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カスタムドール  作者: 神崎 凛
序章 見知らぬ天井
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外出

「ほらミゥ、行くぞ」



 ミゥからの不満を一身に受け止めながら金貨を片付けた俺は、寝室のクローゼットの中にあった黒いコートに袖を通しながら振り返る。リビングに敷かれた絨毯の上には、小さな体をさらに小さく丸めたミゥがふて寝している。金貨で遊んでいたのを片付けられてしまったからか、その背中には哀愁が満ちていた。


 しかしながらさらりと床に流れる黒髪は美しく、拗ねる姿もまた可愛らしい。


「……」


 ころんと身を転がして俺を見つめるその表情はやはり不満げだ。


 ちなみにその手には一枚だけ与えられた金貨がぎゅっと握り締められている。片付ける際に、全部没収するといよいよ泣き出してしまいそうな勢いだったから、一枚は小遣いとして与えておいたのだ。両手に持ちきれないほど大量のコインをジャラジャラするのが楽しいのは分かるが……痛いほど分かるのだが……。


 しかし金貨はおもちゃではない。

 命の次にと言っても過言ではないほど大切な通貨なのだ。


 他の金貨は全て黒い箱に収めてテーブルの上に置いてある。

 大きさの割に軽いアイテムボックスとは違い、金貨がずっしり詰まった黒い箱は中々に重く、ミゥほど小さな子どもの腕力でそう簡単に動かせるものではない。ミゥの身長は背伸びをしてようやくテーブルの中央に手が届く程度なのだ。テーブルの上に置かれた黒い箱に触れることは出来ても、引きずり下ろすことなど出来まい。


「お出かけするぞ。ミゥ」


 残っているミッションは街にいる『NPC:ファベル』と会話することだ。

 街にいるということはつまり、少なくとも外出する必要がある。


「……」


 射抜くような視線が、俺の胸に突き刺さる。

 ミゥはやはりまだ俺のことを警戒しているらしく、体を丸めた姿勢のまま俺を睨みつけるばかりだ。金貨を片付けた後に出かける旨を何度か伝えたのだが、先程からずっとこの調子だ。無理に引きずっていくわけにはいかないし、抱っこしようにも身を委ねてくれそうにない。かといって置いていくわけにもいかないし、何よりミッションを放置したままというのは色々とまずいだろう。さて、これはどうしたものか。


 それにしても、小さい子は外に行きたがるものと思っていたのだが……


「もしかして……外に行きたくないのか?」


 絨毯に横たわるミゥの傍らに屈むと、ミゥはころりと転げて背を向けた。これは肯定と受け取っていいものだろうか。無口な子は好きだが、こうして相手にすると中々に意思疎通が難しくて困る。しかしながら、性格というのは元来そう簡単に変えられるものではない。少しずつ、心を開いてもらえればそれでいい。


 大丈夫だ。俺には前例がある。

 姪との出会いを思い出せ。あの夜考えた仲良しプランを、今こそ実行するのだ。


「なら、お留守番してもらおうかな」

「!」


 ぴくりと、その肩が小さく跳ねる。俺は思わず口元を緩めた。

 もちろん留守番をさせるつもりなどないのだが、この様子だと効果はてきめん。やはり言葉の意味はきちんと伝わっているようだ。留守番という言葉に反応したということはつまり、この家に一人ぼっちになるという状況を理解しているのだろう。


 仮に、その状況を何とも思わないのであれば反応もないはず。

 しかしこの子は違う。物の見事に、俺の予想通りの反応を見せてくれた。


 それもそのはず。何故ならこの子は『寂しがり屋』だからだ。


「俺はちょっと街に行ってくるから。留守番頼むよ」


 緩む口元を抑えつつ、あくまでも平然と身支度を整える。

 ミゥは相変わらず俺に背を向けたままではあるが、よく目を凝らしてみればその肩は微かに震えているし、しなやかなつま先は忙しなく動いている。こうして背を向けられたままでも、動揺しているのが目に見えてよくわかる。ある意味予想通りではあるが、予想より遥かに可愛らしい反応だ。

 

 無口な子は無口ゆえに、会話によるコミュニケーションは難しい。

 だからこそ無理に会話をせず、行動による意思疎通を図るのだ。


 押してダメなら引いてみろ。

 話しかけてダメなら……この場合は、出かけてみろ。かな。


 これが、姪と出会った日の失敗をもとに編み出した『無口な子への接し方』である。姪と初めて出会ったあの日、ミゥと同じく一定の距離を保ち続ける姪とどうにかコミュニケーションを図ろうと、俺は必死に会話の種を探そうとしていた。しかしそれは間違いだったのだ。あの場合は無理に会話を試みるのではなく、ただ一緒に遊ぼうと誘うべきだったのだ。


 同じ失敗は二度と繰り返さない。

 過去の失敗を成功の糧に。それが大人というものだ。


「……」


 ちらりと様子を伺ってみるも、ミゥは未だ寝転がったままだ。

 背を向けられている以上、表情を伺うことは出来ないが、きっとその表情は不満とも混乱とも言えぬ感情に歪み、その視線は泳ぎまくっていることだろう。安易に想像することが出来る。実際はただむくれているだけかもしれないが、想像するだけなら自由だ。どんな表情をしているかなど、それこそ神のみぞ知る何とやらである。


「それじゃ、行ってくるよ」


 コートを着込んだ俺は玄関の扉を開け、外へ一歩踏み出す。

 このコートもそうだが、靴のサイズまでぴったりとは……全く恐ろしいゲームだ。そんなことを考えながら外へ出た俺を出迎えたのは、一面の青空と緑の芝生。ゲームの中とは思えないほど清々しくもリアルなその景色に、俺は思わずため息を漏らしてしまう。素晴らしくいい天気、そんでもって随分といい眺めじゃないか。


 澄み切った青空に流れる雲。輝く太陽。広がる緑。絶景だ。

 そしてどうやらここは小高い丘の上らしい。眼下には街も見える。


 緑の芝生に覆われた丘の上に立つ一軒家か。都内ではまず不可能な立地である。実際にこの景色を再現しようものなら、それこそスイスやらスウェーデンやらの丘陵地帯でもなければ不可能だろう。


 まだ家自体はこじんまりとしていて質素な平屋ではあるが、改築を繰り返した末にはきっと見事な洋館になるはずだ。ミゥとの二人暮らしでそこまで巨大な家を持つ必要はないと思うが、立派なマイホームというのは誰もが一度は憧れる。一戸建てのマイホームを持つこと自体が一種のステータスであり、俺の密かな夢でもあった。



 ……などと感傷に浸っている場合ではない。

 俺は見事な景色に目を細めつつ、ドアの脇の壁に背を預ける。


 俺の予想が正しければ、もうすぐ……



――――ガチャ


「……」



 ほら、出てきた。やっぱり予想通りだ。

 顔を覗かせたミゥと目が合う。ミゥの動きがぴたりと止まった。そして数秒の間を置いてかあっと顔を赤くし、右へ左へ視線を泳がせた後にドアの影から伺い見るようにして俺のことを見つめてくる。ここまで見事に俺の予想通りである。この子は寂しがり屋だから、家に一人ぼっちになるのは嫌だったのだろう。故に俺が外出すれば、少しの間を置いて後を追いかけてくると思ったのだが……見事に大当たりだったな。


「おいで。一緒に行こう」


 そっと手を差し伸べると、ミゥはおずおずと俺の指を握ってくる。

 俺は口が緩むのを堪えながらその手を引き、ようやく一歩を踏み出した。

 




◆◆◆




 そよそよと流れてゆく風を感じながら、俺は内心ため息をついていた。

 

 丘の上にある自宅から街まで行くにはおよそ300メートルほどの距離があり、ぬかるみに足を滑らせぬよう気をつけながら丘を下っていたのだが、どうにも気まずい。何とか連れ出すことに成功したミゥは俺の指をきゅっと掴んではいるものの、その視線はずっと逸らされたままだ。緊張しているのか、手をつないだことを恥ずかしがっているのか、先程から何故か目を合わせてくれないのである。


 もちろん、そんなミゥが話しかけてくることもなく、ずっと無言のまま歩き続けている状況だ。何度か声をかけてみたがやはり返事はなく、返事代わりの視線もすぐに逸らされてしまう。しかし帰りたがっている様子はない。少なくとも、外出を嫌がっているわけではなさそうだが……


「(……けど、俺の指は離さないんだな)」


 俺はこみ上げる感情を噛み殺し、見事な景色に目を向ける。

 広がる緑の芝生と一面の青空、そして彼方に連なる灰色の山々のコントラストはまるで、完成された風景画を眺めているかのごとく見事である。あそこにぽつんと佇んでいる黒い影は野生動物だろうか。雄大な大自然といった具合で、何とも素晴らしい眺めではないか。


「……んん?」


 いや、待てよ。あれは……人影じゃないか?

 少し離れた丘の上にぽつんと佇む黒い影。立ち止まって目を凝らしてみると、何か大きな物を手にした人影のようにも見える。あれが人影だとしたら、手に持っているものは身長を遥かに超えている。手にしているものは四角い板に棒を取り付けたような形状をしているように見えたが、その影はやがて大きな物を引きずるようにして丘の向こうへと消えてしまった。


「……?」


 ふと、服の裾をぎゅっと掴まれていることに気がついた。

 振り返ると、いつの間にやら背後に回り込んだミゥが両手で俺の服の裾を掴んでいるではないか。ようやく懐いてくれたかと一瞬心躍らせたが、その表情を見てハッと我に返った。怯えきっていたのだ。小さな体を震わせ、大きな瞳を見開いて丘の彼方を見つめるその姿はまるで、天敵を前にした小動物である。


 俺はミゥの頭を優しく撫でながら、黒い影が佇んでいた丘の方に目を向けた。


 あれは、きっと何か良くないモノだったのだろう。

 あれがもしこっちに向かってきていたら、どうなっていたのか。


 考えたくはないが、あれが敵性エネミーだったのかもしれない。



「……行こう。ミゥ」


 俺はミゥの手をしっかりと握り、再び歩き始めた。

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