女が座る席のテーブルには、手をつけていない真っ黒なケーキと冷めたコーヒーが置かれていた。そのまま少女の脇を静かに通り抜けると、その周囲だけがひやりと冷たい空気に覆われている。


 急に動き出したりしないだろうか。

 俺は内心ビクビクしながらも、カフェのドアにそっと手を掛けた。



 そのドアの向こうに、更なる驚きが待ち受けているとも知らずに。


 

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